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目指すところ

母様のターン(*'ω'*)

 




 ふふふんふんふんふふん♪ってだめだ。オープニングテーマでも元気が出ない。

 ハイテンションって、どうやるんだっけ?


 はぁぁぁと大きくため息をつきながら、自室の窓を開けて眼下の庭を眺める。


 あの婚約披露パーティーから数日が経ち、体の疲れは取れても、心がぐらついてしまう。

 ああああ、こんなの悪役令嬢(わたし)らしくないっっ!!

 ずっと突っ走ってきたのに。学園生活(ゲーム)が始まるまで、折れずに立ち向かってやるって思ってきたのに。

 そうだよ、もうすぐ学園生活(ゲーム)も始まってしまうのに、こんな頭がぐちゃぐちゃのままじゃあ、ダメだ、立ち向かえない。

 くっそー!!

 とりあえず、腹筋だ!筋肉は裏切らないって前世での本にも書いてあったもん。

 そう思いながら体操用の動ける格好に着替えようとしたら、父様に呼び出された。

 おお、お呼び出し久しぶりですね!視察ですか、仕事ですか!?もしかしたら仕事もらってそっちで頭いっぱいにしたらすっきりするかもしれない。

 よし、参ろうぞ!




「久しぶりに会ったが、ますます退化したな。」


 って第一声がそれか!

 なにがですか、このくそ親父!退化ってなんですの!?私機嫌がよろしくないので、どつきますわよ。


「元気がないようですね、と言いたいのですよ、グラード様は。」


 キリスが横から通訳してくれるが、どこをどうとったらそんな通訳ができますの!?絶対違いますよね!?


「リルリアをこちらによんだ。」


「え、お母様ですか!?」


 母様かぁ。

 幼い頃にすでに療養のために遠方に行かれていてあんまり思い出ないんだよなぁ。優しそうな方だったと思うんだけど。

 父様はたまに視察の帰りとかに会いに行かれているというけど。


「御病気はもう大丈夫なのです?」


「良い薬が東方から流通し少しマシだというのでな。もしかしたらとんぼ返りになるかもしれないが、しばらく家にいる予定だ。」


「そうなんですね。お会いできるの、楽しみです。」


 そう口で言いながらも、心はあまり動かなかった。

 その様子を、父様は眉を顰めて眺めていたが、特になにか言うわけではなく下がらせてくれた。仕事はもらえなかった。




 **********




 話があってから二日後、母様がお戻りになられた。

 お着きになったと呼び出され、私が応接室に入るとすぐ、母様は駆け寄ってきて涙ぐみながら名を呼んでくれた。


「エルリア、エルリア!大きくなったわね!」


 少し痛いくらいの力で抱きしめられ、恥ずかしいと思う反面、その温もりが嬉しくて、心地よかった。

 恐る恐る、私も母様の細い肩に手を回して抱きしめる。


 ああ、この香り知っている。母様の香りだ。この、甘くて優しい香り。少しシナモンのようなスパイシーな香りが混じる。



 幼い頃に母様のお膝の上で絵本を読んでもらった。その時に見上げた母様の優しい微笑み。


 アップルパイをよく焼いてくれた。貴族なのに、ずかずかと台所に入っていってはシェフを困らせて、これだけは得意なの、と台所を粉まみれにしてメイドたちを困らせていた。

 出来上がったパイは見た目はイマイチなのに、すごく美味しかった。


 エルリア、そう私の名を呼ぶ声はただただ、優しく私を甘やかす。



 懐かしい。

 なんだ、ちゃんと、思い出あったじゃないか私。



 私の中のエルリアが、泣いてる。母様母様って、幼子のように声を上げてわんわんと泣いている。

 なんで、私母様に嫌われているって思ってたんだろう。

 自分から、手紙を出せばよかった。自分から、訪れてみればよかった。


「母様っ……」


 ああ、そうか、私寂しかったのかな。

 そう思ったら、涙が止まらなくなっていた。


 父様もギース義兄様もいるのに、私は母様に縋りついてただ泣いた。

 止められないかった。なにも考えられないくらい、泣いた。


「エルリア、エルリア。どうしたの?」




 張り詰めていたものが、切れた。




「母様っ……!」


 私をソファに座らせて、母様は泣き続ける私の背を撫で続けてくれた。


「大丈夫、大丈夫よ、エルリア。泣きたいだけ、泣いちゃいなさい。……ずっと、我慢していたのね。私、貴方にこんなに我慢させてしまっていたのね。」


「ち、がっ、母様のせいじゃ。」


「わかってるわ。さぁ私の愛しいエルリア。大丈夫だから、私に身を預けて。」


 私の頭を引き寄せて、その胸に抱いてくれる。

 どれだけそうしていただろう。顔を上げると、私たち二人の他には誰もいなかった。そして、涙が枯れるくらい泣いたので、母様の服はびしょびしょに濡れていた。


「ごめんなさい、母様。恥ずかしい、こんな歳になって。」


「泣けてよかった、エルリア。ずっとあの人も心配していたから。」


「あの人?」


「魔王、……いや、父様よ。」


 あれ?母様って、父様を魔王扱いなの?

 私がラスボスって呼ぶみたいに?

 おお、なんか血のつながりをこんなところでも感じる。


「あの魔……、父様がエルリアが元気がないって。もしかしたら、母の私になら話せることがあるんじゃないかってよんでくださったのよ。ずっとエルリアと会えなくて、もしかしたら嫌われているんじゃないかって思ってたけど、よか、よかったぁぁぁ。」


 母様の目から、涙が溢れた。それを見て、私もまた涙が出てきた。


「母様、私も嫌われてるんじゃないかって、怖くて。二人とも、同じ気持ちだったんですね。」


 そしてまた、二人でひっついてわんわん泣いた。

 二人で鼻をかみ、ひどく腫れぼったい顔を見て互いに笑いあう。


「大変だったでしょう、魔、父様の相手は。」


「もう、魔王でいいのではないですか、母様。」


「そうね。もう魔王でいいわね。あいつ気に入ったやつとことん追いつめてくるから、エルリアのこと心配だったのよ。」


「そうですね、ここ数年はけっこう、スパルタだったような。」


「まぁ!やっぱり!ごめんね、私が近くにいればもっと守ってあげられたのに!」


 もう一度、ぎゅっと抱きしめられる。ああ、やっぱり母様いい香りがする。安心する。

 泣きすぎて喉が渇いたのでリリアにお茶を淹れてもらって、それからたくさん母様とお話しした。


 父様との恋愛結婚の噂気になってたんだよね、どうなんですか、母様。


「ええー、あの魔王、なぜか知らないけど、私を気に入ってね。間は割愛するけど、気が付くと罠にはまっていて魔王と結婚するか修道院に行くかの二択しか選べないようになってたのよね。」


 マジですか。どんな罠はったらそんなことになるんだよ?こええよラスボス!そりゃ私じゃあ太刀打ちできないよ!


「じゃあ、お母様はお父様お慕いはしていなかったの?」


「そこが恋愛って怖いところなのよ、エルリア。」


 くっと悔しそうに母様は顔を歪ませる。


「父様の顔見ていると、なんでもかんでも許せてしまうし、あの顔で迫られるとだめなのよ。ときめいてしまうのよ。中身は魔王なのに。あの顔で中身天使も嫌だから、魔王でよかったなんて思ったりもしてしまう自分が怖い!」


 あ、結局お好きなんですね?父様と母様、意外とラブラブなんですね!?

 まじかー!恋愛結婚だったわ!疑ってたけど、本当だったわー!


「そういえば、エルリアはクリストファー殿下のお嫁さんになるのでしょう?どうなの?お慕いしているの?」


 腫れぼったい目を輝かせて、母様が尋ねる。

 いくつになっても恋バナって楽しいですよね。


「んと、いえ。多分、そのうち破棄されるんじゃないかなって。」


 いや実はここ乙女ゲーの世界で私悪役令嬢なんで、なんて話はできないけれど、母様には素直に心の内を打ち明ける。


「なんで!?」


 母様が、身を乗り出して迫ってきたので、私の視界いっぱい母様の腫れぼったい顔が広がる。

 その瞳の中の私も、相当ひどい顔をしていて、笑える。


「きっと私では役不足ですもの」


 その回答に、母様は身を引いてソファーに深く座りなおす。


「エルリアは、クリストファー殿下が好き?」


「好き、かどうかはわかりませんが、幼馴染としては、大切ですよ。」


「んんー、じゃあ、王妃様になりたい?」


「特に希望しているわけではありませんが。」


「んんんんん?分かった、他に好きな人がいるんだ!お、それだと婚約破棄しないとだね。」


「え?いえ、いませんよ?」


「んんんんんんん?じゃあ他にやりたいことがあるの?」


 そう聞かれて、返答に困った。


「あの魔、父様だって、どうしてもクリストファー殿下と一緒になりたくないといえば、きっと戦ってくれるわよ。だって貴方を愛しているもの。それに、仕事だって。女性の社会進出は例は少ないけど、父様から聞く限り、貴方の力があればきっと好きな仕事を選べるわ。どうしたいの、エルリア?」


 どうしたい?わたしは、どうしたいのだろう。


「わからないの。自分がどうしたいのか。」


「ふむ。じゃあエルリア、何食べたい?」


「今は母様の手作りのアップルパイが食べたいです。」


「まぁ!早速作るわ!じゃあ次、どこに行きたい?」


「行きたい場所……。前視察に行ったところかな。みんな元気にしているか会いに行きたい。」


「ふふふふふー、その調子よ、エルリア。ずっとやりたかったことは、なぁに?思い出してごらん?」


 ずっとやりたかったこと?


「夢だったこと、やりたかったこと、できずに諦めていたこと。」


 夢だったこと。

 ずっとやってやるって思っていたこと。

 千載一遇のチャンスがあったのに、逃してしまっていること。




 あの幼い日に、頭を打ってパニックになって悪役令嬢ならこれでしょって、今思うと本当に馬鹿だな自分って思うけど、それでもいつかやってやるって思ってやってきた。




「高笑い、したかったの。」


「高笑い?」


「そう、高笑い。」


「不思議な夢ね。でも、いいんじゃない?あれでしょ?魔王の鼻を明かしたいとか、そういうことでしょ?」


「そうなの。ずっと、みんなを見返してやるからなって、頑張って走ってきたの。」


「そっか。そのためにいっぱい努力してきたんだね。どう?うまくいきそう?」


「ううん。全然だめなの。」


「高笑いかぁ……。でも、エルリアは見返して笑ってそれで満足ってわけじゃあ、ないのでしょう?」


 高笑いして、それで終わりじゃない?


「そうよ。みんなを見返して、もっともっとエルリアが幸せにならなきゃ。」


 ……幸せに、なれるの、悪役令嬢(わたし)が?

 死なないように、追放されないように、そんなことばっかり考えていたけど……。


「幸せになって、いいの?」


「まぁ!当たり前じゃない!エルリア、貴方は自分で、自分の幸せを取りに行くのよ?それくらいのガッツはあるはずよ?だって、魔王と母様の子だもの!」


 母様が笑って、またぎゅーっと力強く抱きしめてくれる。

 ああ、もう今日は枯れたと思っていた涙が、まだ出てくる。



 夢、そうか。


 私の夢。望んでいいなら。いや、望もう、強く。


 皆を見返して笑った先で、周り全部巻き込んで、皆で幸せになりたい。

 欲張りだけど、クリスたちも、ヒロインも、自分も笑って過ごしたい。


 そうだ。なら、迷ってはいけない。惑わず、自分にできることをしていけばいい。




「母様、ありがとう。」


 母様は優しく微笑んで、私の頬にキスを落としてくれた。頬が赤くなる。


「愛しているわ、エルリア。」


「父様より?」


 なんて、照れてついそんなことを聞いてしまう。


「魔王よりずっと好きよ!」


「ほほぅ、魔王とは、誰のことかな?」


 ぎくりと母様の肩が跳ね上がる。

 ごめんね、母様。実は私の位置からは扉が開くの見えたんだけど、言えなかったよ。

 決して面白がってとかじゃないよ?


「あああ、あら。グラード様、」


 ぎぎぎって音がしそうなほど、錆びているような動きで母様の首が父様の方向へ動く。


「さて、リルリア?エルリアも落ち着いたようだし、そろそろ私の相手もしてくれないか?」


 うわぁ、父様いい顔してるなぁ!邪悪だよ、笑顔が!すごいな、これが父様の本気の笑顔か。背筋が凍るよ!すっげぇ怖い!


「いえ、私久しぶりですし、夜通しエルリアとお話ししようかと。」


「娘に迷惑をかけるなよ、リルリア。」


 父様が母様を引き寄せて顔を近づける。すると途端に母様の頬が紅潮していく。

 母様弱っ!本当にお好きなんですね、そのお顔が!


「助けてっ!エルリア!」


 ごめん!母様!

 私にはまだラスボスと戦えるだけの力はないんだ!

 それに馬に蹴られたくはない!


「お母様!」


 ぐっと拳を固く握ってエールを送ると、母様は悲壮な顔になった。


「エルリアの裏切り者~!」


 館に母様の声が響く。こんなに、家が明るいのは久しぶりだ。母様って、すごいなぁ!

 んんー!

 さぁ、学園生活(ゲーム)だ!大丈夫、自分が目指すところは決まった。

 大丈夫、頑張ってみせるよ母様!




 一人の犠牲の上に、エルリアはすっきり元気になりましたとさ☆






お読みいただき、ありがとうございます。

ここまでで一旦の区切りです。


力はつけた。気持ちも決まった。最後の物語、頑張って突っ走れ!頑張れ、エルリア!

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