告白
星月が雲に覆われた暗夜の中を、ランタンに立てられた蝋燭のわずかな光を頼りに、忍び足で歩みを進める白虎の姿がある。夜行性に優れた瞳が、祠へ至る段差と障害物を正確に把握し、確実な歩みへと変える。
白虎の引く手の先には女の姿がある。時折、蝋燭の細い灯りで白い肌に浮かぶ赤髪が照らし出される。女の手には錫杖が握られていた。音が出ないように金属の輪を紐で括り、括った部分に人差し指を差し込んで引っ張りながら、杖を握りしめている。
ヴァイスとペレは炎帝の祠の入口まで辿り着いた。いつもは辺りを赤く照らしている列柱の灯篭の火が消されている。ペレが小声でヴァイスに尋ねる。
「今日は本当に誰も居ないの?」
ヴァイスが小声で答える。
「ああ。炎帝の命日を終えた次の日は、祠の全ての火を消す決まりになっている。冥府へ落ちた炎帝にその身を休めてもらうため、巫女も神官も祠にはいない。だが魔法は使うな。俺の知らない何かで感知されるかもしれんからな」
ペレが無言で頷く。ヴァイスは鼻をひくつかせて臭いを嗅ぎながら、慎重に歩みを進めていった。
ヴァイスが祠の祭壇の裏にある洞窟へと歩みを進める。溶岩の熱気が届き、ヴァイスとペレが汗だくになり始めた。
洞窟を抜けて溶岩の灯りが差し始めて来たのを確認したヴァイスが、手元のランタンの蝋燭を吹き消す。ヴァイスがペレを掴んでいた手を放しながら、いつもの調子で言う。
「ここまで来たならもうコソコソしなくても大丈夫だろう」
ペレが錫杖にかけていた指を放して、大きく背伸びをした。その拍子に錫杖を縛っていた紐が外れ、「リィン」という音が辺りに響く。
「暑くて汗でびしょびしょ。濡れた服が肌に貼りついちゃう」
そう言ってペレが手団扇で顔を煽ぐ。ペレの甘い体香が硫黄に混じってヴァイスの鼻に届いて来たが、ヴァイスは特に気にしない。先を急ごうとするヴァイスの後ろから、ペレが錫杖で突っつきながら少しだけイラっとしたように声をかける。
「この錫杖はヴァイスが使うんでしょ?貴方が持っていってよ」
ヴァイスは振り向くと、「ああ」といってペレの差し出した錫杖を受け取った。錫杖を受け取ったペレが不思議そうにヴァイスに尋ねる。
「錫杖はどう使うの?」
錫杖は異世界との契約に使う触媒だ。今回やることに錫杖が必要とはペレには思えなかった。
ヴァイスが錫杖を見つめながら答える。
「これは危険な呪物だ。今回の一件が終わったら、もう溶岩に捨ててしまおうと思ってな。もうあんな悲劇を繰り返すことも無い……」
そう言ってヴァイスは錫杖を強く握りしめた。それを見ながらペレも「そうね」とだけ呟く。
二人は溶岩の間の小道を早足で歩いて行った。
二人が洞窟の最奥にある、溶岩のため池まで辿り着いた。ペレが溶岩のため池に近づき、その手をかざす。かつて神官がやったように、ペレが溶岩の石筍を作り、その欠片を空中に取り出した。
その間にヴァイスがランタンを地面に置く。そして腰に付いた袋を探り、手のひら大の瓶を取り出した。その古めかしい意匠の瓶を手に持ちながら、溶岩の欠片を丸めているペレへと近づいて行く。
ヴァイスが手に持った瓶をペレの目の前にぶら下げながら言う。
「これが炎帝の炎を消す聖水だ。炎帝の炎を再び取り込んだ後でこれを飲めば、飲み込んだ炎帝の炎が裏返り、最初に取り込んだ炎帝の炎と相殺される。これでペレは炎帝から解放されるんだ」
ペレがヴァイスの瓶を見つめながら、少しだけ目を細めながら疑問を口にする。
「そう言えば、なんでヴァイスがそんな物を持っているの?それって本物なんだよね?」
ヴァイスが瓶を指でなぞりながら答える。
「ああ、間違いない。どこで手に入れたかと言うと……」
そこまで言ってからヴァイスが言い淀み始めた。ペレは炎帝の炎を宙に浮かせながらヴァイスの答えを待つ。暫くしてから、言いにくそうにヴァイスが口を開いた。
「実は、俺は、魔王軍の密偵なんだ……」




