ギャルとくちづけ
月色の長髪に、白い肌。
夜空を溶かしたような瞳に、真紅の唇。
そして……背中に生えた、漆黒の翼。
ツバメ・エンビィ。
幻影ではない本物の彼女と、ようやく対面だ。
「……来てくれるって信じていたわ、リィト」
赤い口から漏れる甘い囁き。
同性のヒメカをも魅了する、蜂蜜のような声だ。
「わかってる。私に復讐しに来たんでしょう? いいわ……降り積もった君の憎しみを、私にぶつけて?」
ツバメの身体が、黒い気体を放つ。
かと思えば、翼の周りにクナイのような棘がいくつも現れ……ヒメカたちを目掛け、一斉に飛んで来た。
「うわわっ!」
空中で身を捩り、ギリギリで回避する。
が、棘はUターンし、すぐに向かって来る。
「ちょ……来ないでッ!」
ヒメカは手をかざし、叫ぶ。
と、棘がブワッと弾けるように消えた。
やはり、ヒメカの逆・賜魔術だけは問題なく使えている。
「ふぅん。ニナヨの気は確かに消えている……なのに何故、あなたは力が使えるの?」
ツバメが、ヒメカを睨む。
アメノの断片と融合したことで神の気を感知できるのだろうか。デイドリームが停止し、ニナヨ神の力が途絶えたことを感じ取っているようだ。
ヒメカが答える前に、ツバメは「ふん」と鼻を鳴らす。
「まぁいいわ……力があろうがなかろうが関係ない。あなたには、引き立て役になってもらうだけだから」
「引き立て役?」
「そう――私とリィトの、甘美なる再会の引き立て役にね」
そう言って、指をくいっと動かした。
すると、先ほどの棘が現れ、再び襲って来た。
ヒメカは逃げながら、逆・賜魔術でなんとか消していくが、リィトの方にまで気が回らない。
と、
「くっ……」
思った矢先、リィトの肩が棘に切り裂かれた。
ヒメカは手を伸ばし、棘を一掃する。
「リィト! 大丈夫?!」
「……! ヒメカちゃん、危ない!」
リィトの声に振り返ると……特大の棘がヒメカの方に向かっていた。
ヒメカはそれをギリギリで消す。
「っぶな! 死ぬとこだった!!」
バクバクと早鐘を打つ心臓。
命拾いしたことに、ほっと安堵するが……
吐いた息を、ヒメカはすぐに止めた。
ヒメカが巨大な棘に気を取られている隙に、リィトが黒い荊に絡め取られ、捕まっていたのだ。
「りっ、リィト!!」
「ふふっ、捕まえた。やはりリィトは賜魔術が使えないようね」
すぐに助けようとヒメカが動くが、それをツバメが制止する。
「動かないで。荊を締め上げて、リィトをバラバラにするわよ?」
リィトの肌に食い込む荊。
真っ赤な血が、頬から伝っている。
やられた……リィトを人質に取られた。
ヒメカは動きを止め、ツバメの言う通りにする。
「ヒメカちゃん、僕に構わず攻撃を……!」
「あはっ。良い子ね。そのままじっとしていなさい? どんなに痛くても……動いちゃダメよ?」
ツバメはそう言うと……
生み出した棘を一つずつ、ヒメカに向けて放った。
直撃はしない。
しかし、ヒメカの肩が、腕が、太ももが、掠めるように棘に裂かれていく。
「ツバメ、やめろ……!」
「くふふっ……良いわぁ、その目。さぁ……私のことをもっと憎んで?」
……痛い。
裂かれた皮膚が、燃えるように痛い。
「ほら、感じるでしょう……? 憎しみが傷口からじわじわと入り込むのを……」
「やめろッ……ヒメカちゃん、早く動いて……!」
頬。腕。脚。
裂かれる度に鮮血が飛び、痛みが走る。
けれど……
「ホトギの張ったシールドはじきに壊れる。それまでの間、あなたたちの絶望を……私に食べさせてちょうだい?」
身体以上に――――
――――心が、痛い。
「…………なんで?」
ヒメカは、問う。
「なんで、そんなに…………憎まれようとしているの?」
ツバメに、問う。
すると彼女は、愚問とばかりに笑って、
「決まってるじゃない。憎しみはアメノ様の糧……復活に必要な供物なのよ?」
「じゃあ……なんでそんなに辛そうなの?」
ツバメが眉を顰める。
その顔を、ヒメカは見つめ、
「棘に触れる度、感じる……ツバメさんの悲しみ。愛されたいって気持ち。本当は誰よりも愛を欲しているのに、何故こんなことをするの?」
「ハッ、何を言うかと思えば……これだからバカギャルは嫌いなのよ。中身のない綺麗事ばかり並べて。だいたい、あなただって私が憎いでしょう? リィトのハジメテをすべて奪った私が……リィトの心に居座り続ける、元カノの私が!」
「ぜんっぜん!!」
ヒメカは、きっぱりと答える。
「だって、リィトが本気で好きになった人だもん。ホントはいい人に決まってる。リィトが好きになれたなら、あたしだって好きになる。っていうか、既に好き!」
「は……はぁ?!」
「ツバメさんも、ツバメさんのお店も、すっごく素敵でときめいた! その気持ちは本物……憎しみに変わったりなんてしない!」
ヒメカは手を差し出す。
震える瞳に、願いを込める。
「あたしは、ツバメさんが好き。どんな人なのか、もっと知りたい。あたしといたら絶対に楽しいよ! だから……友達になろ? ツバメさん」
ありったけの愛を、彼女に向けた。
刹那、ツバメの身体を、桃色の光が包んだ。
ツバメは「うっ」と呻き、額を押さえる。
ちょうどその時、
『――待たせたな、リィト。復旧完了だ』
インカムから、ツバキの声がした。
ニナヨ神の力が使えるようになったのだ。
リィトは賜魔術で氷のナイフを顕現し、縛り付けていた荊を切り裂いた。
そのまま、あちこちから出血しているヒメカの元へ飛んで行く。
「ヒメカちゃん! 大丈夫?」
「あたしはヘーキ。リィトこそ大丈夫?」
寄り添い、お互いの無事を確認する二人。
ツバメはよろめきながら不敵に笑い、
「ニナヨの力が戻ったのね……なら、ひと思いにやりなさい」
「え……?」
「あなたみたいな綺麗事だけのバカギャルと違って、リィトは確実に私を憎んでいるもの……そうでしょう?」
ツバメが、静かに近付く。
そして、妖艶な眼差しでリィトを見下ろす。
「ほら……あなたを裏切って捨てた女に、復讐するチャンスよ? 思い出して? 私と愛し合った日々、そして、裏切られたあの瞬間を……」
これは……罠だ。
ツバメに攻撃した瞬間、リィトは憎しみに染まり、アメノの餌になってしまう。
こうしてわざと煽ることで、リィトを堕とそうとしているのだ。
「痛かったでしょう? 私につけられた傷が消えなくて、苦しかったでしょう? 私に復讐できる日を心待ちにしていたのよね? さぁ……あなたが溜め込んだ憎しみをぶつけてちょうだい」
「ダメだよ、リィト! 憎しみに負けちゃ……!!」
そう言いかけたヒメカの口を……リィトが、人差し指で止めた。
そしてリィトは、ツバメを真っ直ぐに見据え、
「残念だけど――――僕は君を憎んでいないよ。ツバメ」
落ち着いた声で、そう言い放った。
ヒメカの「へっ?」という声と、ツバメの「なっ……」という驚きが重なる。
「君に裏切られて、確かに僕は絶望した。君のことを心の底から憎んだ。生まれて初めて、本気で愛した人だから。でもね、ニナヨ神に認められ、自分の貰魔力の数値を見た時……悟ったんだ。ツバメも、僕を愛していたんだって」
ツバメが、息を飲む。
綺麗な顔が、ヒクヒクと引き攣っている。
「ば、馬鹿言わないで。私はあんたから桁外れのゾウオウラを回収するためだけに近付いて……!」
「嘘をついても無駄だよ。だって僕の貰魔力は、入学前にも関わらず、桁外れな数字を示していたんだから」
言って、リィトは腕をかざす。
バイタリストに表示されているのは、貰魔力のログだ。
「……55,000。これは君と過ごした一年間、毎日150回以上僕にときめかなければ得られない数値だ。僕は君以外とは恋愛をしたことがないから……これは間違いなく君にもらった貰魔力だよ」
「マ?! だとしたらツバメさん、めっちゃリィトのこと好きだったんじゃん! え、カワ!」
ヒメカの率直な感想に、ツバメはかぁっと赤面する。
リィトが淡々と続ける。
「忘れられないのは君の方でしょ? 僕とのキスも、情事も、たくさんの思い出も……忘れられないから、僕に執着した。憎しみに染めて、同じ場所に堕とそうとした。違う?」
「くっ……」
そこで、リィトは……ヒメカの身体を抱き寄せた。
その理由がわからず、ヒメカは「ぅえっ?」と声を上げる。
「だから僕は、ツバメを憎まないし、絶望に染まらない。君の思い通りになんてなってやらない。君との恋は過去の思い出として、心の奥にそっとしまって、"現在"を生きていく。それが……僕の復讐だ」
リィトのその言葉に、ヒメカは感動した。
リィトは、わかっていたのだ。
憎しみに染まったところで、意味などないことに。
どんなに恨んでも、過去は戻らない。
憎悪に身を任せ、報復したところで、幸せな日々は帰って来ない。
それどころか、その負の感情は、アメノの養分となってしまう。
ならば……
心の奥にそっとしまい、"現在"を生きる。
そうして、ツバメへの執着を断つことこそが、一番の復讐になるとわかっていたのだ。
その考えは素晴らしいし、尊敬に値するとさえ思う。
だが……
何故、リィトは今、ヒメカの顎をくいっと持ち上げているのか。
それだけが、ヒメカにはわからなかった。
目をぱちくりさせるヒメカをよそに、リィトは……くすりと笑う。
「そこで見ているといいよ、ツバメ。君が教えた一番気持ちの良いキスが…………他の人に与えられる様を」
え………………????
リィトの顔が、ヒメカに近付く。
唇に息がかかり、鼻が触れ合う。
これは……さすがに想定外だ。
リィトは小さく、「ごめんね」と囁いて――――
――――ヒメカに、キスをした。
「…………………………………っ??!!」
柔らかに塞がれる唇。
驚きのあまり、目玉が飛び出しそうになる。
しかし、次の瞬間には、目を閉じていた。
ヒメカの口を割って、リィトの舌が入り込んできたから。
甘い熱が、ヒメカの舌に絡み付く。
先端を弄び、付け根を探り……上顎の裏をくすぐるように撫でてくる。
これは……知っている。
最初の授業で、リィトに指でやられたヤツだ。
でも…………
指より本物の舌のが、ずっと……ずっと気持ちイイ。
「ん…………っ!」
トロトロに溶かされた思考の隅で、何かが鳴っていることに気付く。
これは…………
高い、電子音。
――『キュン』『キュン』『キュン』『キュン』『キュン』『キュン』『キュン』『キュン』『キュン』
ヒメカが――あたしが、リィトにときめいている音。
――ダメ。
ドキドキが止まらない。
キモチイイが止まらない。
このままじゃ、あたし……あたし………………
――嗚呼、なんということだ。
人の子に、ここまで胸を焦がされるとは。
……いや。これもツバキの想定の内か?
――まぁいい。
実に良い気分を味わわせてもらった。
これが、人の子の『恋』。
やはり、甘美で美しい。
可愛い可愛い、私の人間格。
初めての口付けにより、今は眠るが良い。
あとは、私が――片を付けるとしよう。




