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「美緒、なに、さっきからケータイ見て?」
「え?」
「うれしそー」
「アドレス交換したんだって」
千裕が、もぐもぐとおにぎりを食べつつ言った。
久々に、四人でのランチタイム。遠距離通学の私と千裕。それから、明日菜とさっちー。サークルにも入らず、なんとなくつるんでいる私たち。取っている講義も結構重なっていたりで、自然に気が合う、楽な友達。
今日は、ラッキーなことに学食の外のオープンカフェスペース、木陰の特等席をキープできた。
「藤崎?」
「そー」
「なんか重症だよね」
「そういえば、大野さん、振られたらしいよ」
何故か情報通の明日菜が言う。
「あー、だから英語さぼってたのか」
「でも。愛想はいいけど、食えないよね、藤崎氏は」
さっちーは淡々と意見を言う。かわいくてのんびりした外見と違って、言葉の中身は辛めなことが多い。
「フリーなのか、彼女いるのかも、謎だし」
そう。ハルくんにとっては、アドレス交換なんて特に意味はない。単に課題をこなすためのツールみたいなもので。
「でも、あれだけあからさまにアプローチしててだめだったら、意気萎えるよね」
「あからさますぎたんじゃない?」
すっかりハルくん談義になっている。
「それで? 美緒は、学祭も手伝うの?」
「……うん」
「千裕も?」
「まあ、仕方ないでしょ。他に大事な用もないし。美緒だけじゃ、心細いだろうし」
ハルくんに頼まれて学祭の模擬店を手伝うことになったものの、なにをするのかとか、どんなメンバーなのかとか、詳しいことは聞けていない。
「で? あっちの訳した分は、いつ受け取るの?」
「明日の朝、事務所前でって約束したんだけど」
ハルくんから、初めてのメールがきて。返事を返した。なんだかそれだけで、ケータイが宝物になったような気分。
「そっか。じゃ、全部できたらちょうだいね?」
明日菜は、千裕よりさらにちゃっかりしていた。私か、さっちーがやるのを待ってたらしい。
さっちーは、自分でしないと意味ないんだから、と正論をかざしている。英語が得意なので、課題ももう済ませたようだけど、見せてくれる気はなさそう。
「だいたい、ネットでも訳文の探せないようなマイナーな課題を選んでくるところが川崎のいやらしいところだよね」
明日菜は言うけど、そうじゃなければ勉強にはならないんじゃないだろうか。分担してやろうとしてる私が言うことでもないけど。
それでも、とにかく、明日。またハルくんにあえる。今週は、なんだかすごくラッキー。
「美緒はどうしたいんだろうね?」
「……まだ、見てるだけとかでいいんじゃない?」
明日菜とさっちーが、私をお子さま扱いする。
確かに、恋愛経験値は低いし。なんとなく、男子に構えてしまうところもある。大学生にもなって、情けないような気もするけれど。
「今は、様子見、かなー」
千裕もそういって、二つ目のおにぎりに手を伸ばしていた。
さすがに朝夕は肌寒くなってきて、薄めの上着を着てきた。
一限目に間に合わせるには少し早めの時間。まだ学生もまばら。
電車で会えないかと少し期待していたけど、会えないまま、大学構内に入った。
事務所前。紅葉の準備を始めた楓の木の前に立っているのは。
こんなに遠くからでも、わかる。
ハルくんの、立ち姿。
細身のジーンズに、白いパーカー。よくある、あっさりとした恰好なんだけど。それだけで、すごく格好いいのは、素材の良さ。端正な顔立ちとスタイルが、下手なタレントやモデルより際立っている。
その彼が、私に気づくと、にっこり笑って、こっちに向かってきてくれた。
なんだか、すごく幸せ……。
「長谷川さん、おはよう」
「おはようゴザイマス……早かったんですね」
「なに、また敬語になってる」
「あ!」
なんだかまた緊張して。そんな私を見ながら、ハルくんは柔らかく笑って、
「これ、残りの訳」
と、私と千裕の分のコピーの束を二部渡してくれた。
「長谷川さんの訳、すっごいわかりやすかった」
「え、そう、かな?」
「二章の会話が続くとこなんか、ノリノリで」
!
……恥ずかしい。そうだった、先生以外の人に見せるとか思ってなかったから。ただ訳すだけじゃつまらないいかな、って、キャラを立たせてくだけたセリフに訳してたんだった……。
「続きも、長谷川さんみたいにしたかったんだけど。なかなかあそこまでは」
「いいです、いいから、あれは……」
必死になって口をもぐもぐしていると、
「うん、まあ、普通に訳したから。西井の分も入ってる。あとは、適当に写しといて?」
ハルくんは、楽しそうに私の顔を見ていた。
「な、なんですか?」
「ほら、また」
「あ!」
「いや、かわいいな、って……」
「え?」
「その、百面相。長谷川さんって、表情豊かだよね。それに、なんかじっと見てて、寄ってくるんだけど、すぐにダッシュで逃げ出すウサギみたい」
「うさぎ……」
「ん。小学校の時、学校で飼ってなかった?」
……うちの小学校にはいなかったけど。なんだかハルくんの表現が細かく的確で、私の気持ちまで見透かされているようで。さっきから、心臓のばくばくが止まらない。
「模擬店のこと、またメールするから」
ハルくんは、すうっと私から視線を上げた。私は頷くしかできなくて。
「訳、ほんとに助かったよ。ありがと」
そう言って、ハルくんは、一限目から体育だからと増えてきた学生の合間を縫って急ぎ足で体育館の更衣室のほうへ消えていった。




