ギャルと『兄弟』
――ツバキが財神の力で顕現したミコシバ製最新型ジェットパックを背負い、ヒメカとリィトはエレベーターに乗り込んだ。
ドアが閉まり、ツバキの姿が見えなくなった後……リィトが言う。
「……ヒメカちゃん」
「ん? なに?」
「……手、繋いでもいい?」
ヒメカは驚いて、リィトを見る。
今からツバメと……元カノと対峙する。
リィトは今、どのような気持ちでいるのだろう。
本当に、復讐を果たすつもりなのか。
前髪の隙間に覗く目からは、感情が読めなかった。
「……いいよ」
ヒメカはきゅっと、リィトの手を握る。
すると、リィトはすぐに指を絡ませて、
「……教えたでしょう? 繋ぎ方は……こう」
そう言って、恋人繋ぎされる。
高鳴る心臓。
しかし、バイタリストは『キュン』と鳴らない。
デイドリームが、まだ復旧していないからだ。
「……これも、ツバメさんに教わったの?」
「そうだよ」
「…………好きだった?」
「…………うん」
「…………だから、復讐するの?」
「……………………うん」
「…………ねぇ」
ヒメカは、リィトを見つめる。
前髪で隠した両目を、真っ直ぐに見つめる。
「今、あたしがキスしたら…………リィト、『キュン』ってしてくれる? ツバメさんを好きだった頃の、純粋なときめきを…………思い出してくれたりする?」
リィトは、水族館で言っていた。
ヒメカから「ちゅー」をしたら、ときめくかもしれないと。
憎しみに染まる前の気持ちを思い出せば、ツバメへの復讐も、やめてくれるのではないか。
そう思ったのだが……リィトは、自嘲するように笑って、
「……この先、誰に何をされても、僕はもうときめかないし…………ツバメへの復讐をやめるつもりもないよ」
そう言って、手を離した。
その横顔が、ヒメカにはひどく寂しく見えた。
だからヒメカは、離された手をもう一度握り締めて、
「あたしが、ときめかせる」
「え……?」
「言ったでしょ? リィトがときめくまで、あたし離れない! だから……だから…………!!」
言いかけたその時、エレベーターが最上階の理事長室に着いた。
誰もいない。
しかし、戦闘があったのか、先ほどより荒れていた。
ゆっくり話をしている暇は、なさそうだった。
「……僕の気持ちがどうであれ、やることは変わらない。行こう。ツバメを……止めるんだ」
散らばったガラスを踏み締め、窓際に立つ。
もっと話したかったけれど……仕方がない。
ヒメカはリィトに続き、空へと飛び立った。
「――うわわっ!」
ヒメカの背中で、ゴゴゴゴッと唸るジェット。
競技大会の折、ホトギが飛んでるのは見ていたが、実際使うとなるとものすごいGである。
学院の屋根を飛び越え、ヒメカとリィトは一気に上昇する。
戦闘をしてるのか、街のあちこちで煙が上がっているのが見えた。
ヒメカは生徒たちの無事を静かに祈った。
「……ヒメカちゃん。あれ」
リィトの視線を追い、見上げると……
いた。ツバメだ。
はるか上空に、ぽつんと浮遊している。
彼女の姿を目視すると同時に、空が暗く染まった。
青空が暗転する。
巨大な何かに遮られるように、ヨコハマの街に影が落ちる。
あれは……オーロラ。
闇で織られた黒い天幕が、陽の光を遮っていた。
「……まずい。間に合わないかも」
「えっ、何が?!」
「街全体に術を放つつもりだ。あれが降って来たら……ヨコハマ中の人が精神を侵される」
「マ?! 激ヤバじゃん! そんなん絶対止めなきゃ!」
しかし、背中のジェットはこれ以上速くならない。
デイドリームが復旧していないため、リィトの賜魔術もまだ使えない。
こうなったら……
「あたしが……逆・賜魔術で防いでみる!!」
直後、黒いオーロラから、雨が降ってきた。
墨汁のように暗く、重い雨粒――ヒメカは手を掲げ、全ての雨を払うイメージを浮かべる。
が、蒸発させられたのはヒメカとリィトの周りだけで、全ての雨を止めることはできなかった。
「どうしよ……この雨が降り注いだら、みんなが……ヨコハマの街が……!!」
「――大丈夫」
ヒメカの焦りを遮り、リィトが言う。
「切り札なら、もう一つある――『兄弟』」
瞬間、ヒメカたちが飛行する下……ヨコハマの上空に、全域を覆い尽くすような透明な膜が現れた。
さながら、超巨大な傘だ。
それが、黒い雨から街を護っている。
「これって、誰かの賜魔術……?」
ヒメカが呟いた、その時。
『――視聴者のみんな、サンキュな! お前らの投げ銭とオレの全財産ツッコんだおかげで、ミコシバ製・対空爆用特殊シールドが顕現できたぜ!』
インカムに響く、陽気な声。
それを聞き、ヒメカは顔を綻ばせる。
「ホトヤン……! ここで登場とか、まじアツすぎ!!」
……そう。
ホトギは、生きている。
ミコの影武者という立場を利用し、邪神徒のスパイとなっていたナキリに灸を据えるため、死んだと嘯いていたが……
ツバキの迅速な処置により、精神崩壊を免れていたのだ。
とは言え、精神に甚大なダメージを受けたことは事実。
ツバキはホトギを休学させ、心身を休ませると同時に、今日のための切り札として隠していた。
ホトギの生存は知っていたが、彼がこのような形で復活したことに、ヒメカは喜びを隠せなかった。
「って……いま視聴者って言った? まさか、生配信してる?!」
スマホを取り出し、ホトギの動画配信チャンネルを視る。
学院の屋上でシールドを展開したホトギの様子が、今まさに『LIVE中』だった。
しかも、同時接続者数は10万人を超えている。
『ということで、生配信でお届けしている世紀の大決戦! なんと、オレの彼女は邪神徒の幹部だった!? 完全に詐欺られてたー! ツレー!! ってことで、哀れに思ったヤツは見舞い投げ銭! 自業自得だろってヤツはチャンネル登録よろしくな!』
失恋の痛みから完全復活どころか、しっかり金稼ぎのネタにしている。
吹っ切れたその笑みに、ヒメカもつられて笑みを零した。
『よう、「兄弟」! オレたちのハニーには会えたか?』
インカムで、ホトギがリィトに呼びかける。
互いの立場を皮肉ったその呼び名に、リィトは苦笑しながら応える。
「うん、目視できる距離にまで来てる。もうすぐ再会するよ」
『へへっ、そうか……それじゃあ、ギャフンと言わせてやってくれ。オレの分までな!』
リィトは少し笑って、「わかった」と答えた。
ホトギのおかげで、ヨコハマの街は精神汚染の雨から護られた。
あとは……ツバメを止めるだけ。
黒い雨を弾きながら、ヒメカはリィトと共に上昇する。
そして……音のない冷たい空の上で、ついに彼女と対峙した。




