異世界
光の繭に包まれたヨヒアは、「ドン」と言う音と共に、どこかに落ちた感触を得た。繭が衝撃を吸収したのか、痛みなどは感じないが、どこかの床に落ちたようだ。
(俺はどこに運ばれた?千手騎士の世界?何をされるんだ?)
ヨヒアの頭は恐怖と疑問符で埋め尽くされていた。そのヨヒアの目の前を覆う繭が少しずつ薄くなり、透明になっていく。薄くなった繭に手を伸ばすと、繭は音もなく崩れ去った。
ヨヒアが身を起こすと、そこには他の仲間たちの姿もあった。皆が繭から出始め、辺りをキョロキョロ見回している。ヨヒアがざっと確認したところ、ドワーフが30人、魔族が10人程連れてこられたようだ。
事情を知らぬ仲間たちが騒ぎ始めた。
「なんだ?いったい何が起きた?ここはどこだ?」
「砦の中に居るのか?」
「デカい馬が現われたかと思ったら、いつの間にかここに。なにか関係があるのか?」
皆が口々に疑問を口にする。その中の一人のドワーフがヨヒアを見て声を上げる。
「そう言えばお前、ここに来る前になんか言っていたな?勝てるなら何でもするか、とかなんとか。お前、何か知っているのか」
それを聞いた仲間たちの目線がヨヒアに集まる。ヨヒアは困った。彼は事情を知ってはいるが、答えられない事の方が多い。
ヨヒアが答えに窮していると、それに助け船を出すかのように低く通る声が聞こえて来た。
「お前たちを連れて来たのは吾輩だ。お前たちを助ける代わりに、その身柄を身請けをしたのだ」
ヨヒアを含めた全員が声の主に目を向ける。そこには、白銀の鎧に身を包んだ大柄な男の姿があった。灰色の髪の毛は長く、まとめられないまま腰ほどまでの伸ばされている。彫が深い長い顔の奥で灰色の瞳が光り、ヨヒア達を見つめていた。
男を見つめているヨヒアが内心で驚く。
(彼が千手騎士か?だが、向こうの世界で見た姿とまるで違う)
男が続ける。
「お前たちの役割は、向こうの世界と同じだ。戦え!今すぐにだ!」
そう言い捨てると、男は髪を翻して部屋の外へ出て行こうとする。男の一方的な言いざまに怒ったドワーフが、持っていた斧で男を指しながら叫ぶ。
「おいおい、ちょっと待てよ。説明が足りなさすぎるだろ。わけわかんねーよ」
男は振り向かずに、イライラしているような口調で答える。
「吾輩は忙しいのだ。とても忙しい!これ以上時間を無駄にするわけにはいかぬ。各々の目で、状況を確認せよ!」
そしてこれ以上は話す気などないとばかりに、部屋の扉を開けて外へ出て行った。
(各々の目で……外へ出ろってことだろうか?)
男の出て行った扉は開けっ放しにされている。ヨヒアが部屋を眺めると、この扉以外には出口は無さそうだ。
(状況が分からなさすぎる。確かに自分の目で確認するしかないだろう……)
意を決したヨヒアは、開けっ放しになっている扉へと歩みを進める。ヨヒアが扉から片目を出して薄暗い廊下を見つめると、直ぐ近くに階段があることを確認できた。ヨヒアは扉を潜り、石造りの階段を上って行った。
長い階段を上っていくと、徐々に乾いた空気が流れ込んできた。それと共に、馴染みのある臭いも立ち込めてくる。
(俺たちは地下に居たのか。それにこれは、血の臭い……)
ヨヒアは鞘に左手をかけながら、集中力を上げて階段を上っていく。上るにつれて匂いだけでなく、騒ぎ声も耳に届いて来た。騒ぎ声だけでない。何かが炸裂するような轟音も響いてくる。
恐ろしく尋常でない事が起きていることを確信しつつ、光の差し込む出口へと向かって行った。
ヨヒアが地下道を抜けると、そこは広い廊下だった。全てが白い石で作られており、壮麗な装飾品で飾りつけられている。その豪華な装いに反して、廊下には怪我人が溢れ、呻き声が上がっていた。怪我人の中には千手騎士のように髪の長い者や、鳥のような頭をした獣人の姿がある。
(戦いの真っ最中なのか?)
ヨヒアが怪我人を眺めていると、外で大きな炸裂音が響いた。石の壁が大きく揺れ、天井からパラパラと何かの破片が降ってくる。
(千手騎士はどちらに?)
ヨヒアが廊下の奥を見ると、丁度角を曲がっていく千手騎士の姿が見える。ヨヒアは歩みを速めて、千手騎士の後を追った。
ヨヒアが千手騎士に追いつくと、そこは屋内と外の境目のような場所だった。ヨヒアがその境目から外を見上げる。そこにあったのは……
空を覆う黒い鋼のドラゴンの群れ。四つの翼をもつ無数のドラゴンの中に、八つの翼をもつ大きなドラゴンが混じっている。
対峙しているのは、白銀の鳥に乗った戦士の群れ。皆が弓や槍をもち、黒鉄のドラゴンに向かって行く。
地面に居るのは、黒い鋼の蜘蛛の群れ。地を這う八つの足を持った黒い蜘蛛がこちらへと向かってくる。
それに対峙するのは、小さな千手騎士のような鎧をまとった馬の群れ。小さなものは四本の脚を、大きなものは六本の脚を持ち、首から生える無数の手には剣や槍が握られていた。
ヨヒアはこの黒い軍勢を知っている。見たことは無いが、伝承で何度も聞いた姿、そのままだったからだ。
「これは、魔王軍!?」
ヨヒアの言葉に反応した千手騎士が振り向き、ヨヒアを見つめて口を開く。
「そうだ!我々の世界は、魔王軍の侵攻を受けている!」
それだけを言うと、千手騎士が胸に付けているペンダントを握りしめた。それと同時に、千手騎士の身体が光で包まれ、巨大化し始める。その姿が、いつものヨヒアが見ていた、あの千手騎士の姿へと変わっていった。
この戦場で何よりも巨大な八足の巨馬が姿を現し、蹄を轟かせながら戦場へと飛び込んでいった。




