第28話 あいが選んだことだから
まさるは声の方向に顔を向けるが、まだ視界が回復しない。
「こんな遅い時間に……。騒いじゃいけないと、わかるだろう?ははっ。何事かと思うじゃないか。」
まさるに聞こえていた周囲の音が、フェードアウトする。
甲高い耳鳴り。
まさるの全身が力んでいく。
「はぁ…。はぁ…。はー。はー!」
まさるの呼吸が激しくなる。
まさるは、声の方に一歩踏み出すが、あいを抱いていたことに気づき、立ち止まる。
まさるはあいを抱き寄せ、気を奮い立たせるように息を吐く。
──両足で立つ。
「こんばんは。……お久しぶりです。」
あいの父親に宣戦布告の挨拶。
視界がハッキリし、あいの父親の姿が映る。
あいの父親は、何も言おうとしない。
無言の睨み合い。
まさるは、あいの父親の顔色を探る。
あいの父親は、皮肉っぽく笑っている。
恐怖と不快感を浮かべ、まさるに近づこうとしない。
「まさる、ここを出たい。まさる、一緒にいて。ここから出して。」
あいがまさるの腕の中で囁き、身を寄せる。
「うん──。」
まさるは、あいの父親に向き合う。
あいの父親は、娘の言葉を苦々しげに聞き、あいを威圧するように睨む。
(なんて目であいを見るんだろう。)
(二度とあいを、見れないように──。)
まさるは、隠すようにあいを抱き直す。
背中に当てた手に柔らかさが伝わり、手を引っ込めそうになる。
「まさるっ。」
あいがまさるにしがみつく。
慌ててあいを抱き抱えるまさる。
あいの父親が、二人の様子に口を曲げる。
「あい。家の中に入りなさい。」
横柄な口調であいに命じる。
父親の声に、顔を向けようとするあい。
「あい。」
まさるは、あいの視界を遮って、頭を引き寄せる。
(柔らかい……。)
怒りが突き上がる。
まさるは両足を踏ん張る。
息遣いを深めて、拳を握り締める。
「あいに──、何をした──!」
唸り、睨む。
「ひっ──。」
あいの父親が、数歩下がる。
仁王立ちするまさる。
「──あいは、連れて帰ります。」
不服そうに顔をしかめるあいの父親。
──静けさが満ちる。
閑静な住宅街のあちこちの窓から、こちらを伺う視線が注がれ始める。
近所の目に、あいの父親は狼狽えた。
「そ、そうか。わかった。」
「……あい、荷物をとっておいで。待っているから。」
あいは、腕の中からまさるを見上げ、じっと目を覗き込む。
頷いてまさるから離れ、家の中に駆け出して行く。
あいを追いかけようとする父親。
「ここに、いるんだ。」
父親は悔しそうにその場に留まる。
大きなバッグを持ったあいが、軽やかに家を飛び出してくる。
再びまさるの腕に飛び込むあい。
大きく一呼吸し、まさるは投げ出したスマートフォンを拾い上げる。
まさるは、あいのカバンを持ち、あいの手を引いて、振り返らずに歩き去る。
この物語は、「不可侵領域」(はるみ視点)と対になる作品です。
『不可侵領域』はこちら
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