契約の対価
(え!?どうして)
思わぬ反応にペレが頭の中で叫んだ。頭の中で繋がっている千手騎士は、その叫びに反応して答える。
「どうしたも、こうしたも無い。悪いが後にしてくれ!」
そう言って一方的に会話を打ち切ろうとする千手騎士を呼び止めながら、ペレは頭を回転させる。
(千手騎士が駄目なら、他の者と契約を結ぶ?でもこの状況で慣れない相手と契約を結ぶのは危険だ。なんとか千手騎士を説得しないといけない)
立ち去ろうとした千手騎士の頭に、ペレの思考が流れ込んでくる。千手騎士は忌々しそうに踵を返し、ペレに答える。
「吾輩は本当に忙しいのだ。だがどうしてもと言うなら、聞いてやらんでもない」
ペレが急いで思考をまとめていく。有効範囲を決め、敵を定義し、目的を伝える。
「今から一時間以内に、私のいる岩山の人為的に手を加えられた範囲を訪れた、敵対する存在の生命活動を絶て。敵対する存在とは、鱗を生やした生命体を指す」
内容を聞いた千手騎士が目をしかめる。
「範囲が広い。お前に対価が払えるのか?」
そう言って千手騎士は、契約の対価となる内容をペレに伝えた。その内容はペレに受け入れがたいものだった。
(私には、決められない!)
迷っているペレに、千手騎士がイライラしながら言う。
「3分だけ待ってやる。それで決められないなら、吾輩は席を立つからな!」
リザードマンを突き倒しながら、ヨヒアが周りを見渡す。味方は明らかに劣勢だった。味方が一人倒れるごとに、生きている者が受け持つ敵の数が増えていく。何人ものリザードマンを喉元を突き破ったヨヒアの剣の切っ先は、既に欠け落ちて丸くなっていた。
(このままでは不味い)
そんなヨヒアの頭に、ペレの念話が届く。
「ヨヒア!今の状況は?」
ヨヒアが目の前に迫るリザードマンの曲刀を打ち落とし、弾きざまに盾を持つ腕を切り落としながら答える。
「もう限界だ!召喚魔法は使えないのか?」
本来であれば他に味方の居る戦場で使うのは避けて欲しいのだが、こうなってしまっては他に方法が無い。そんなヨヒアにペレが慌てふためきながら答える。
「使えそうだけど、条件が厳しいの」
そう言うとペレは千手騎士の出した条件をヨヒアに伝えた。その条件を聞いてヨヒアは一瞬だけ動揺する。だが……
ヨヒアが念話から意識を離し、大声で叫ぶ。
「みんな!勝てるなら何でもするか?」
生き残っている仲間たちが、それを聞いて大声で返す。
「何とか出来るなら、何でもしてやるよ!」
それを聞いてヨヒアの覚悟も固まった。ヨヒアが念話でペレに伝える。
「やってくれ!」
ヨヒアの答えを聞いたペレの頭に、千手騎士の声が響く。
「3分経ったぞ。さあ、どうする」
ペレが唇を嚙みながら、千手騎士を睨みながら呟く。
「分かったわ……」
そして続ける。
「契約内容を復唱する。今から一時間以内に、私のいる岩山の人為的に手を加えられた範囲を訪れた、敵対する存在の生命活動を絶て。敵対する存在とは、鱗を生やした生命体を指す。契約の対価は……」
ペレは対価の復唱だけは小声になった。千手騎士が答える。
「良いだろう」
契約が成立した。千手騎士が次元の門を超え、この世界へとやって来る。
突如として砦の上に巨大な陽炎が現われた。そこから勢いよく八本の脚をもつ巨馬が飛び出してくる。だがペレが見つめる千手騎士の姿は、いつもとは様子が違っていた。
全身を覆う白銀の鎧の所々が剝がれており、黒い油のような物が付着している。たてがみの如き無数の腕のいくつかが、力なく流されるままになっていた。
千手騎士は岩山を駆けおりると、ヨヒアの背後に地響きを立てて着地した。
味方のドワーフ、そして敵のリザードマンとドラゴンが信じられないものを見るような目で千手騎士を見上げる。着地してすぐに千手騎士が蹄を蹴り、敵陣めがけて駆け抜ける。すれ違いざまに千手の腕が剣や槍をもってリザードマンを抉り、ドラゴンを蹄で踏みつぶしていく。
その光景を見てドワーフが歓声を上げ、リザードマンが悲鳴を上げる。
ただヨヒアは疑問を持った。
(いつもとは様子が違う。力強く流麗で、一瞬で決着をつける戦い方じゃない。荒々しく、強引だ……)
千手騎士は戦場を駆け抜け、リザードマンを蹴散らし、ドラゴンを切り刻む。戦場を手早く片づけた千手騎士は、残ったドラゴンを狙うため、岩山の奥へ駆けぬけて行った。
後へ残された戦場に散らばるリザードマンとドラゴンの残骸を蹴りながら、ドワーフたちが喝采を上げた。
「助かったー」
「すげーな、なんだアレは」
「とんでもない物を見ちまったぜ!」
決着がついて喜んでいるドワーフの傍で、ヨヒアは剣の血を振り払って鞘へと納めた。ヨヒアの眺める岩山の向こう側から、再び地面を揺らす地響きが聞こえ始める。ドラゴンを片づけた千手騎士が戻って来たのだ。
千手騎士は大きく跳躍すると、再び陽炎の中に消えていった。
その瞬間、ヨヒアと生き残ったドワーフたちの身体が光に包まれ始めた。まるで光の繭にくるまれたかのように、皆の身動きが取れなくなっていく。
「おい、なんだコレは!?」
突然の出来事にドワーフたちが叫び、もがき始めるが、光は体から離れない。光は包んだドワーフごと宙に浮くと、千手騎士の戻って行った陽炎へ引っ張られるように向かって行く。
無言のヨヒアを包む光もまた同じように宙に浮き、陽炎へと向かって行った。
ヨヒアが眺める岩山の上に、涙を浮かべてヨヒアを見つめるペレの姿があった。ペレが念話でヨヒアに叫ぶ。
「行かないで!行っちゃ駄目!」
ヨヒアは目を閉じ、別れの言葉を返す。
「さよならペレ。君だけは、生きていてくれ……」
ヨヒアは陽炎の向こうへと消えていった。
ペレは持っていた錫杖を取り落とした。錫杖は「リィン」という音と共に地面に倒れ落ちる。ペレもまた膝から崩れ落ちた。
ペレは泣き続けた。泣きながら、契約の条件を思い出す。
千手騎士は契約の対価に、いつもとは異なる物を求めたのだ。それでペレは契約の復唱の際にこう述べた。
「本戦場に置いて最後まで戦い抜いた戦士たちの身柄の譲渡をもってして、対価と成す!」




