竜の血脈
戦いを終えた後、ヨヒア達は城の大広間へと連れて行かれた。とはいえ身柄は拘束されておらず、丁重に扱われた。
白い化粧板で飾りつけらえた大広間には、青い絨毯が敷かれており、窓から差す日の光で明るくなっている。部屋の周囲には近習と思しき兵が槍をもって警護に当たっていた。
大広間の最奥は高台になっており、そこには王座が置かれている、その王座には人型の姿に戻った千手騎士の姿があった。戦う前にあった長髪は短くなり、負傷した足は添え木で支えられ、包帯が何重にも巻かれている。
千手騎士が王座の前に並んだヨヒア達を見下ろすと、おもむろに口を開いた。
「本来であれば立って挨拶をすべきなのだが、座したまま失礼する。此度は突然の召喚にも関わらず我々の戦いに参加・奮闘していただき、誠に感謝いたす。この世界の君臨者として、まずはそなたたちに礼を言わせて頂きたい」
そう言って千手騎士は椅子に座ったままで深々とその頭を下げた。
この世界に来た時には横柄に見えた千手騎士の態度の変貌に、面食らった仲間たちが呆然とした目でその姿を見つめる。頭を上げた千手騎士が再び口を開く。
「さて、ではなぜそなたたちがこの世界に来たのかを説明いたそう」
そして千手騎士はここに至る展開を説明し始めた。
「この世界に魔王軍が来ることは、事前に予測されていた。それで我々は魔王軍を迎え撃つために、様々な準備を整えていた。その一環として、そなたたちの世界の武器を集めるといったこともしていた。そなたたちの武器は優秀だったからな」
それを聞いてヨヒアはペレの召喚魔法の対価として、敵味方の武器で支払っていたことを思い出した。
千手騎士が続ける。
「我々は万全の準備をして迎え撃ったつもりだった。だが魔王軍は予想以上に強力だった。前線を崩壊させ、我々の居城まで迫って来たのだ。そんな時に、そなたたちの世界から吾輩を呼ぶ声が聞こえた」
ハッとしたヨヒアが千手騎士の顔を見つめる。千手騎士はその目線に気がついたようだが、特に会話のトーンを変えることもなく話を続ける。
「最初は断るつもりだった。向こうも余裕が無さそうだったが、吾輩にも全く無いからな。それでも縋って来る女魔法使いを見た時に閃いたのだ。もしも死闘を潜り抜けた戦士が我々の世界に来て戦ってくるのであれば、何かが変わるのではないかとな。それでその女魔法使いと取引をした。その結果として、そなたたちは我々の世界に召喚されたというわけだな」
ここまで話した時点で、千手騎士は一旦会話を止めた。事情を知った仲間たちが、騒めき始めた。
「それであの時に馬が俺たちの世界で暴れ回っていたのか」
「事情は分かったけど、俺たちはこの後どうなるんだ?」
「女魔法使いってなんだ。誰の事なんだ?」
騒いでいた中に居たドワーフの一人が、思い出したようにヨヒアを見上げて言う。
「そう言えばお前は何かを知っていた素振りだったな。おまけにドラゴンへ変身していた。何なんだお前は?」
突如として仲間の視線が集まり始めたのを感じたヨヒアが、困ったような顔をした。そんなヨヒアに助け船を出すかのように、千手騎士が話に割り込む。
「女魔法使いとは、この者と昵懇だった者だ。吾輩と女の取引を何度か目にしていたので、此度の事情に関しては理解していたのだろう。だがドラゴンに変身したことに関しては、吾輩にも良く分からぬ。説明してもらえないだろうか?」
話を振られたヨヒアが、もっていた白銀のペンダントを掲げた。
「倒れた戦士のペンダントを拾いました。ここへ来たときに貴方がペンダントを握って変身していたのを見ていたので、同じことが出来ないかと思って。私は馬になったつもりでいたので、ドラゴンに変身していたとは思っても居ませんでした」
千手騎士がヨヒアのペンダントを見つめ、理解したような素振りで話す。
「なるほどな。そのペンダントは優秀な戦士と認められた者に与えられる物だ。ペンダントに意志を込めると、自身の魂の造形を反映した姿となる。我々であれば鎧馬となり、鳥人であれば白鷹となる。魔族が使ったという話は聞いたことが無かったが、それでドラゴンになったという事であれば理解は出来る」
ヨヒアは当惑した。魔族の中にドラゴンへ変身できる者がいることは知っているが、自分には関係の無い話だと思っていたからだ。事実、ドワーフと共に暮らしていた魔族の中でドラゴンに変身できる者は、彼の両親たちを含めても、居ない。
困惑しているヨヒアを見ていた千手騎士が言う。
「心当たりが無いか。もしかしたら、貴公の血筋の中にかつてはドラゴンになれる者が居たのやもしれんな」
ヨヒアがペンダントを千手騎士に向けて言う。
「このペンダントは勝手に拾ったものです。お返しした方が良いでしょうか?」
ヨヒアの言葉を聞いた千手騎士が、少しだけ笑いながら答える。
「貴公が良いのであれば、そのまま持っていてくれ。貴公が優秀な戦士であることは、吾輩が証明しよう。それを持つ資格があるという事を」
その言葉を受けたヨヒアは、少しだけ俯きながらペンダントを握りしめた。顔が嬉しくて綻んだからだ。
ヨヒアの後ろから、仲間が千手騎士に尋ねる。
「それで、俺たちは帰れるのか?」
千手騎士が困ったような素振りで答える。
「返せるのであれば返してやりたいのだが、あいにく契約なしで次元を超える方法が我々には無い。向こうに居る女魔法使いから話しかけてこないことには、無理だな」
それを聞いた仲間が再び騒ぎ始めた。
「女魔法使いって誰だっけ?」
「ペレちゃんのことじゃないか?早くしてくれー」
「あの子は無事なのか?もしかしたらずっとこのままの可能性もあるぞ」
哀願と絶望の声を上げる仲間とは裏腹に、ヨヒアは元の世界に帰ることなどどうでも良くなりつつあった。
この世界には自分を認めてくれる者がいる。その事実の前に、元の世界への哀愁も、ペレの事も、霞はじめていた。




