激突
巨馬へ姿を変えた千手騎士が草原を駆け抜ける。草原の先にある木々の茂った緑色の山の頂上に、異世界のを越える波動の元を感じていた。千手騎士が足を動かしながら、山を駆け上がっていく。
(身体が重い。四肢が鈍い)
千手騎士の八本の脚は辛うじて動いてはいるが、その動きはぎこちない。たてがみのような腕も、半数が動いていない。それでも彼は足を止めなかった。
千手騎士が山頂へとたどり着いた。そこに在ったのは、陽炎のような何か。彼自身が幾度となく目にした、次元を超える門。門の先には岩山がそびえる、どこかの世界の光景が広がっていた。
(門の先の世界はどこだ?吾輩は似たような雰囲気の光景をどこかで目にした気がする。だとすれば、魔王軍の関係者ではない?)
千手騎士が門を見つめていると、その奥から赤く光る何かが蠢き始めた。千手騎士がたてがみの武器を構え、その四肢に力を入れて侵入者を待ち構える。
次の瞬間、赤い何かが矢のような速度で門を突っ切って来た。千手騎士がたてがみを振りかざし、その何かを幾重にも刻んでいく。だが全く手ごたえが無い。
(ただの火球か?)
千手騎士が身を翻して火球を躱す。火球は触れた木々を一瞬で炭にしながら、地面にめり込んでいく。その火球の裏から、もう一個の火の塊が飛翔するように上空へと昇っていく。千手騎士がその火の塊を見上げた。
そこにはドラゴンをした炎塊の姿があった。赤く燃え上がるドラゴンが羽ばたきながら、千手騎士を上空から睨みつけている。
(炎帝?だが昔見たことがある姿とはまるで異なる。新しい炎帝、ドラゴン、魔族……そういう事か)
敵の正体をおおよそ理解した千手騎士が、チラリと異世界の門を見つめる。後続はなく、炎帝一体のみで乗り込んできたようだった。
炎帝が上空から、轟くような声で叫ぶ。
「痛い、熱い。クソ!そうだ、お前だ!お前、よくも、よくも私を……私から……奪ったな!」
千手騎士が目を細めた。炎帝の言う事にまるで心当たりが無いからだ。千手騎士は一瞬だけため息をつくように鼻を震わせると、炎帝を見上げながら叫ぶ。
「事情は分からんが、何かの手違いでここへ来たのであれば、一刻も早く元の世界に引け!吾輩の世界に無許可で侵入したのだ。退かぬのであれば、如何に炎帝であろうとも容赦は出来ぬぞ!」
千手騎士の最終通告の回答は、炎帝が上空から放った火球によって返答された。手加減無用と判断した千手騎士が足で地面を蹴って飛び上がり、炎帝への距離を詰める。炎帝は火球を吐き出しながら、素早く上空へと回避していく。
(火炎の上昇気流で飛んでいるのか。少々厄介だな)
炎帝に逃げられた千手騎士は着地と同時に、足元にあった岩石を蹴り上げた。蹴り上げられた岩石が炎帝の飛び上がった先へと向かって行く。
逃げた先に現れた岩石を、炎帝が身体を捻って何とか躱した。だが体勢を崩したせいで、羽ばたきが止まる。暫し空中で動きを止めた炎帝に、再び跳躍した千手騎士が襲い掛かる。
荒れ狂う幾重もの剣槍が炎帝を襲い始めた。何本かの剣が炎帝へと刺さり、「うぎゃあ!」という悲鳴が上がる。だが致命傷には至らなかったのか、炎帝が再び羽ばたいて距離を取り始めた。
(吾輩が万全であれば、今の一撃で決まったのだがな……)
着地した千手騎士が炎帝に叩き込んだ武器を見つめる。いくつかの武器は溶け落ち、最早使い物にならない。千手騎士はそれらの武器を投げ捨てると、代わりに自分の尻尾の毛を毟った。毟った毛が絡み合いながら、尖った長い槍のような物へと変化していく。
千手騎士は前足を振り上げて勢いをつけると、振り下ろしざまに槍を持った腕をしならせた。巨体から生み出された膨大な力積が、槍を加速させていく。その勢いのままに投げられた槍は音速を越え、真っすぐに空を切って炎帝へと向かって行った。
炎帝は翼を器用に動かしながら、何とか槍を躱した。炎帝を掠めた槍は轟音を立てながら、空へと消えていく。
千手騎士は次弾となる槍を作りながら、炎帝を見上げる。
(暫くしたら我々の後続が到着するだろう。単独の炎帝は不利になる。いつまで逃げているつもりだ?)
炎帝もそれを分かっているのか、上空で翼を縮めた。そして大きく羽ばたくと、覚悟を決めたように炎を纏い、千手騎士へと突っ込んでいく。
加速した炎塊が隕石のように千手騎士へと落下していく。千手騎士が炎塊に向けて槍を投げたが、手ごたえが無いように素通りしていった。
それを見た千手騎士が大地を蹴り、潜るようにして炎塊に向かって行く。炎塊の裏には燃え上がるドラゴンの形をした炎が隠れるように潜んでいた。
(それは最初に見た!)
千手騎士は跳び上がると、残った剣槍を炎帝へと叩き込んだ。その切っ先が炎帝を切り刻み、炎の破片へと変えていく。だが千手騎士が違和感に気がついた。
(途中から手ごたえが無くなった。炎帝は、どこへ消えた?)
千手騎士が炎帝を探す中、切り刻まれた炎の破片が、千手騎士の背中にへばりついた。その破片の中から、燃え上がる一人の女が立ちあがる。
(途中で変化を解いたのか?しまった!)
千手騎士が気がついた時には遅かった。千手騎士の背中で、灼熱の炎が荒れ狂う。千手騎士の装甲が解け落ち、皮膚が沸騰していく。たてがみの腕が一瞬で燃え上がった。
千手騎士は自らの身体を焦がす苦痛で嘶きながら、その巨体を大地へと沈めていった。
気を失って倒れ、変化が解けた千手騎士の傍らに、女が倒れている。女が身に纏っていた火は消えかかっており、切り裂かれ、爛れた皮膚が露になった。
倒れていた女が目を開いた。苦痛で呻き声を上げながら、身体を起こして立ち上がる。
女はふらつきながら倒れた千手騎士を見下ろし、嘲笑しながら叫ぶ。
「やった、やったぞ!私を騙したんだ。ざまあみろ!」
女の言葉に反応するように、倒れた千手騎士がピクリと動いた。それを見た女が止めを刺そうと手を掲げ、火球を作り出し始める。
その時、女の背後に強い風が巻き起こった。驚いた女が振り返る。そこには白銀に輝くドラゴンが降り立っていた。
慌てた女が掲げた火球をドラゴンに向けようとしたが、それよりも早くドラゴンが動き、翼腕を振り払って女の首筋を打った。
首を打たれた女の意識が一瞬で断ち切られ、制御を失った火球が明後日の方向へ飛んでいく。
崩れ落ちた女の傍らでドラゴンが光り輝き、その似姿を人型へと変えていく。消えていく光の中から現れたヨヒアが、倒れた女の元へ跪く。
ヨヒアが女の顔を確認した。ヨヒアがその目を悲しそうに歪める。
「済まない……ペレ」
ヨヒアは爛れてボロボロになった女の頬を優しく撫でながら、寂しそうに言った。




