第29話 ミルクティー
古い昭和風の、戸建ての貸家。あいの家。
まさるが、あいの手を引いて居間に入ってくる。
あいを促して座らせるまさる。
まさるは、あいと自分の荷物を畳におろす。
スマホを棚に置いた時、ヒビ割れた液晶画面に気づく。
あいは帰り道、ずっと黙っていた。
まさるはあいを見ていたが、何も聞くことはできなかった。
あの泣いていた電話の時。
あいは何を怖がってたのか。
あいは、これまでだって、父親のことを話さなかった。
(どうしたら……?)
「あい。紅茶を淹れるからね。砂糖とミルクはどうする?」
「あ……。どっちも、たっぷりがいいな。」
「うん。」
(紅茶は飲める。)
(いつも通りを飲みたがる。)
「待っててね。」
まさるは、キッチンに行く。
まさるは手を洗い、すぐに沸いた少量の湯でミルクティーを入れる。
心配で水は飲めない。
紅茶を持って戻ったまさるを見て、あいは顔をクシャクシャにして泣き出す。
「うう……。う〜……。」
まさるは慌ててとなりに座る。
「飲んで。」
「まさる。……まさる。」
泣き続けるあい。
まさるは腕を伸ばして、あいを引き寄せる。
あいは頬に涙を静かに落としながら、あどけなく甘える。
まさるはあいの背中をさする。
あいの涙が繰り返し落ちるたび、まさるの険しさを増していく。
「まさるが来てくれたこと。さっきも歩いて来てくれたことが、嬉しいの。」
あいはマサルの首筋にそっと顔を埋めて、深呼吸をする。
静かなあいの息。
あいは、体を預けてねだる。
「まさる。お願い。そばにいて。……ずっとそばにいて。……ずっとずっと離れないで。」
まさるの表情から、険しさが消える。
「ずっと一緒にいたいの。まさる。私、本当は、死ぬまでまさると離れたくないの。」
あいが、まさるの首に額をあてる。
まさるの唇が薄く開く。
「まさる。私たちまた、前みたいに一緒に過ごそう? はるみと、私と、家族みたいに。ね? ──お願い。」
「うん。」
頷くまさる。
あいは腕の中で体を起こし、まさるを覗き込む。
「──うん。」
まさるはもう一度頷く。
頬に喜びが広がる。
「──うん!」
もう一度、大きく頷く。
「うん。」
あいはまさるの真似して頷き、顔を綻ばせる。
まさるがミルクティーを勧める。
嬉しそうにミルクティーを飲むあい。
まさるは横からあいを覗き込む。
この物語は、「不可侵領域」(はるみ視点)と対になる作品です。
『不可侵領域』はこちら
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