ギースの兄ちゃんと嫁ちゃん(予定)小話
ギースの兄ちゃんとその婚約者のお話。ちょい甘めです。
台風がまたもや……。どうぞ皆様、お気をつけてください。
「ねぇシモン、私のクリスタルのペン先知らない?友達にもらったやつ。」
そう聞いてきたのは、幼馴染で俺の婚約者でもあるロレーヌだ。
今日は、婚約者としての定期的なお茶会に託けた、主に彼女の愚痴や報告を聞く会である。
そして、その質問の答えだが……。
「俺が知ってるわけがないだろう?見たことも聞いたこともないんだぞ?」
「そりゃあ見せたことも言ったこともないもの。で、どこにある?」
「……机の奥とかにしまいこんでるんじゃないのか?」
はああああ、と俺の胸いっぱいに広がる呆れた気持ちが彼女に正しく伝わるのを祈りながら、大きくため息を吐く。
「探してくるわ。」
残念ながらどうやら伝わらないらしい。
どうしてこう、ポジティブの人間というか自分の道を突き進むやつというか彼女はというか、自分に都合の良いこと以外はすべて切り捨てるのだろうか。
金木犀の香が風に運ばれてやってくる。だいぶ朝夕涼しくなった。こんな時期は熱いお茶をいただきたいものだなぁ、と思いながら、お呼ばれしているにも関わらず誰も相手のいないひと時を、冷めたお茶を飲みながら耐える。
お茶が空になっても、彼女は戻ってこない。
まぁ、この庭先から彼女の部屋まで相当距離があるから当然と言えば当然なんだが、つらい。なにがって、今まで目を背けて見なかったふりをしていたが、テーブルに積まれた彼女の作品がちらちらと目に入るのが、本当につらい。
妙に目に涙を溜めて耐えるような表情をしているその絵は、俺には俺の大切な弟に見えるんだが。そしてその隣で彼の顎を捕まえて攻撃的な目をしているのは俺……?
ふっ。
いやいや。馬鹿な。
気のせいだよな。ああ、そうだ、気のせいにちがいない。
ここのところ忙しくて、きっと目が疲れているのだろう。
ああ、脳が疲れているのかもしれない。そうだな、うんうん。
「ペン先あったわー、ありがとう!あれ、貴方とギース君の新刊置いといたのに見なかったの?」
「そうか、そりゃ良かったな。って、やっぱりそれは俺と弟かっっっ!!!」
「いや~本当、貴方のその勘て、探し物するときに便利よね。」
どうやら彼女にとっての俺は、婚約者枠ではなく探し物要員枠らしい。ってそれより!
「黒髪は俺っぽいし、色気がなんかギースっぽいとは思っていたが!お前っ……」
「お前、ではなく名前でお呼びなさいな。」
「あ、ごめん。えと、……ロレーヌ」
「なあに、シモン?」
「いやだから、散々言っているけど、この趣味ちょっと……」
「やめないわよ?」
「わかった、俺の被害は俺が脳内でなかったことにして忘れてしまえばいいし、既に諦めの境地だからもうしょうがないとしよう。だがっ、弟は!なにとぞ弟は勘弁してもらえないだろうか……!」
血を吐く思い出で懇願する。けっして自分だって売りたいわけじゃないが、せめて弟だけでも魔の手から逃してやりたい、そう思うのは兄心だ。
「え?いやよ。」
吐血しそう。
「ギース君は売れ筋だもの。だってあの色気、細マッチョ、兄弟ものも需要あるし、色々カップリングできていいし、なにより攻めも受けもどちらもこなす汎用性の高さ!素晴らしいわギース君。」
人の弟を変態みたいに言わないでほしい。
もうやだ。本当に胃を痛めて血吐きそう。
「最近私が書いているのはね、あの誰にでも人当たりのいいギース君が、シモンにだけ素直になれず強く当たっちゃって、ずっと貴方は優しく許してきてたんだけど、急にできた婚約者の登場によって関係が変わっていくの。二人が反発しながら実は惹かれあっていたと知って心も体も……」
うん、どうでもいい情報をありがとう!というかやめろ!!いたたまれない。想像したくないし!
「あああああ!もう!ロレーヌ、君社交界でも話題の淑女だろう!?そんなことしてていいのかよ!?評判落とすぞ!?」
その言葉に、彼女がカップを持ったまま忌々しげに眉をひそめる。
「お言葉だけど。」
でた、彼女の『お言葉だけど』。その言葉はこれからあんたにとどめさすからね?としか聞こえない。しまった、なにかつついてしまった。
「私はBLを広めるために血の滲むような努力をして好きでもない社交を頑張ってきたのだし、今の地位はBLを受け入れてくれたお友達のおかげでもあるの。」
眇められた彼女の目に睨まれた俺は、つついた藪から出てきた蛇に睨まれた哀れな蛙そのものだ。
「貴方にとやかく言われる筋合いはないわ。」
「あ、はい。」
いやあるだろう!?以前お前が言っていた『肖像権侵害』とやらは、まさにこれじゃないのか!?なんて今言ってもきっと返り討ちにあうので言えない。
はあああ、今日ここへ来て何度目かの大きなため息を吐く。
「お前さぁ」
「名前。」
「あ、はい、すみません。ロレーヌ。」
「なぁに?」
「……なんで、俺なんかと婚約したんだよ。」
その質問の意図が分からないといったように、彼女は首を傾げる。
だって、お前、商才もあって、社交界でも話題の美しくて気高い、高嶺の花じゃないか。
隣国の王族から、縁談話もあったって聞いているし、野暮ったい俺なんか彼女に相応しくないって各所で噂されているのも知っている。
身分だって、歴史と伝統あるロレーヌの侯爵家と、我が家のように没落寸前でなんとかやりくりしていた貧乏伯爵家とは、家格が違う。
……例えば、父上のように俺の勘の良さが少しでも必要とかなら、まだ分からないでもない。
でも、そうじゃないだろう?
お前にとって俺なんて、単に探し物に便利くらいにしか思ってないだろう?
なにもお前にメリットないじゃないか。俺なんて、欠片も必要ないじゃないか。
そこまで考えて、自分の情けなさに腹が立ってきた。
「もっといい縁談が山ほどあっただろう?それこそ、隣国の王子様に嫁げたんじゃないのかよ。」
ぶっきらぼうにそう呟く。
彼女がきょとんと目を丸めて、俺を見る。呆れたように息を吐いてから、紅茶を口にする。
「私、前にも言いましたわよ?私が欲しいのは、望むのは伯爵・侯爵なんて位じゃないの。国でも足りない。世界なの。王座なんて、私には不足ですの。BLをこの全世界に布教したいの。それくらい望むなら、シモン、貴方くらい自由にさせてくれる人じゃないとだめなのよ。」
それに、と彼女が唇の端を上げて続ける。その微笑みはとても艶やかで、見慣れているはずなのについ見惚れてしまう。
「私、ものをなくすことが多いから、貴方の勘便利なんですもの。」
……やっぱり、俺の価値ってそこくらいなんですかね。情けねぇなぁ、俺。
腹の底からため息が出た。
「勘、ねぇ。これもお前が育ててくれたようなもんだけどなぁ。」
昔から、自分が勘が良いと思っていたわけではない。ロレーヌと婚約した頃からだ。
彼女に、貴方って勘が良いのね?と言われた。
当たり前に外れることもあるので、勘が良いだなんて自分では気が付かなかった。
彼女に別に百発百中あてる必要はないけれど、その第六感は大事にしなさいな、と助言されてから、注意深く自分の感覚を養ってきた。
勘、というがそれは情報を集めて裏付けされるものも多い。自分がなぜそこにひっかかっているのか、その人が気になるのか、違和感の正体はなんなのか、自分の中の情報を精査する。
情報がないのになぜか発揮する勘も、もちろんあった。
弟のギースが、ここにいても跡継ぎにはなれないし騎士になりたい、と言い出した時、なにかひっかかりを感じた。
お前の道はそっちじゃないだろうって無意識に思った。
でも彼の将来だ。俺がとやかく言うことではないかもしれない。
違和感の正体がわからぬまま、ロレーヌに相談とまではいかないが、ぽつりと零すと、ああなるほどとぼそぼそと呟いて、そのまま言ってあげなさいなと軽く言われた。
騎士になるという彼の道を塞ぐことにもなりかねないので慎重にと思っていたが、あまりのロレーヌの軽さについギースに言ってしまった。
彼はすんなりと聞き入れ、ついでに父上がなぜか乗り気になって俺以上に教育をギースに与えるようになった。
頭の良い彼は、どんどん成長していく。あれ、俺これ弟に家督譲った方がいいのか?と思えるほど。
そうだな、そうなれば、ロレーヌとギースの婚姻もあり得る。二人が並べばさぞお似合いだろう。
……俺は、ロレーヌが好きだった。でもギースになら任せられる。
幸せになれよ、なんて日記にペンを走らせながら、心の中でロレーヌへの恋慕の情を思い出に変えるための作業に勤しんでいたが、ギースはあっさりとウィスタンブル侯爵家へ養子にもらわれていった。
あれー?
手元には恥ずかしい日記だけが残ったので、鍵をかけて机の奥にしまい込んでおく。
いやまぁ、自分の勘が当たっていたのだし、ギースも幸せそうにしているからいいのだが。
「情けない俺だけど、お前への愛だけは誰にも勝っていると思う。」
「……知っているわ。」
「知ってたか。」
「だって、貴方いつも愛しているロレーヌって、手紙でも帰り際でも、言うじゃない。」
「だって言わないと伝わらないだろう?」
「そういうとこ、」
「え?」
「そういう、素直なところが貴方の魅力よ。」
ロレーヌが柔らかく笑む。ああ、本当、きれいだなぁ。
「ひとつだけ。もう、私を諦めちゃだめよ。だれが相手でも、立ち向かってよ。」
意味が分からず、俺は首を傾げる。
「いつでもオープンな貴方が鍵をかけるくらいだからどんな面白いものが出てくるかと思えば、ええ、実に面白かったわ。」
その回答に、思い当たることがあって赤面する。
「お前、まさか読んだのか!?」
「ええ、だっていつも鍵がかけられているのに、先日は空いていたんですもの。これは読めってことかと。」
「それ、お前がいつも言っているプライバシー侵害とかいうやつだぞ!?」
「お前?」
「あ、すみません。ロレーヌ」
「あんなにも、愛されているなんて嬉しかったの。」
その言葉に、言葉が詰まる。
「本当、ずるいよロレーヌ。」
もうどれだけきれいで可愛くて、行動力があって筋が通ってて男前で、いたずら好きで意外な趣味があるのにそれすらも魅力的ってなんなんだ。
「俺なんかでいいの?」
「シモンがいいのよ。」
「もう、手を離さないよ?」
「ええ。」
「好きだよ、ロレーヌ。」
柔らかな日差しの中で、彼女が優しく微笑む。私もよ、と。
お読みいただき、ありがとうございます!




