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学祭も終わり、街がクリスマスムードになってきたのを実感するころ。
二限目の英語のクラス、講義室で待っていても、なんだか学生の集まりが悪いな、と思っていたら。
「川崎、急用で本日の講義は休講します、だってー」
「げ、せっかく朝から来てんのに」
「前の講義の時に言ってなかったよね」
いや、前からわかってたんなら、急用じゃないし……まばらな学生たちが騒めくのに、心の中で突っ込みを入れてしまう私。
掲示板で先に知ってた人たちは、もともと講義室には来てない様子だった。
ああ、じゃあ今日はもうハルくんには会えないんだ。
ふうっと、吐息をつく。
ハルくんを見られる数少ない時間なのに。
学祭の後、特に何があったわけでもなく。また見ているだけの日々が続いていた。
「この後、どうする?」
千裕に聞いてみた。
「三限目にドイツ語があるから、帰れないし。明日菜のとこでも行こうかな」
明日菜は、いつもぎりぎりで、まだ来ていない。大学の近くに下宿しているから、こういう時頼りにしてしまう。
「じゃあ、コンビニでお菓子でも買って行こうか?」
さっちーが提案して、私たちが動き出した時。
「長谷川さん」
前の扉から、突然たたたっと入ってきたハルくんが、
「この後、予定ある?」
と、私に聞いた。
いきなりだったのでびっくりして、返事ができないでいる私に、
「よかった。休講だっていうから、もう帰ったかと思って、急いで来たんだ」
走ってきた割には、あくまでも爽やかにハルくんは続けた。
「もし、よかったら。遅くなったけど、恩返しってことで」
……えーと。なんだか頭がついていかない。
「今日は、あと、三限目にドイツ語が」
たどたどしく言いかけた私をさえぎって、
「美緒。ノート、とっとくから、いいよ」
さっちーが言った。
「行っといで」
千裕まで。
いや、待って。恩返しっていうなら、千裕だって……。
私の心の声が聞こえたのか、千裕は、
「いーから」
と、私の背中を押す。
「じゃあ、長谷川さん、借りてくね」
ハルくんはそう言って、にっこり笑った。
とりあえず仕方なくハルくんについて、構内を歩く。
講義室から光の差し込む明るい廊下へ出て、
「どっか、行きたいとこ、ある?」
そう言って、ハルくんは振り向いた。
気後れしている私が後ろにいるのに気づくと、ハルくんは立ち止まり、私が追いつくのを待って、今度は速度を落として並んでくれた。
「行きたいとこ?」
「そ。遅くなっちゃったし、利息つけて、希望だして?」
と、急に言われましても……。
私が答えられないでいると、
「じゃ、俺の行きたいとこ、でいい?」
ハルくんは言って。頷く私に、
「後から、つまんないって言っても遅いからね?」
釘を刺した。
廊下から軽やかに階段を下りていく。ハルくんの後ろ姿も、動きも、なんだか目に痛いくらい綺麗。
「長谷川さん?」
踊り場で、ハルくんが私をふり仰ぐ。
見とれてないで、ついていかなきゃ。
慌てて階段を降りる私を、ハルくんが少し首をかしげて見ていた。
そうして、外に出て。
ハルくんの顔見知りらしき人たちが、次々と声をかけてくる。
「ハル、どこ行くの?」
「今日は休講ー」
「ハル、サークルはー?」
「さぼりー。先輩方によろしく言っといて」
ハルくんは、かけられた言葉一つ一つにさらりと答えながら歩いていく。
その横で、並んで歩く私は。こんなことなら、もうちょっとおしゃれしてくるんだった、とか考えていて。
英語のある日は、ハルくんがいるから、いつもよりは気合いが入るんだけど。ショートパンツじゃなくて、スカートにすればよかったかな、とか。髪も止めずに、下ろしてくればよかったかなとか……。
「……美緒!」
呼ばれて、我に返る。
「定期、どこまで?」
いつの間にか、駅まで来ていた。
「ICだから……」
乗り越しても平気なんだけどと言おうとすると、
「いいよ、今日は恩返しだから」
ハルくんは、さっさと切符を買ってしまった。
「あ、ありがと」
でも、切符を買うなら定期がどこまでとか関係ないんじゃ……? え? そういえば、さっき美緒、って、名前……? 改札を通って、あらためてハルくんを見上げると、
「長谷川さん、って長いから。佐々木さんたちが呼んでた名前で、いい?」
ハルくんが、やさしく笑う。
その笑顔に、めまいがしそうになりながら、いきなりの名前呼びを軽く飛び越えていくハルくんは、やっぱりいろいろ慣れてるんだろうなーなんて思ったりもして。
ホームに降りて、すぐに来た列車に乗って。
なんだか隣に立っているのがとても不思議なのに。
黙っていても、つらくない。重い沈黙にはならないのも、すごく不思議で。
「次、乗り換えだから」
「あ、うん」
「あんまり、しゃべんないね?」
「つまんない?」
「いや、黙ってても、雰囲気やわらかいから」
大丈夫という、ハルくんの笑顔がいまは私だけに向けられている。
乗り換えて、あと、数駅一緒に列車に揺られて。
臨海公園駅で降りて、また並んで歩く。離れずに、ちゃんと隣。
「ありがと」
「え?」
「歩幅、合わせてくれてるでしょう?」
私が言うと、ハルくんはちょっと目を丸くした。
「そんなことでお礼言われたの、初めてだ」
びっくりしているハルくんを見つめると、ハルくんは、少し笑って、
「行くよ?」
と私の手を引いて、ほんの少し早足になった。




