ギャルと白昼夢
「ヒメカ、リィトくん! 気をつけてね!」
メルリたちの見送りを受け、ヒメカたちは隠しエレベーターに乗り込んだ。
先ほど感じた振動……地下から聞こえたのであれば、邪神徒がデイドリームのある『聖域』に辿り着いた可能性が高い。
ヒメカがゴクッと喉を鳴らす傍ら、リィトがツバキに問いかける。
「ツバキさん、大丈夫でしたか?」
「ああ。君の優秀な友人たちが助けてくれたお陰で力を温存できた。そっちは?」
「ツバメの幻影に遭いましたが、戦闘には至りませんでした。問題ありません」
「同時に複数の幻影を生み出すとは……邪神徒としてかなり力を付けているな。地下でも何が起こるかわからない。作戦会議で話したことを忘れずに、心してかかろう」
ヒメカは頷きつつも、緊張を高める。
(うわわ。いよいよ邪神徒との直接対決かぁ……! とりあえずデイドリームを壊されたら激ヤバだから、護ることを最優先にしなきゃ!)
下降していたエレベーターが止まる。
扉が開くのが、やけにスローに感じられた。
ヒメカは覚悟を決め、徐々に広がる真っ白な空間を目に映す………………が、
「…………………………うそ」
その目を、すぐに疑う。
正面に佇む、ビルのように巨大な機械・デイドリーム。
それが……大砲の直撃を食らったかのように、大破してた。
煙を上げながら、ただの瓦礫の山になってる。
「なっ……!」
「どういうことだ……?!」
リィトとツバキが声を上げる。
デイドリームが壊された。
しかし、誰もいない。
一体、誰がどうやって、こんなことをした?
(っていうか、これじゃあニナヨ神に属する神律師は力を使えないってことだよね? それって戦況的に超まずいじゃん!!)
ヒメカは思わず踏み出し、崩れ落ちたデイドリームに近付こうとする……と、
「…………ん?」
そこで、違和感を覚えた。
目の前の光景に現実味が感じられないような、夢の中にいるような……とにかく、『何かが違う』という感覚。
(……あ。もしかしてコレ、作戦会議の時にツバキ様から聞いたヤツ?)
ヒメカは、何もない空間に手をかざす。
そして……念じながら、叫んでみた。
「悪い夢なら……覚めろーーっ!!」
直後、目の前の景色が渦を巻くようにヒメカの手に集まり、剥がれ始める。
ヒメカの読み通り、今見ている光景は邪神徒が生み出した幻覚。
ヒメカたちを絶望させるために展開した、作り物だったのだ。
「ヒメカ! よくやった!」
ツバキに褒められ、ヒメカは「やったぁ!」と飛び跳ねる。
幻影が剥がれた先に見えた現実では、デイドリームは無事だった。
しかし……同時に、別の問題が発生した。
真っ白な壁の一部がドリルの付いた戦車で破られ、そこから二十人ほどの邪神徒が続々と降りて来ていたのだ。
デイドリームを取り囲み、今まさに破壊しようとしている。
「なっ……我々の幻術が破られただと?!」
現れたヒメカたちを見て、邪神徒たちが狼狽える。
声を上げたその男をよく見ると、遊園地で逃したあのヒゲ面の男だった。
ツバキとリィトがすぐに動こうとするが、その前に男が叫ぶ。
「動くな! このマシンがどうなってもいいのか?!」
言って、デイドリームを指さす男。
動きを止めるツバキたちを見て、男は満足げに笑う。
「ハハッ! やはりお前らにとって重要な物なのだな……これが何のためのマシンなのか、当ててやろうか?」
ニヤリと、勝ち誇ったような笑み。
ヒメカは内心、(やば……)と汗を垂らす。
「十五年前、我々の同胞がここを攻めた後、愛神科の生徒が一時的に力を使えなくなったと聞いた……ちょうどその頃、ミコシバが大掛かりかつ極秘なプロジェクトに関与していたそうだな。ここから導かれる仮説は一つ」
バッ、と手を広げ、男は足を踏み出し、
「あの時、ニナヨは死に、その代わりをこのマシンが果たしている――そうだろう?」
隠していた真実を、声高に突き付けた。
(ぎゃーッ! 完っ全にバレてるぅぅううっ!! ヤバイじゃん! 超ヤバイじゃん!!)
ヒメカは大いに焦る。
しかし、ツバキはけろっとした顔のまま……こう答えた。
「いや? それは私個人が購入した超高性能美容マシン、『スーパー・クレオパトラン』だ。神とは関係ない」
……思いがけない返答に、男だけでなくヒメカまでもがぽかんとする。
「は……? 美容、マシン……?」
「そうだ。それが発する特殊な電磁波により、私のこの美貌は保たれている。よって、壊されると非常に困る。今すぐに離れてくれ」
(えーっ、そうだったの?! どーりでツバキ様はいつも美しいワケだ……って、なんかリィトが呆れた顔してる? あ、もしかしてこれウソ?!)
などとヒメカが脳内で慌ただしくしている中、男はツバキに抗議する。
「美容なら他にいくらでも方法があるだろ! こんな大掛かりなマシンを使う奴がどこにいる?! つくならもっとマシな嘘をつけ!!」
「嘘ではない。何なら裏の電源コードを抜いてみろ。こちらは問題なくニナヨ神の賜魔術が使えるぞ?」
「ハッ、面白い。なら……お望み通り、停止させてやるよ!」
男は手を上げ、周囲の邪神徒たちに合図する。
彼らは綱のように太い電源コードに近付くと……持っている刃物や銃を使って、コードを切断した。
ヴン……と唸り、停止するデイドリーム。
今この瞬間、ニナヨ神による賜魔術の供給が、完全に絶たれた。
「クク……さぁ、愛の神の力を使って――我々の攻撃を止めてみるがいい」
こちらに手のひらを向け、闇の塊を生み出す男たち。
それは、メルリのライブに現れたものと同じ……弾けた途端に精神を侵される、危険な術だ。
「つつつツバキ様ぁっ! 絶体絶命なんだけどッ!」
ヒメカがコソッと叫ぶが、ツバキは不敵に笑い、こう返す。
「何を言う。そのためのヒメカだろう?」
「あ、あたし?」
「リィトから聞いた。前にもアレを打ち消したとな。あの時と同じように、やってみてくれ」
「それって……!」
(あのライブでみんなを救ったのは、ツバキ様じゃなくて……あたしだったってコト?!)
しかしヒメカは、すぐに疑問を抱く。
「でも、愛する力の『与魔力』もニナヨ神由来なんだよね? 今は使えないんじゃ……」
「大丈夫だ。自分を信じて……やってみろ」
自分を、信じる。
根拠はわからないが、ツバキが言うなら、やるしかない。
ヒメカは前に踏み出し、あのライブの時のことを思い出す。
リィトがくれた言葉を思い出す。
みんなを救いたい気持ち。
そして、最高にアガる想像を凝縮させて――
「――弾けろ!! あたしの『大好き』たち!!!!」
叫んだ。
すると、邪神徒が顕現した闇の塊がボコボコっと波打ち……
中から桃色の魚が、ぶわぁあっと飛び出した。
まるで、先ほどまでリィトと眺めていた、水族館のイワシの群れだ。
「なっ……これは……!!」
「ニナヨ神の力……何故……?!」
邪神徒たちが怯む。
その反応をヒメカが認識する間に――ツバキは動いていた。
身体を虹色に光らせ、一瞬で邪神徒たちとの間合いを詰める。
いつの間にか顕現していた有刺鉄線を手に、奴らの周りを高速で駆け抜け、二十人以上いる男たちをぎゅっとひとまとめに縛り上げた。
さらに、団子になった彼らを取り囲むように、無数のマシンガンを顕現させる。
「……ほらな? ニナヨ神の賜魔術は問題なく使えている。それに……忘れたのか? このツバキ・イナリヅカは、ミスミ神・シラヤ神にも認められた『三重奏・神律師』だ。仮にニナヨ神の力が制限されたとしても、お前らごときに手を焼くことなどありはしない」
ヒールを鳴らし、ヒゲ面の男の前に堂々と立つツバキ。
その姿に、ヒメカは(ぎゃーーっ、ツバキ様ぁぁああっ!!)と声にならない悲鳴を上げた。
が、
「くっ………………くくく」
縛り上げられた男が、悔しげに俯いたと思うと……
壊れたように、笑い始めた。
「ああ、もちろん……貴様が我々の宿願を妨げる最大の障害であることは熟知している。だからこそ――ここに誘き寄せたのだ」
その時、ヒメカたちが乗ってきたエレベーターのドアが、突然爆発した。
同じくドリル付きの戦車も破裂し、壁がガラガラと崩れ落ちる。
「我々の真の目的は、このマシンの破壊ではない……アメノ様の再誕に無粋な邪魔が入らぬよう、貴様をここへ足止めすることだ!」
つまり……今の爆破により、ヒメカたちはこの地下に閉じ込められたということ。
直後、『聖域』のあちこちがさらに爆発し始めた。
このままでは邪神徒諸共、生き埋めにされてしまう。
「ちっ……自らの命と引き換えに私を止めるつもりだったというわけか。実に愚かだな」
「ハッ。我々にとって死は、最も甘く貴い救い……絶望に満ちた現世こそが地獄なのだ! アメノ様のために死ねるというのなら、これほど名誉なことはない!!」
男のその言葉に、ヒメカは……言葉を失う。
(え……邪神徒にとっては、生きてる方がキツイってコト? みんなそんだけ辛い思いをして、絶望して、邪神の信徒になっちゃったの? それって、なんか……悲しすぎない?)
「…………ダメだよ」
ヒメカが、足を踏み出す。
隣でリィトが、「ヒメカちゃん……?」と呟く。
「おっさんたちは悪者だケド……だからって、死んでいいわけない。死んでほしくない」
ヒメカの手が光る。
何かに突き動かされるように、それを前に掲げる。
「世界があなたを許さなくても……あなたがあなたを許せなくても……あたしは、あなたを許すよ。だから――お願い、生きて」
――刹那。
ヒメカの手から、桃色の光が溢れた。
それは邪神徒たちを包み、この『聖域』すらも包み……隅々まで満たしてゆく。
「あ…………」
男たちは、悪夢から覚めたような声を上げ、目から涙を溢すと……
再び夢に落ちるように、気を失った。
「これは……」
リィトの声につられて、ヒメカは周囲を見渡す。
爆発で壊されたエレベーターのドアや壁、天井が、いつの間にか直っていた。
邪神徒に切られたデイドリームの電源コードも元通りになっている。
「すごい……すべて修復されている」
「これが与魔力の力……想像以上だな」
「って、これあたしがやったの? まじ? 超すごいじゃん! デイドリームも無事だったし、おっさんたちも捕まえた! これでまるっと解決だよね?」
と、ヒメカがはしゃいでいると、
『――ツバキ。聞こえるか?』
三人のインカムに、ミカモの声が聞こえた。
ツバキは耳を押さえ、それに応える。
「先輩。どうしました?」
『……ツバメが現れた。見たところ、アメノの断片と融合している。ヨコハマ中の住民からゾウオウラを吸い上げ、それを供物にアメノ本体を降ろすつもりのようだ』
「なっ……?!」
ツバメが、アメノの断片と融合している。
その情報に、ヒメカとリィトが絶句する。
『生徒に指示を出し、住民の避難誘導を始めているが、邪神徒との戦闘も依然として継続中だ。ニナヨ神の力が使えず、やや苦戦している』
「わかりました。デイドリームを復旧し、ツバメを阻止します。それで、ツバメはどこに?」
『…………上だ』
「……上?」
『学院の真上……上空五千メートル付近に浮遊している』
ヒメカが「ごせんめーとる?!」と叫ぶ。
ツバキは頷き、
「了解しました。……ヒメカ、リィト」
ミカモとの会話を終え、二人を見る。
「私はここに残り、デイドリームの復旧に当たる。君たち二人はツバメの元へ向かい、奴を止めろ」
「えぇぇぇっ?!」
「言ったはずだ。ツバメに対する切り札となるのは私ではない――君たちだ。この学院を、この街を、そして私の妹を……どうか救ってくれ」
救う――倒すのでなく、救う。
それはまさに、ヒメカが理想とする"正義のギャル"にあるべき姿だった。
「……わかった! あたしたちに任せて、ツバキ様!!」
「ああ、頼んだぞ。リィトも……あいつとのケジメを、きっちり付けてこい」
ツバキの声に、様々な感情が混じる。
リィトはそれをしっかり受け止め……「はい」と頷いた。




