炎帝の祠
ヴァイスが草木の生い茂った森を抜け、火山の麓へと向かって行く。炎帝の祠は火山の麓にあり、岩山を掘り抜いて作られていた。
ヴァイスが黒い岩石に刻まれた階段を上り、石を積み上げて作られたいびつな形の列柱の合間を縫って歩いて行く。列柱の上は灯篭になっており、燃え盛る炎が辺りを常に赤く照らし出している。
少し進んだ先には岩で出来た祭壇が置かれ、そこには白と赤の衣装を着こんだ男のドワーフの神官の姿があった。
神官がヴァイスを見上げながら、不思議そうに声をかける。
「ヴァイスか。なぜお前がここに来た?」
ヴァイスが足を止め、神官を見下ろしながら答える。
「連れが祠に来たはずだ。赤髪の魔族の女だ」
ドワーフが後ろを振り返りながら、少し嬉しそうに答える。
「ああ、あの子か。そう言えばお前の母に連れられてここを通ったな。随分と愛嬌のある子だった。お前にしては随分と女の趣味が良い」
ヴァイスが目をひそめながら答える。
「だから、アイツはそう言うのじゃない。アイツが炎帝に興味があるから連れて来ただけだ」
それを聞いたドワーフがヴァイスを振り返ると、少しだけ意外そうな顔をしながら言う。
「それでわざわざ炎帝の祠に連れて来たのか?負けた神に価値なんて無い、と散々喚いていたお前がか?」
ヴァイスが面倒くさそうな表情を浮かべながら答える。
「価値なんて時と場合によって変わるもんだろう。とりあえず俺は関係者なんだから、ここは通らせてもらうぞ」
それを聞いたドワーフはやれやれという風に道を空ける。ヴァイスは何も言わずにその祭壇の裏にある洞窟へと歩みを進めていった。
祭壇の裏手の洞窟を進むヴァイスの顔に、熱気が届き始めた。この岩山をくりぬいて作られた洞窟は火山の火口へと続いている。
洞窟を抜けると、熱気と硫黄の臭いの立ち込める赤い溶岩と、その間を割るように引かれた小道が現われた。ヴァイスは口と鼻を手で覆い、汗だくになりながら小道を進んでいく。
その道を少し歩いた先には、更なる洞窟が掘られていた。ヴァイスがその洞窟を抜けると、その先には溶岩のため池のようなものが出来ている。その場にヴァイスの母とその他の巫女、そしてペレの姿があった。
ドワーフの神官が溶岩のため池の上に手をかざし、空手をこねるように動かし始める。それと共にため池の溶岩が捻り上げられるように、重力に逆らった石筍となり、神官の手元へと昇っていく。
神官は手元まで伸びて来た石筍へ触れずに手を回して、魔力操作で先端を切り取って溶岩の切れ端を空中へと浮かべた。切り取られた石筍は支えを失ったかのように、倒れてため池へと戻って行く。
神官は切り取った溶岩を慎重に手元に浮かせながら、ゆっくりとペレへと近づいて行く。巫女と神官に見守られたペレもまた、緊張した顔で神官の運ぶ溶岩を見つめる。緊張と高熱で、ペレは汗だくになっていた。
ペレが手を広げると、神官がペレの手元に溶岩を注いでいく。ペレは上手く魔力を操作してその溶岩を空中で受け取った。
すべての溶岩を受け取ったペレが、空中で赤く輝く溶岩を自分の顔の高さまで掲げる。ペレは全神経を集中させたまま、その溶岩を更に自分の頭上まで掲げていく。そして溶岩を見つめながら口を開くと、溶岩を自分の身体に注ぎ始めた。
ペレが炎帝の種となる溶岩を自分の中に取り込み始めたのだ。
溶岩を渡した神官も、周りの巫女たちも、皆が息を止めてペレを見つめる。ヴァイスもペレが溶岩を取り込む様子を、無言で見つめ続けた。
皆はこの行程の危険性を知っている。魔法使いとして未熟な者であれば、まずここで失敗して命を落とすからだ。
ペレが溶岩を取り込むと、両手で自らの胸を締め付け始めた。体の中に取り込んだ炎帝の炎を御しているのだ。自分の中で燃え盛る炎帝の炎は感情を糧にして燃え上がる。感情を御せない者もまた、ここで炎帝の炎に焼き尽くされて死ぬ。
ペレは何も言わずに、苦し気に座り込む。ペレは暫くの間、微動だにせず炎を御すのに全力を注いだ。
周りの不安げな目が、ペレを見守る。
ペレが立ち上がった。顔は汗で濡れ、赤髪が顔に張り付いているが、表情には笑顔が浮かんでいる。それを見た巫女と神官がほっと息をついた。
ヴァイスの母がペレに近づいて行く。
「凄いわね、ペレちゃん!炎帝の炎を無事に取り込める人は、本当に少ないのよ」
他の巫女たちもペレに近づき、口々にペレを褒めたたえる。ペレは恥ずかしそうな顔をしながら、「見守っていただきありがとうございました」と礼を述べた。
ヴァイスは静かに神官の元へと足を運ぶ。神官は溶岩の石筍を均しているところだった。
ヴァイスが声をひそめながら身をかがめて神官に尋ねる。
「どうだ?ペレは炎帝にはなれそうか?」
神官もまた小声で答える。
「素質はありそうだ。まず炎をあそこまで上手く取り込める者が少ないからな。だが炎帝の種に炎が付くかどうかはまた別だ」
ヴァイスが目をひそめて言う。
「そんなことは分かっている。アンタから見て、ペレが炎帝になれそうかどうか?というのを聞いている」
溶岩を均し終えた神官が、真剣な顔で答える。
「炎帝になれるかどうかは才能だ。あの子は感情を御す才能は有りそうだが、激情を迸らせる才能に関しては、少々判断に困っている。そのまま火が付かずに、一生を終えるやもしれん」
神官はそう言うと、自分も労いの言葉を掛けるために、ペレの方に歩いて行った。
ヴァイスが少し離れたところからペレを見つめる。ペレは皆に褒められて嬉しそうにしている。とても満足げだ。
(ペレに激情を迸らせるにはどうすればいい。ペレが怒りを露にしたのは確か……)
そこまで考えてから、ヴァイスは一つだけ思い当たった。それを頭に巡らせたヴァイスは、顔に笑顔を作りながらペレへと近づいて行く。
ヴァイスはペレを見つめて、声をかけ始める。
「よくやったな、ペレ。お前は凄いよ。見直した!」
ヴァイスの思わぬ労いの言葉に一瞬だけ驚いた顔をしたペレは、再び笑顔を作ってヴァイスに答える。
「見直したって、今まで馬鹿にしてたの?酷いわね、ヴァイス」
ヴァイスは頭を掻きながら、ペレに言い訳をする。
「あー、そういう事じゃなくてな。前よりももっとという事でな……」
不器用に言い繕うヴァイスを見て、ペレはニヤニヤとした顔でヴァイスを見つめ続ける。慣れないことをして恥ずかしくなったヴァイスは、慌ててペレから目を離した。
ペレはそんなヴァイスを、楽しそうに見つめていた。




