理事長とテロリスト
『――こちらクルル・イスルギ。裏門付近より邪神徒の侵入を確認。これよりクロロ・イスルギと排除に向かいます』
インカムから次々に聞こえてくる戦況報告。
一斉に仕掛けられた邪神徒の襲撃に、学院の外を護る生徒たちはしっかり対応してくれているようだ。
そのことを頼もしく思いながら、私はあらためて、目の前の妹――ツバメを見る。
「ヨコハマ中の絶望を集める? 随分と大それた作戦だな。残念ながらお前たちの行動は予測済みだ。引き返すなら今の内だぞ?」
「ふふ……相変わらずお姉ちゃんは前しか見ていないのね」
見下したような、諦めたような目で、ツバメが見つめ返す。
「『引き返す』なんて言葉は、前進している者にする忠告よ。私は前になんて進んでいない……『堕ちている』の。私が居るのは、清も濁も併せ呑む心地良い底なし沼……今さら蜘蛛の糸を垂らされたって、掴んだりしないわ」
そこで、ツバメは言葉を止める。
そして、再び笑って、
「……そう。やっぱりリィトもここにいたのね。お姉ちゃんは主戦力を残したつもりなのだろうけど、私としても好都合よ」
どうやらツバメの別の幻影が、リィトたちと邂逅したらしい。
遅かれ早かれバレることだ、問題はない。
「リィトを捨ててもうすぐ一年……私への憎しみは、さぞ膨れ上がっているでしょうね。あの子は並外れた『心の器』を持つ逸材。生み出されるゾウオウラも桁違いの量になる……余すことなく収穫して、アメノ様への供物にしなくちゃ」
「そんなことには絶対にならない」
「ふっ。状況がまだわかっていないようね、お姉ちゃん? 私たちを誘き寄せるため、上手く罠を仕掛けたつもりでいるんでしょうけど、私はそれを理解した上でここに来たの。つまり――」
……刹那。
部屋中の窓ガラスが割られ、外から邪神徒たちが飛び込み――
「――お姉ちゃんの罠を逆手に取れるビジョンがある、ということよ」
現れた邪神徒は六人。
内三人が銃を、残りがナイフを手にしている。
中央に座る私を囲むようにして、ジリジリと距離を詰めてくる。
気配からして幻影ではなく、生身の人間のようだ。
「ほう……確かに、空中からの侵入は想定外だったな」
「ふふっ。キングを気取って最上階に胡座をかいているからよ。さぁ……これでチェックメイト」
邪神徒たちが武器を構える。
全員の殺気が私に集中する。
うん……訓練通りの状況だ。
「――やれ」
私は短く言う。
と、
「冷え冷えアイスバーンッ!!」
愛らしい声と共に、二人の邪神徒が氷漬けになった。
目を見開くツバメ。
その瞳に、ツインテールを靡かせた少女――メルリ・エンジュが映り込む。
彼女は、ずっとこの部屋にいた。
ミコシバ製の光学迷彩シールドに身を潜め、ずっとこの機を窺ってくれていた。
タイミングと威力は完璧だったが、離れた位置にいた邪神徒が咄嗟に飛び退き、凍結を免れた。
そして、すぐに反撃しようと武器を構える……が、
「遅いッ!」
「……たぁっ」
閃く二筋の光と、その速さに置き去りになる声。
残りの邪神徒が弾けるように吹き飛び、壁にめり込んだ。
別の光学迷彩シールドの左右から光速で登場した二人の生徒――ソウマ・ソーマとヒグレ・ユサ。
彼らもまた、この部屋に配置した優秀な生徒だ。
「ふん……遠足の欠席者は、思ったより多かったみたいね」
沈黙した仲間を眺め、ツバメがつまらなそうに言う。
だが、焦りは見られない。
それどころか、再び妖艶に笑い、
「でも、人選を誤ったんじゃない? 新入生をいくら残したところで……無駄な犠牲を増やすだけよ?」
言うと同時に、割れた窓から強風が吹き込む。
バラバラというプロペラの音……邪神徒の乗ったヘリが屋上へ着陸しようとしているようだ。
「さぁ。秘密を教えて、お姉ちゃん? でなければ、今から降りて来る連中が、この可愛い駒たちの心も身体もぐちゃぐちゃに犯すわ」
興奮気味に囁き、舌舐めずりをするツバメ。
どうやらヘリから降りて来る連中は、精神汚染の賜魔術を扱うのに長けているらしい。
「それは困ったな……ここにはこれ以上の戦力を用意していない。強力な増援を送り込まれたら、なす術がない」
「ふふ。いくらお姉ちゃんでも、生徒を人質に取られたら手出しはできないでしょう?」
「それはそうだ。命よりも大事な生徒だからな。だから……」
……そこで。
インカムの向こうから、こんな声が聞こえて来る。
『――さんだーぼると・らいじんぐぶれーど』
――チュドォオオオンッ!!
「……私たち教師は、全力で生徒を護るんだ」
頭上から響く、けたたましい爆発音。
天井の一部がパラパラと落ちてくる。
「なっ……何……?!」
ツバメが警戒を高める。
邪神徒の乗ったヘリが爆発したことを、否が応でも察したのだろう。
と、そこへ、割れた窓からひらりと降り立つ小さな人影。
栗色の艶やかな髪を振り上げ、顔を上げたのは……
愛神科一年の担任にして私の先輩、ミカモ・ナナカマドだ。
「み、ミカモ先生……?!」
「よう、ツバメ・エンビィ。久しぶりだな。昔すっぽかした補習を今さら受けに来たのか?」
「なんであんたが……遠足の引率に行っていたはずじゃ……?!」
「そうだ。さっきまで生徒たちとイルカショーを見ていた。けど、こっちで別のショーが始まったと聞いて、仕方なく戻って来たんだ――超音速戦闘機を顕現してな」
「せ、戦闘機……?!」
「マッハで飛べばエノシマからヨコハマなんて一分半だ。屋上に降り立とうとしたら邪魔くさいヘリがいたから、ついでに斬り刻んでおいたぞ」
言って、雷で錬成した太刀を肩に乗せるミカモ先輩。
先輩は愛神だけでなく財神にも認められた神律師だ。
財力の出所は不明だが、昔から豪快な財魔力の使い方をする人だった。
小学生が考えたような技名を好むところも、ギャルサーのトップを張っていた頃から変わりない。
「ちなみに、他の先生方と優秀な三年生を一緒に乗せて来たから、補習を受けたいなら全力で相手するぞ?」
「くっ……」
歯を軋ませ、後退りするツバメ。
その背後にメルリ、ソウマ、ヒグレが立ちはだかる。
「もう一度言う――引き返すなら今の内だぞ? ツバメ」
さぁ、この不利な状況で、どう動く……?
ツバメの一挙手一投足に注視していると……
彼女は、何故か「ふっ」と笑った。
直後。
――ズズン…………ッ!!
建物に響く、突き上げるような振動。
屋上からではない。
これは…………まさか、地下?
「ふふ……あはははっ! どうやら上手く時間を稼げたようね」
勝ち誇ったように笑うツバメ。
スーパーコンピューター・デイドリームのある地下へは、この部屋の隠しエレベーターからしか降りられない。
一体、何をしようとしている?
「学院が隠しているものが何なのか、だいたい予想はついているのよ。さぁ、形勢逆転ね。引き返すなら今の内よ、お姉ちゃん……?」
そう言って、ツバメの幻影は、ふわりと姿を消した。
そのタイミングで、リィトとヒメカが部屋に入って来た。
「ツバキさん、今の衝撃は……?」
「恐らく地下に侵入された。すぐに向かおう」
「えぇっ?! 激ヤバじゃん!!」
「メルリ、ソウマ、ヒグレ。ミカモ先生の指示に従い、ここを防衛してくれ。先輩、生徒たちを頼みます」
「わかった。あとで経費の申請したいから、早く戻って来いよ」
……もしかして、音速戦闘機で消費した財魔力分の額を学院に請求するつもりか?
そう考えると俄然戻りたくなくなるが……生徒の前で弱気な顔は見せられない。
私は理事長らしく堂々と頷き、リィトとヒメカの方を振り返って、
「……行こう。ここからが正念場だ」
自らを奮い立たせるように、そう言った。




