戦場
戦場へ飛び込んだ千手騎士を見つめていたヨヒアの背後で、後からついて来た仲間たちが叫び声を上げる。
「どこだこれ?」
「あの黒いドラゴンの姿は聞いたことがある。魔王軍のドラゴンだ!」
「戦えって、魔王軍が相手かよ。マジか!」
ヨヒアが振り返ると、仲間のドワーフたちは後ずさり気味だった。
(無理もない。突然連れ去られて魔王軍と戦えだなんて、普通ならやってられないだろう……)
ヨヒアが仲間の魔族へと目を向ける。魔族の目には怯えもあったが、どこか悩んでいるような素振りが見えた。同じ魔族であるヨヒアには、その理由が何となく分かる。
侵略者をルーツに持つヨヒアたち魔族は、自らの潔白を証明するように戦い続けた。そんな彼らの前の前に、まさに侵略を行っている魔王軍の光景が広がっている。彼らの潔白を黒染めにしかねない行為だ。
ここで自分たち魔族が尻込みをして戦わないと、再び侵略者として責められる日々がやって来るかもしれない。
今までそう生きて来た彼らは、自然な成り行きでその結論へと辿り着いた。
ヨヒアが仲間の魔族たちに無言で頷いた。彼らもまた、覚悟を決めたように頷き返す。
振り返って戦場に目を向けたヨヒアが、切っ先の欠けた剣を抜き放ち、それを魔王軍へと向けて叫ぶ。
「敵は我々の宿敵である魔王軍だ。行くぞ!」
そう叫んだヨヒアが戦場へと駆け出し、魔族がその後を追う。残ったドワーフの半数が流れに巻き込まれる形でその後を追い、半数は足がすくんだままその場で呆然としていた。
戦場では千手騎士がその無数の腕を振り回して暴れていた。空を飛ぶドラゴンを引きずり落とし、地を這う蜘蛛を踏みつぶす。
だが魔王軍は強力だった。黒鉄のドラゴンは落とされた程度では動きを止めず、踏みつぶされた蜘蛛も二、三本の足を失った程度では歩みを止めない。
更に八枚の翼をもつ大きなドラゴンが複数体がかりで千手騎士に襲い掛かる。千手騎士の持つ剣や槍を装甲で弾き、その手を食いちぎりながら、自分よりも大きな千手騎士に損傷を与えていく。
戦場に出たヨヒアは、冷静に戦力差を分析する。
(敵は強大で、千手騎士たちも強大。俺たち程度に出来ることは……)
ヨヒアは地上に叩き落とされたドラゴンへと目を向けた。ドラゴンはガチャガチャと翼の状況を確認するように動かしながら、再び飛び立とうとしている。ヨヒアがそのドラゴンに剣を向けて叫ぶ。
「俺たちは地上に落ちたドラゴンや、動きの鈍った蜘蛛を狙う。中には魔族が乗っているはずだから、動き出す前に引きずり出すんだ!」
ヨヒア達は伝承で魔王軍の実態をある程度知っていた。ヨヒアの指示を理解した仲間たちと共に、地上に落ちたドラゴンを襲って行く。
ヨヒアがドラゴンの背中に取りつき、蓋を開けるハンドルを引く。蓋が少しだけ空いたが、中から鎖が取り付けられているのか、完全には空かない。外から開けられた蓋を締めようとして、中に居た魔族が手を伸ばした。それを見て頭の位置を割り出したヨヒアが、蓋の隙間に勢いよく剣を突っ込んだ。ヨヒアの剣先に何かを断ち切ったような感触があり、それと同時に中から呻き声が聞こえる。
ヨヒアが剣の先の鼓動の停止を確認し、剣を引き抜く。引き抜いた剣の先は、ヨヒア達と同じ色の血で染まっていた。ヨヒアはすぐさま剣の血を振り払うと、次の目標めがけて走り出していった。
戦いは続き、戦場には多くの死体が転がる。
地面には血と泥で汚れた白銀の鎧が転がり、ひしゃげた黒鉄の鉄塊が地面に埋まっている。
動かなくなった黒鉄のドラゴンの影に隠れながら、ヨヒアは暫し息を整えていた。ヨヒアが見上げた先では、千手騎士とドラゴンの熾烈な戦いが繰り広げられている。
千手騎士の腕は既に半数が動きを止めているが、相手をしていた八翼のドラゴンも、半数以上が地面に叩き落とされている。千手騎士の装甲は自分の血と、ドラゴンのオイルで赤黒く染まりながらも、残った白銀の装甲はなおも輝いていた。
(凄いな……流石だ)
千手騎士の戦いに目を奪われていたヨヒアの耳に、何かが倒れ込むような音が届いた。我に返ったヨヒアの目の前に、白銀の鎧に身を纏った馬が倒れ込んでいる。倒れた馬は血を吐きながら光に包まれ、人型の戦士の姿へと戻って行った。
「大丈夫か!?」
ヨヒアが起き上がり倒れた者の元へ向かおうとした瞬間、黒鉄の蜘蛛が倒れた者を容赦なく踏みつぶした。尖った足で頭を串刺しにされた戦士は、叫び声を上げる間もなく絶命していく。蜘蛛が足を上げると、その戦士の首元に付いていたペンダントが吹き飛び、ヨヒアの目の前に転がって来た。
(これは、千手騎士が変身する時に握っていたのと、同じ物か?)
ヨヒアがそう思ったのと同時に、戦士を殺した蜘蛛がヨヒアに気づいた。馬車よりも大きい身体を機敏に動かし、方向転換を始める。戦士を刺し抜いた足が、ヨヒアの目前に迫って来た。
(このままでは死ぬ。俺に、使える?)
そこまで逡巡したヨヒアは剣を捨て、覚悟を決めてペンダントへ飛びついた。




