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ハルくんは、きっと私とは付き合ったりしない。
あのとき、そう感じてた。
……秋深い輝く海の前で。
「美緒、おはよう」
朝の電車で、同じ車両になるのはいつ以来だろう?
「おはよう」
私は、ちゃんと笑えてるかな?
「今日は早いんだね」
「りょーすけに、ノート貸す約束したから。早めにきて、コピーしててやろうかと思って」
「りょーすけ?」
誰だろう?
「ああ、西井」
ハルくんが言うには、法学概論の講義のノートは先輩から譲り受けたもので、寺下教授の試験は、毎年そこから出されるそうだ。
「法学概論って、ハルくん取ってたの?」
講義で一度も見たことないので、てっきりハルくんは履修してないものと思っていた。
「あー、寺下センセみたいな先生が多いからね。出席もとらないし、試験だけクリアすればセーフだから」
ハルくんとは一緒の講義は英語だけ、と思ってた私って… ?
「履修科目、美緒ともけっこう被ってるね」
「知らなかった……」
「うん、俺、あんまり講義に出てないから。基本的には、出席とるのだけしか出ないし。あとは、バイトしたり、サークルでたり」
「学祭みたいに、有志企画作ったり?」
「そんな感じ」
だいじょうぶ。普通に話せてる。だから、大丈夫。
駅に着いて、ホームに降りると、冷たい風が吹き抜けた。
「さむ……」
このところ気温差が激しい日が多い。身体の芯が嫌な感じにぞわっとした。
「朝はけっこう冷えるね」
「……あれ? 美緒、ちょっと顔色悪くない?」
……だから、なんで、そういうことに気づくかな。
「昨日から、ちょっと風邪気味で」
なんだか体が重い。でも、できるだけ悟られないように歩いた。
ホームの階段って、こんなに長かったっけ?
いつかと同じように、ホームや改札辺りになると、ぱらぱらと学生たちが増えて。ハルくんは、声をかけられたり、かけたりで忙しく、私のことをそんなに気に留めることもないはず。
大学構内に入ると、
「美緒ー、おはよー」
千裕が、後ろから追い付いて来た。地下鉄組が合流して学生が増える。
「おはよう、千裕」
千裕は、ハルくんの方をちらっと見た。
「藤崎くんと一緒だったんだ?」
「うん、まあ」
でも、ハルくんは、友達に引き留められてて。私が千裕といるのに気づくと、軽く手を上げて生協の方に向かった。
「なんだか、久しぶりに話したような気がするな」
千裕にも、そんなに辛くないってわかってもらいたい。電車から、ここまで、ちゃんと普通に話せたし。
千裕は、黙って笑うと、私の背をぽんと叩いた。
英語の講義の間に、だんだん寒気がひどくなってきた。前野先生の読む流暢な物語が、頭の中で別世界の音のように響く。自分でも、これは、かなり不味い状況だって感じてた。
それでも、なんとか。なんとか、講義が終わった。
「美緒? どしたの?」
半分机に突っ伏して動けない私に、千裕が声をかけてきた。
「んー、ちょっと、しんどい……」
「って、やだ、熱あるんじゃない?」
千裕が私の額に手を伸ばす。
「どっちでも、いーよ……今日、もう、無理そうだから、帰るね?」
私はできるだけそっと千裕の手を払いのけ、立ち上がろうとした。
だけど上手く足に力が入らず、ガタン、と音をたてて、もとの椅子に尻餅をついてしまった。
「美緒!」
「ちょっと、大丈夫?!」
……あんまり大丈夫じゃ、ないかも。さっちーや明日菜も心配そうに私を見てる。
とにかく、帰って寝たい。こういうとき、家が遠いって……。三度も乗り換えすることを思うと気が遠くなる。でも、頑張って帰るしか、ないよね……。
「美緒? なんか、あった?」
……ハルくんだ。
「すごく、しんどそうで。今日は帰るって立とうとしたんだけど」
「帰るって言っても、美緒んち、片道二時間乗り換え三回でしょ? 無理じゃない?」
「誰か、ついっててあげたほうが……」
千裕たちの会話が、頭の上で聞こえる。そんなに心配しなくても。
「俺が送るよ」
会話が止まった。
ハルくん? なに、さらっとそんなこと言ってるの? 私、一人で帰れるよ? って言いたいのに。声にならない……。
「車、とってくるから。それまで、休めるとこ、あるかな?」
有無を言わさず話を進めるハルくんに、
「あ、それなら。私んち近いから」
と明日菜が請け負う。
「じゃあ、三好さんちね。車、どの辺につけたらいい? ついたら連絡するよ」
てきぱきとハルくんが、決めてしまって。三十分位で戻るからと講義室から消えた。
「美緒、立てる?」
「……なんとか」
「とりあえず、明日菜んちまで、行こう」
千裕に支えられて立ち上がる。
「もー、すっごい熱い。なんでこんななのに学校来るのよ」
千裕がぼやく。
「仕方ないよ」
さっちーが私の鞄を持ってくれた。明日菜が千裕の反対側についてくれる。
「……ごめんね」
なんとか絞り出した声は聞こえただろうか。
「あー、そういえば藤崎、ついたら連絡するって言ってたけど?」
明日菜が不思議がる。
「美緒のケータイでしょ」
「あ、そっか」
「にしても。なんか、読めないね、藤崎氏は」
三人の会話に揺られながら、私は明日菜んちまで、なんとかたどり着いた。




