表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【中編】炎帝  作者: ikhisa
14/16

禁じ手

 ヴァイスが自分の部屋で壁に向かって立っている。その手には錫杖が握られていた。

 机の上に置かれた蝋燭の灯りが、闇の中のヴァイスと錫杖を照らす。ヴァイスの瞳は闇の中で瞳孔を広げながら、かすかな光をその目に集める。

 蝋燭に照らされた錫杖の輪は、ほのかに鈍く輝いていた。


 ヴァイスが集中しながら壁に向かって錫杖を振るう。すると「リィン」という音ともに、錫杖の向けた先に陽炎のような物が現れ始めた。ヴァイスが陽炎に手を伸ばすと、手から先が陽炎の中に消えていく。暫くもぞもぞとした後で、陽炎から腕を引き抜いた。引き抜いた手には、古めかしい意匠の瓶のような物が握られている。掴んだ物を確認したヴァイスが、何かに向けて呟くように言う。

「受け取った物を確認した。問題無さそうだ」

 ヴァイスの耳に何かが答えたのか、頭に付いた耳がひくひくと動く。ヴァイスが再び錫杖を振ると、陽炎は一瞬でその姿を消した。


 ヴァイスが錫杖を机に立てかけ、卓上の蝋燭を吹き消した。部屋は更なる闇に包まれ、輝きを失った錫杖が闇の中に埋もれていく。

 ヴァイスは闇の中で目を輝かせながら部屋の扉を開き、そのまま廊下へと出て行った。


 ヴァイスが居間へ行くと、ペレが食卓に腰かけていた。ペレは体を折りたたむようにして、食卓に上半身を乗せている。赤髪が机の上へ咲くように広がっていた。

 ペレがヴァイスの気配に気がつくと、顔だけを起こして笑みを浮かべながら話し始めた。

「お母さんならまだ祠にいるよ。炎帝の命日の準備が忙しくて、帰るのは遅くなるみたい」

 ヴァイスがペレを見つめながら言う。

「そう言えばそうだったな。じゃあ夕飯はなんか適当に喰うか」

 そう言ってヴァイスが食料棚を漁り始めた。棚の中にはパンやら干し肉、山菜、果物などが詰め込まれている。棚を漁っているヴァイスの後ろから、ペレが声をかける。

「この村はいい人たちばかりね。私みたいな魔族にだって優しいし」

 ヴァイスが棚を漁りながら、振り向かずに答える。

「ここは炎帝に仕える者が暮らしているからな。炎帝に信仰を捧げる者であれば公平に扱う。炎帝の炎を取り込んだペレは猶更だろうな」

 だからペレはヴァイスの家での居候が許されているのだ、とまでは言わない。ヴァイスが続ける。

「前の砦ではどうだったんだ?上手くやっていたように見えたが」

 ペレが思い出すような様子で答える。

「やっぱりドワーフと魔族の間では少しだけ溝はあったわね。ヨヒアは特に不満そうだった」

 手に肉や果物を抱えたヴァイスが机の近くまでやって来た。机に伏せっていたペレが顔を上げる。その顔には乱れた赤髪が数本張り付いたままになっていた。ヴァイスが机の上に食材を並べながら言う。

「ヨヒアのヤツはあるところまで行ってから、何かの壁にぶち当たったのかもな。まあどこにでもそう言うのはある。ペレは無かったのか?」

 料理の出来ない二人は、そのままで食べられそうな食材を見繕う。

 ペレが机の上に並べられたリンゴを手に取って一口だけ齧る。シャクシャクと咀嚼して飲み込んだ後で、不満げに齧ったリンゴを机の上に置いた。ペレが机の上に置いたリンゴを指で転がしながら言う。

「私はあんまり。みんなとは上手い事やっていたし、何かあったらヨヒアが何とかしてくれたし……」

 ヴァイスが干し肉をナイフで切り取りながら尋ねる。

「ヨヒアか……千手騎士に連れていかれてからもう一年ばかし。アイツは無事なんだろうか?」

 その言葉を聞いた瞬間、ペレが目元歪ませた。ペレが齧りかけのリンゴに爪を立てて握りしめながら、絞り出すように声を出す。

「千手騎士!アイツ……私を騙して!」

 そんなペレの様子を、目を細めて見ていたヴァイスが言う。

「ペレはそのために炎帝を目指すんだったしな。炎帝には成れそうか?」

 ペレが握っていたリンゴを机の上に置いた。リンゴにはペレの爪痕が残されている。ペレがリンゴを眺めながら答える。

「分からない。そう言えばヴァイスはやけに炎帝にこだわっている気がするけど、自分が炎帝になろうと思ったりはしないの?ヴァイスも魔法は上手いんだし、炎帝の火を取り込むことは出来るんじゃないの?」

 切り取っていた肉を口に放り込んでいたヴァイスは、軽く咀嚼した後でゴクリと嚥下してから答える。

「炎帝は代々女がなると言われている。男も何度か挑戦したらしいが、ことごとく失敗した。何でも炎帝となるために宿す責め苦の炎の痛みに、男は耐えられないらしい」

 机に肘をついたペレがリンゴを突っつきながら呟く。

「やっぱり炎帝になると痛いのかな。苦しいのかな……」

 

 炎帝の纏う責め苦の炎は消えない炎。その炎に焼かれ続ける痛みは尋常でないと言われている。だからこそ炎帝に仕える者は、その炎を自ら身に宿す炎帝の候補者に敬意を払うのだ。

 

 ヴァイスが机に肘をついているペレを見つめながら言う。

「ペレは後悔しているのか?炎帝の炎を取り込んだことを」

 炎帝になったところで次元を越えられる確証も無い。だがその代償は尋常でない。ペレは無言で目を伏せた。

 ヴァイスがその様子を見て、口元を引き締めた。


 ヴァイスが小さくため息をついてから言う。

「俺は少し後悔している。復讐のためとはいえ、ペレに炎帝の炎を取り込ませたことにな。復讐なんてもっと早くやめさせるべきだったんだ」

 ヴァイスの言葉を聞いたペレが、驚いたように顔を上げた。ヴァイスが顔を伏せ、くぐもった声で絞り出すように言う。

「ペレがこの村に来てから、毎日が明るくなった。母さんも楽しそうだしな。こんな日が続くなら、それも良いなと思ったりもした」

 ペレが表情を隠すように顔を伏せた。顔を上げたヴァイスが続ける。

「実は、炎帝の炎を消す方法がある」

 ペレが思わず顔を上げてヴァイスを見つめながら、問いただすように口を開いた。

「そんな方法があるなんて聞いたことが無い。本当にあるの?」

 ヴァイスが答える。

「ああ。とても例外的な禁じ手だから、一般的には知られていない。わざわざ炎帝の候補を減らすわけだからな。知っていても教えてくれないのさ。だからそれを使っても、誰もペレが炎を失ったことに気がつかない。俺はペレにこれを使って欲しい」

 ペレが身を乗り出しながらも、口を抑えながら言う。

「でもそんなことをしたら……」

 ヴァイスが真摯な目でペレを見つめて言う。

「バレたらただでは済まない。それでも俺はペレにそうして欲しい。そして一緒に居て欲しい。これからも」

 ペレは恥ずかしそうに両手で顔を抑えて、顔を伏せた。そして顔を上げると、満面の笑みを浮かべてヴァイスを見つめながら「嬉しい」と呟く。

 ペレは椅子から立ち上がると、机を回ってヴァイスの方へと向かった。そして自分の手のひらを机の上のヴァイスの手に重ねながら、妖艶な笑みを浮かべながら囁く。

「お義母さん、まだ遅くなるわよ……」

 ヴァイスは重ねられたペレの手を握りしめると、椅子から立ち上がる。そしてペレの肩を抱いて共に居間から出て行く。


 机の上には、一口だけ齧られたリンゴだけが残されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ