3
秋たけなわの文化の日。
綺麗に晴れた青空の下、私は、たこ焼きを焼いている。
ハルくんに頼まれた模擬店の手伝いは、屋台のたこ焼き。意外にお客さんも多くて、忙しい。
「長谷川さん、器用だよね」
隣で、ハルくんが感心している。
「焼いたこと、あった?」
「ないけど」
「それにしては、ほんとに上手い」
そんなに感心されるほどのことじゃないと、思うんだけど……。
千裕は、注文とレジの方に回っている。どっちかと言うと、接客よりこっちの方がいいかな、と、焼く方に回ったんだけど。こんなに感心されると思わなかった。
私と千裕が来たときは、ハルくんが主に焼いていて、ちょっと残念な出来のものが多かった。「変わって」と言うハルくんからバトンタッチしたんだけど。
なんでもそつなくできそうなハルくんが、意外に不器用なのに驚いた。あんまり料理とかしないのかな? そういう問題じゃない、か。
「っていうか、俺らがヘタ過ぎたんじゃ……」
西井君が後ろで、足りなくなってきたタコをぶつ切りにしながら、言う。
「長谷川さんに来てもらってよかった」
ハルくんは、素知らぬ顔で焼きあがった分にソースを掛け、トッピング。
こんなふうに一緒に何かをしていると、変な緊張も薄れて、すごく楽しい。ハルくんの隣で、すごく自然でいられる。
時折、心配そうにこっちを見ていた千裕も、よかったね、とにっこりしてくれた。
忙しい中の友だちのそういう気遣いも嬉しかった。
「そろそろ、交代ー」
クラスの他のメンバーがやってきた。
「長谷川さん、疲れたでしょ。佐々木さんと、もう上がっていいよ。あとは、こいつらがやるから」
二時間余りも立ちっぱなしで、慣れない作業を繰り返してたので、さすがに疲れていた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「いえいえ、こちらこそ、応援サンキュー。この恩は、ちゃんと返すから」
「期待しないで待ってるね」
私は、エプロンを取り、千裕と模擬店コーナーを後にした。
「結構、いー感じだったね」
祭りの雰囲気を楽しみながら構内を歩きつつ、千裕が言う。
「そう、かな?」
「うん。美緒にしては、すごく自然だった。しかも、恩返ししてくれるみたいだから、次があるよ」
そう、かな。だったら、いいな。
なんだかほんわりした気持ちを抱いて、学祭をぶらぶらと見て回った。
喉が渇いたので、飲み物を買って、千裕とベンチでまったりしていると。
すっと、影が差した。
私の前で立ち止まっていたのは、
「大野さん」
なんだか久しぶりに見た気がする大野さんで。
たぶん一緒に来た連れの人たちを待たせ、わざわざこっちに来た様子。
「なんだか、楽しそうに手伝ってたわね」
大野さんの表情は、逆光で見えにくくて。
「私が、手伝いを断ったから、あなたたちに回ってきたって、知ってる?」
「だから、なに?」
言い方にカチンときたのか、千裕が素っ気なく聞き返した。
「……べつに」
千裕の切り返しに大野さんは、そっぽを向く。
「なにか、用? 友達、待ってるんじゃないの?」
「忠告」
私が一言も話していないのに、大野さんは、私の方だけ向いて言った。
「ハルくんは」
声が、ほんの少し震えている。
「……ハルくんは、誰も好きにならない」
それでも言いきった大野さんは、
「だから、舞い上がらない方が身のためよ」
と、さらに言い捨てて、友だちのところへと戻って行った。
いつもより数段にぎやかな構内のざわめきが、一瞬少し遠くなった。
かさり、と足元の落ち葉が音を立てる。
ストローで吸い上げたゆずみつジンジャーが、急に苦くなったようで。
「なんで、私に言うのかな」
つぶやくと、
「まあ、わかりやすいから、ね」
千裕は、なだめるように笑ってくれた。
「わかりやすい?」
「んー、美緒、ずっと見てるし。注意してれば、わかるよ。よほど鈍感とかじゃなければ。藤崎くんを好きだったりしたら、余計に、気がつくんじゃないかな」
「……そっか」
「ねえ、美緒」
千裕は、少しためらったようだったけど、
「藤崎くんは、わかってるかも」
と言葉にしてくれた。
「美緒の、気持ち」
だから、私もちゃんと聞く。
「わかってて、利用……っていうか、そこまで悪辣じゃないけど。美緒に頼めば断らない、くらいには思ってたんじゃないかな」
「そうかな」
「藤崎くんは……、よくわからないけど、思い続けるには、もしかしたら辛い、かも」
「うん」
「ごめん、私の言うことじゃないね」
千裕は、最後は軽めにいってくれたけど。
つらくない恋が、ありますか?
そんなふうに切り返すには、私の経験値はやっぱり少なすぎて。でも。
思うのをやめられるなら、それも恋じゃない、よね?
「ハルくんは、誰も好きにならない」
大野さんの言葉は、ゆらゆらとゆっくり心の底に沈んでいった。
だからって、やめられるなら。
ハルくんを想わずにいられるなら、そんなこと、気にすることもないのに。




