炎帝への道
砦の病室で身支度を整えていたヴァイスが、外の気配が変わったことに気がついた。
(ん?おかしいな。これはもしかしたら……)
ヴァイスが荷物を背負い、杖を突きながら病室の扉を抜け、外へと向かう廊下を歩いて行く。廊下の窓から外を眺めると、何やら異様に静かな気配が漂っていた。
まるで、誰も居なくなったかのように……
ヴァイスが外へと向かって行くと、馴染みある声のすすり泣きが聞こえて来た。
(これは、ペレか?だとすると……)
尋常ではない出来事が起きたことを察知したヴァイスが、泣いているペレの元へとゆっくり一歩ずつ歩みを進めていった。
ヴァイスが何とか岩山を上っていくと、砦の裏手を見下ろせる位置で崩れ落ちているペレの姿を見つけることが出来た。近くには錫杖が倒れている。ヴァイスが血の臭いを察知して裏手を見下ろすと、そこには倒れたリザードマンとドワーフ、そして切り刻まれ踏みつぶされたドラゴンの遺体が転がっていた。
状況を察したヴァイスが、ペレに声をかける。
「召喚魔法を使ったのか。対価は何だったんだ?」
ペレが涙声でしゃくりながら答える。
「戦場にいたみんな。ヨヒアも……ヨヒアも……」
そこまで言ったペレが再び泣き始めた。ヴァイスが大きくため息をついて言う。
「だから言っただろう。召喚魔法は危険だと。『災害の如き力を持つ、異世界の強者たち。彼らはまた、詐欺師でもある。夢忘れるなかれ』かつてこう言った賢者ですら、最後は契約で魂を奪われたんだ」
ヴァイスの言葉が突き刺さったペレの泣き声が、更に大きくなる。
そんなペレから目を離し、ヴァイスは岩山を背にしてもたれ掛かった。
泣き通していたペレがようやく泣き止んできたところで、ヴァイスが事の詳細を尋ねる。ペレが呟くように状況を説明した。
説明を終えたペレの顔に、今度は怒りが浮かび始めた。
「千手騎士のヤツは私を騙した。私からヨヒアを奪って行った。許せない!」
ペレから憤怒の気配を感じ取ったヴァイスが一瞬だけ怯んだ。怯みつつも、地に伏せ、地面に爪を立てて鷲掴みにしているペレを見て、ある考えが頭をよぎり始める。
ヴァイスはペレに見えない位置でニヤリと笑うと、口の端を引き締めてからペレに声をかけ始めた。
「千手騎士を許せないか?ヨヒアを取り戻したいか?」
ヴァイスの言葉にハッとしたペレが顔を上げ、涙で赤くはれたその顔をヴァイスに向けて言う。
「ヨヒアを取り戻せるの?」
ヴァイスが杖を突いていない方の手で顎を掻きながら言う。
「かもしれん、ぐらいだけどな。俺にも確証はない」
ペレが膝に手を当てて立ち上がった。その青い双眸を鋭く尖らせながらヴァイスを見つめて尋ねる。
「どうすればいいの?」
ヴァイスはニヤリと笑って答える。
「千手騎士が次元を越えられるのは、ヤツが召喚魔法で呼び出されるような強者だからだ。もしかすると、ヤツに並ぶ強者であれば、次元だって超えらるんじゃないかと思ってね」
ペレがヴァイスを睨みながら言う。
「まるで千手騎士みたいに強くなれる方法があるみたいに言うのね。あるんでしょ。勿体ぶらずに早く教えて!」
今にも食らいつかんばかりのペレを押しとどめるように、ヴァイスが手のひらをペレに向けながら答える。
「この世界で千手騎士に並びうる強者。俺にその心当たりは一つしかない。炎帝だ。炎帝になることが出来れば、次元を越えられるかもしれない」
炎帝
責め苦の炎に身を焦がし続ける君臨者。常にその痛みに耐えながらも、感情を薪にして己を燃やし続ける。
ドワーフの神であり、魔王に倒されるまで頂点者としてこの世界にあった強者。
ペレがヴァイスに尋ねる。
「炎帝?私は見たことが無いし、伝承でしか知らない。そんな者になる方法があるって言うの?」
ヴァイスが首を掻きながら答える。
「具体的な方法は俺も知らん。だが俺の故郷は炎帝の祠が近い。そこまで行けば、何かが分かるかもしれん」
ペレが呆れたような顔でヴァイスに言う。
「炎帝になれるかもしれない。炎帝になれば次元を越えられるかもしれない。全部が根拠の無い話ね」
そんなペレにヴァイスが言う。
「まあ仮説だな。だが仮説を一つ一つ潰していけば、いずれ真実に辿り着くかもしれんぞ。どうする?」
ペレが岩山の上から戦場を見下ろす。そこには多くの死骸が転がっている。暫くの間、ペレは誰も居なくなった戦場を見つめていた。
「もう、この砦には誰も居ないのかな……」
ペレが戦場から岩山へと目線を向けて言った。ヴァイスが答える。
「かもな。まあ、ドテ山に向かったという本隊は、暫くしたら戻って来るかもしれんが」
それを聞いたペレが考え始めた。そんなペレを見つめながら、ヴァイスも考える。
(このままペレが砦に残っていても、戻って来た連中に何があったかを追求されるだろう。召喚魔法の事を説明しないといけないし、取引の対価の説明もしないといけない。果たしてここに居続けられるかどうか?さて、どうするかね……)
ペレの赤髪が、岩山に吹き込む風でたなびきはじめた。炎のように揺らめく赤髪の間から、青い瞳でヴァイスを見据えながら言う。
「分かったわ。貴方の故郷に連れて行って」
ペレの言葉を聞いたヴァイスがニヤリを笑って言う。
「決まりだな。では支度をしよう。ここで長居しないほうが良いだろうしな」
そう言ってヴァイスは一歩一歩岩山を降り始めた。
岩山を降り始めたヴァイスの耳に、「シャン」と言う音が響いた。ペレが錫杖を拾い上げたのだろう。
ペレが岩山を降りているヴァイスの後ろから声をかける。
「この錫杖は、ヴァイスに返した方が良い?」
ヴァイスは振り向かずに答える。
「別にいい。今はこちらの杖の方が俺には合っている。俺が持っていても使わんからな!」
ヴァイスの厭味ったらしい返事を聞いたペレが、「フン」と鼻を鳴らすと、ヴァイスの脇を駆け抜けてさっさと岩山を降りていった。




