再会
(この剣、やっぱり俺が持っていたやつだよな……)
先日下賜された剣を鞘から半分だけ引き抜き、日の光に照らしながらヨヒアが眺めている。鞘こそ新調されてはいたが、鈍く輝くオリハルコンの刃には見覚えがあった。
(向こうの世界でペレが召喚をした時に、対価として持っていかれた俺の剣だ。まさかこんなところで再び巡り合うとは……)
元の世界ではヨヒアでも手に出来たオリハルコンだが、今の世界では全く産出されない。その希少さ故に、爵位と共に授けられる武器として選ばれていた。
(どの世界に在るかによって、価値が変わったのか……)
そんな事を考えながら、ヨヒアは自分の顔を写すその刀身を、壮麗な鞘に納めた。
剣を収めたヨヒアは青銅の門の内側で立っている。この場所は式典などで用いられる建物のある場所で、本日行われる魔王軍幹部との会議に使われる。ヨヒアは警備などを取りまとめるために、他の者たちよりも先に来て準備をしていた。
ヨヒアの立つ門の背後には、白い石を敷き詰めた通路が続き、その先には優雅で壮麗な白い建物がある。
暫くすると、青銅の正門が重い音を立てながら開いた。
門を抜けて、千手騎士とフィオナ、そして何人かの貴族が建物の前にある広い庭へ足を踏み入れる。
ヨヒアが千手騎士たちに近づいて報告を始める。
「魔王軍の将軍および、交渉担当者が後程やってきます。彼らと共に建物へ入ることになりますので、暫くここで待機するようお願いいたします」
彼らはこれから魔王軍の撤収を見届けるための手続きに入る。この世界からすべての兵が撤収することを、自分たちの目で確認しなければいけないからだ。
千手騎士が呟く。
「魔王軍が撤収の際に用いるであろう、次元を超えるための何か。これに我々の魔法使いを立ち合わせる。そして次元を超える技術を何としてでも手に入れる!」
皆が無言で同意するように頷く。魔王軍の強みは次元を超えて軍隊を展開できる機動力にある。それに対抗するには、自分たちも同じ力を持つべきという認識で一致していた。
「吾輩もいつまで生きていられるのか分からん。だが、またいつ何時魔王軍が攻めて来るのかも分からん。次の世代へ繋ぐためにも、出来る限りのことはしておかなければな……」
千手騎士がフィオナを見下ろしながら言った。フィオナとヨヒアが寂しそうに千手騎士を見つめる。
千手騎士がフィオナの頭に優しく手を置いて言う。
「お前は末娘だ。しがらみなど無しに好きな男と一緒になって貰いたい。とはいえ、だ」
千手騎士が突然ヨヒアに目を向けて続ける。
「だが、やはり強い男でないといけないな。最低でも、吾輩と戦えるくらいになって貰わねば困る。と言うか、でないと認めん。そうは思わんかね、ヨヒア卿よ」
突然話を振られたヨヒアは、背中に汗をかきながら「そうですか」と言って目を逸らす。千手騎士がヨヒアをガン見しながら続ける。
「貴公、どうも最近フィオナと仲睦まじいように見えるが、実際のところどうなんだ?吾輩の知らないところで、何というかこう、え、どうなんだ?」
周りの者が興味の無い素振りをしながら、耳をそばだて始めた。ヨヒアがしどろもどろになりながら「あー、えーと、そんなことは……」と言いかけた時、フィオナが叫び始めた。
「え、ヨヒア。そんな……もしや私とのことは戯れであったのですか?酷い……」
そう言って突然両手を顔で覆い始めたフィオナを、ヨヒアが驚きながら見つめる。千手騎士が顔を強張らせ、太い眉をピクピクとさせながらヨヒア睨みつけ始めた。
(ちょっと待て。何、この流れ?)
突如として外堀を埋められたヨヒアが、言葉を失って呆然とする。千手騎士の髪の毛からは、ピクピクと怒りに震える長い耳が立ち上がり始めた。
(あ、やっぱりこの方の頭にもあるんだな)
どうでもいい事に感心して逃避していたヨヒアに、千手騎士の怒鳴り声が降り注ぐ。
「貴公、もう娘に手を出していたというのか!何というふしだらな……覚悟は出来ているのだろうな?フィオナに手を出したからには容赦はせぬ!吾輩を倒して、越えて見よ!」
千手騎士の宣言を聞いて、周りの者達が盛り上がり始めた。
「いいぞ!決闘だ」
「若いっていいねえ」
「俺が証人になろう。決闘の日程調整は任せたまえ!」
ヨヒアが信じられない物を見るような顔で周りを見渡していると、顔を覆っていたフィオナの姿で目が留まった。その目線に気がついたフィオナが両手を外し、ケロっとした顔でヨヒアを見つめながら言う。
「私たちのために頑張ってね。ヨヒア!」
盛り上がっている最中、正門の向こうで何かが物音を立て始めた。大きな何かが移動を止めるような気配の後で、何人かが地面へと足を下ろす音がする。
それに気がついた者達が叫び声を沈めて冷静になり始める。千手騎士とフィオナも真剣な顔つきになり、正門を見据える。
(助かった……)
ヨヒアは内心で心底ほっとしながら、気持ちを切り替えて自分も門へと視線を向けた。
青銅の門が重々しく左右へと開いていく。その開いた正面に二人の魔族とその付き添いが現われた。
一人は高齢の年老いた男。重厚で分厚いコートに身を包んでいる。頭に髪はなく、その顔には幾重もの皺が刻まれている。眼光が鋭く、堂々たる体躯から放たれる威圧感は、千手騎士にも劣らないであろう。
もう一人は洗練された女性。足を悪くしているのか車輪の付いた椅子に座っている。壮麗な意匠の刺繍が施されたドレスを纏っており、座ったままであっても整った体型が分かる。髪は一見すると黒髪の様に見えるが、日の光で照らされると、青みがかっていた。顔立ちは整っており、大変な美女であると言ってよい。
彼女の後ろには整った顔をした若い男が立っており、椅子に付いた取っ手を握っていた。
それ以外にも何人かの付き添いと思われる魔族が並んでいる。
住む世界の異なる者達同士が、青銅の門を挟んで対峙する。
暫くの間、無言で両者が視線を交錯し続けた。幾度も戦場で相まみえ、幾人もの仲間を失った者が、殺意を抑えてただ相手を見つめ続ける。
ヨヒアも魔族を見渡す。ヨヒアにとって彼らは仲間の敵でもあるが、自身のルーツでもある。
複雑な目で同族を見つめていたヨヒアの目に、ある者の姿が留まった。
(誰だ?どこかで見たことがあるような……戦場で見たのか?)
その者は白虎の獣人であるようだった。その右目は白濁しており、火傷でもしたかのように目の周りがケロイド状になっている。
獣人の目線がヨヒアのそれと交錯した瞬間、獣人がニヤリと笑った。その笑みを見て、ヨヒアは思い出した。
(ヴァイス!?彼が何故ここに?何故魔王軍の一派の中に居る?)
忘れ去っていた故郷からの思わぬ来訪者を、ヨヒアは息をすることすら忘れて見入っていた。




