写し身
ペンダントを掴んだヨヒアは、両手でペンダントを握り締めるが、何の反応も起こらない。
(使えない?何かしないといけない?どうすれば……)
ペンダントを掴んでいるヨヒアに、黒鉄の刺足が迫っていく。ヨヒアはペンダントを握りしめながら、千手騎士の巨体を思い浮かべる。
(俺にも、あんな力があれば……)
その瞬間、ヨヒアの身体が光に包まれ始める。突如として身体の制御を失ったヨヒアが、一瞬だけその意識を失った。
意識の戻ったヨヒアが、自分の身体に違和感を覚える。
(なんだ?目線が高い……)
ヨヒアが地面から目を離して顔を上げる。目の前に再び黒鉄の蜘蛛の姿が映し出された。しかし見上げていたその異形は、今では同じ目線の高さにある。ヨヒアは理解した。
(成功した!俺の身体は千手騎士のような姿になっているはずだ!)
ヨヒアが足を動かすと、地面に食い込む感触を得た。続いて腕を動かそうとしたが、マントに引っ掛かったかのようにうまく動かない。
(クソ!身体の動かし方がまだ上手くいかない)
ヨヒアが何とかぎこちなく後ろ足で歩き出すと、目の前に居る蜘蛛へのしかかっていく。後ろ足でよじ登りながら、手で蜘蛛の上に付いた蓋をこじ開けようとする。だが腕の辺りからバタバタと言う音がするばかりで、上手く動かせない。その間にも蜘蛛が動き出し、ヨヒアを振り落とそうともがき始める。ヨヒアは何とか上手く足を引っ掛けて蜘蛛の上へしがみつくことには成功した。
(千手騎士たちのようにたてがみの腕を動かすには、どうすればいいんだ?)
ヨヒアは首元に意識を集中したが、何の変化も無い。焦って手が無くなったヨヒアは、仕方なく口を開いて蓋に齧りついた。ヨヒアの歯が肉に噛みつくように蓋へと突き刺さる。ヨヒアが首を捻ると、蓋が音を立ててはじけ飛び、地面を転がっていった。
ヨヒアが蓋の中身に目を向けると、そこには信じられないような物を目にしたかのように、目と口を大きく空けた魔族の姿があった。ヨヒアは中に顔を突っ込んで魔族に齧りつくと、目を閉じて噛み砕く。何かが砕けるように感触の後で、口の中が一瞬で鉄の臭いに覆われた。
気持ち悪くなったヨヒアはすぐさま齧りついたものを吐き出す。主を失った黒鉄の蜘蛛は、力を失ってヨヒアを乗せたままその場に崩れ落ちた。
(何とか、倒せたぞ)
ヨヒアが顔を起こすと、戦況が変わり始めていた。
空を舞っていた黒鉄のドラゴン達が戦場から立ち去り始めた。既に三頭だけとなった八枚の翼の黒鉄のドラゴンが殿を務め、他のドラゴン達が引いていく。地上を這っていた蜘蛛たちも、その足を素早く動かしながら、群れを交互に入れ替えて退却していく。
生き残った馬や鳥が追い打ちを掛けようとするが、彼らも疲弊しつくしており、それほど追いかけられていない。
退却していく魔王軍に、千手騎士が大きく跳躍して向かって行く。既に腕の大半がちぎれており、八本ある足の半数が動いていない。それでも千手騎士は八翼のドラゴンに襲い掛かり、のしかかるようにして空中から引きずり下ろした。千手騎士は叩き落したドラゴンを睨みながら、うっぷんを晴らすかのように蹄で叩き潰していく。
ドラゴンがひしゃげた鉄の山になった頃には、魔王軍たちは戦場を後にしていた。
黒鉄の躯にそびえ立つ千手騎士がその首を高く掲げ、辛勝を誇るかのように、少しだけかすれたような嘶きを戦場に轟かせた。
戦場に残った者達が大きくため息をついた。ある者はその場に倒れ込み、ある者は馬や鳥から元の姿に戻って、勝利を祝福している。
ヨヒアも元の姿に戻ろうとするが、戻り方が分からない。鉄の蜘蛛の上に乗ったまま、首をキョロキョロと動かして周りを見渡す。
ヨヒアの目に仲間の魔族とドワーフの姿が映った。何人かがやられてしまったが、かなりの数が生き残ったようだった。
そんな仲間たちはヨヒアを遠巻きにしながら、恐れるような目でヨヒアを見つめている。
不思議に思ったヨヒアは気がついた。そのような目でヨヒアを見つめているのは、仲間たちだけではないという事に。
倒れ込んだ者も、勝利を祝っていた者も、ヨヒアに気がつくとその目を見開き、口が開いたままになっていく。
(おかしいな。何でそんな目で俺を見るんだ?)
気まずくなったヨヒアが、慣れない身体を動かして蜘蛛の上から降りていく。そのヨヒアに向かって、巨馬のままの千手騎士が向かってきた。蜘蛛から降りたヨヒアの遥か上から、何かを通したかのような千手騎士の声が聞こえる。
「吾輩は、貴公がこの戦いで我々のために奮闘した姿を見ている。それゆえに、貴公の献身をいささかも疑ってはおらぬ。その上で問うことを許されたい。貴公は一体、何者だ?」
ヨヒアは千手騎士の言葉に少しだけ嬉しくなりつつも、疑問を持った。
(もしかして後ろに別の誰かが居るのか?)
ヨヒアは後ろを振り返ったが、そこには縁石で縁取りされた大きな池があるだけで、誰の姿も無い。ヨヒアが再び振り返ろうとした時、彼はようやく気がついた。
池の水鏡にヨヒアの顔が映し出されている。そこに在ったのは、銀の装甲に身を包んだ馬、ではなかった。
水鏡に映っていたのは、白銀の装甲に身を包んだ、銀色のドラゴン。
そう、ヨヒアは馬ではなく、ドラゴンへとその姿を変えていたのだ。




