新時代
撤収に関する会議が終わった。こちらが事前に用意した案は、おおむね魔王軍に受け入れられた。撤収時には千手騎士を始めとした戦士たちによる見張りに、本来の目的である魔法使いを数人紛れ込ませることに成功した。
千手騎士と魔族の将軍による調印が終わると、皆は表情に出さずともほっとしたのか、部屋の空気が弛緩し始めた。
だがヨヒアはなお魔族を見つめながら考えている。
(彼らもこちらの狙いは理解しているはずだ。だが全く抗議する素振りが無かった。次元を超える技術は彼らの生命線なのではないのか?)
ヨヒアが魔族側の将軍を見つめる。この戦争の指揮を執っていたであろう彼の顔の変化に特筆すべき点は無いが、どこか地面に引っ張られているような鈍さを感じさせた。元の世界では、敗戦の責任を問われているのかもしれない。
交渉を担当していた女に目を向ける。彼女の表情にも特に動きはない。調印の終わった書類を手早く封印し、後ろの男に渡した。男は受け取った書類を丁寧に鞄に詰め込んでいる。
ヨヒアが机に添って目を滑らせながら、末端に座っていたヴァイスへと目を向ける。その視線に気がついたのか、ヴァイスがかすかに口元を歪めた。
調印が終わり、双方が部屋から立ち去り始める。皆が部屋から出ている最中、ヨヒアは出て行こうとするヴァイスに軽く耳打ちをする。
「話したいことがある。裏庭に来てくれないか?」
ヴァイスは無事な方の目をかすかに広げて同意を伝えると、白濁した瞳をヨヒアに向けながら部屋の外へと出て行った。
建物が日の光をさえぎって作った影の中に、ヨヒアとヴァイスが立っている。常に日が遮られている建物の裏は苔むしており、辺りはじめじめとしていた。
「ヴァイス、君は一体何者なんだ?」
建物の裏庭でヴァイスと二人きりになったヨヒアが、ヴァイスを問いただし始めた。ヴァイスはニヤつきながら、逆に尋ねる。
「せっかくだ。お前の推理を聞かせてくれ」
ヨヒアがヴァイスを睨みながら答える。
「君は魔王軍の密偵だったのだろう。禁呪物を集めているのは確かだったのだろうが、主は炎帝の神官ではなく、魔王軍の隠密部隊か何かだ。ただ元の世界生まれと言うのは本当で、その後、なんらかの理由で魔界の魔王軍に雇われた」
ヨヒアの推理を聞いたヴァイスが、音を立てないように拍手をしながら言う。
「流石だなヨヒア。大体当たっている」
ヨヒアがさらに続ける。
「良く分からないのは、あの世界で密偵をしていた君が、なぜこの世界に来て居るのかという事だ。なぜ今回の会議に参加していた?」
ヴァイスがおどけたように両手の手のひらを広げながら答える。
「お前と同じだよ。出世したのさ。まあ、貴族にまで至ったお前ほどじゃないけどな。ヨヒア卿さんよ。で、会議に参加していたのは、魔界のある御方の代理みたいなもんだな」
ヨヒアが眉をしかめながら尋ねる。
「ある御方?もしかして魔王か?」
ヴァイスが面倒くさそうに答える。
「答えは、違う、だ。まあ、魔界にも色々とあるんだよ。説明が面倒だから、この話題に関してはこの辺で勘弁してくれ」
ヨヒアが腕を組みながら、次に問うべきことを考え、尋ねる。
「魔王軍は次元を超える技術を隠匿しないのか?君の言う禁呪物とは、次元を超える力を持つ物の事を指していたのだろう?」
ヴァイスは面白い物を見つけたかのような表情をその顔に浮かべた。ヴァイスが口を大きく開きながら答える。
「いいねえ。良い質問ですねえ。本来答えるべきではないのだが、俺とお前の仲だ。特別に教えてやるよ。半分そうで、半分違う」
そう言うとヴァイスは両手を広げて、嬉しそうに解説を始めた。
「かつての魔王軍の方針はそうだった。次元を超えるという技術を自身の確固たる優位点とするために、次元を超えかねない物を禁呪物として全て集めるつもりだった。だが予想外だったのは、その禁呪物があまりにも多かったことだ。集めても集めてもキリが無い。おまけに技術と言うのは漏れるのが世の常だ。そこで方針を変えたのさ。異世界を越えるのは、これからは常識になる。それを前提とした上で、今後の行動を決めていくと」
ヴァイスの演説を聞いたヨヒアの首筋に、一筋の汗が流れていった。自分たちが異世界を越えるための手段を模索していた先を、既に魔王軍が既に見据えていることに驚愕したのだ。
ヨヒアが表情を変えないように取り繕いながら、次に問いただす質問を考える。ヴァイスのケロイド状になり、白濁した目を見つめているうちに、ヨヒアの頭に嫌な予感がよぎり始めた。
(隠密、次元、火傷……まさか?)
ヨヒアがヴァイスを睨みつけながら尋ねる。
「君は一体、何をした?何をもって出世したんだ?」
ヴァイスが白濁した瞳をかすかに歪めながら、牙を剥き出しにして答える。
「ようやく、そこまで辿り着いてくれたか。俺は本当に嬉しい。喋りたくてたまらなかったんだ。答えは、俺たちの世界の炎帝を復活させたからだ。そして新しく炎帝となったのは、ペレだ」
元の世界のかつての幼馴染の名前を聞いたヨヒアの頭が、一瞬だけ真っ白になった。真っ白になりつつも、その片隅で「なぜ魔王軍が炎帝を?」という質問の答えを考えていく。その答えが出る前に、待ちきれないヴァイスがその答えを口にする。
「せっかく次元を越えられるようになったんだ。皆でいがみ合おうぜ!」




