ギャルと幻影
「――ツバメが現れた。理事長室へ急ごう」
ヘッドギアを外し、リィトが言う。
つられてヒメカもギアを外すと、今しがたまでエノシマの海岸だった景色が、現実の視界――ライゼント学院内の視聴覚ルームへと戻った。
ヒメカたちも遠足に参加していると邪神徒に思わせるため、リィトが生み出した蜃気楼に意識を繋げ、遠隔で遠足気分を味わっていたわけだ。
ちなみに、おやつ交換は本当にした。
その証拠に、激辛せんべいの袋や生クリームのスプレー缶がパイプ椅子の上に残っている。
「あらためて見ると、変なカンジ……ホントにバスに乗ってる気分だったのに、身体はここにあったなんて」
と、おやつの残骸を眺めている間に、リィトが視聴覚ルームを出ようとしていた。
ヒメカは慌てて後を追い、声をかける。
「待ってよ! リィト、大丈夫?」
「大丈夫って何が?」
「今から元カノに会うんでしょ? その……ドキドキしてない?」
今のリィトが、元恋人・ツバメのことをどう思っているのかはわからない。
しかし、裏切られ、絶望し、深く傷付いたことだけはヒメカも理解していた。
(もし、元カノのことを恨んでるのなら……その気持ちって、アメノの餌になり得るよね? 元カノに会うことで、憎しみが暴走しちゃったりしないかな?)
リィトは一瞬足を止め、ヒメカを見る。
そして……妖しく目を細め、笑う。
「そりゃあドキドキしてるよ。だって――ようやく復讐できるかもしれないんだから」
……あ、これヤバい。
絶対アメノに喰われるわ。
そう思い、ヒメカはリィトの腕をガシッと掴む。
「だ、ダメだよリィト! 強すぎる憎しみはでっかくなって自分に返ってくるって、さっきニセお嬢様に説教垂れてたじゃん!!」
「僕、そんなこと言ったっけ?」
「言ってたし!!」
「とにかく行こう。こうしている間にも、邪神徒たちが攻めて来ているはずだ」
そう言って、リィトはヒメカを振り払うように走り出す。
(もー……こうなったらあたしが護るっきゃない!)
ヒメカは決意を新たにし、リィトの後を駆け出した。
――今いた視聴覚ルームは、学院本館の二階。
エレベーターで最上階の理事長室まで行き、ツバキと合流する必要がある。
廊下を駆け、エレベーターホールに辿り着くと――そこに、誰か立ってた。
長い銀髪の、美しい女性。
その姿に、ヒメカは「あっ」と声を上げた。
何故なら、知っている顔だったから。
「あの不思議なお店のおねーさん?! なんでこんなトコに?!」
そう。ヒメカに香水の試供品を渡したり、ホトギへのプレゼントを見繕ってくれた、あの店の店主だった。
「この非常時に現れたってことは……おねーさん、やっぱり女神様かナニか?!」
と、ヒメカは興奮気味に言うが……
「…………ツバメ」
……という、リィトの呟きに、カチンと固まる。
「……へっ?? 待って。リィト、今なんて……?」
そんなヒメカの困惑を遮るように、店主の女性がくすりと笑う。
「久しぶりね、リィト。それに、いつも来てくれるギャルちゃん。おかしいわね、二人とも遠足に行っていたんじゃなかったの?」
ヒメカは呆然とする。
リィトのことを知り、名前が『ツバメ』ということは…………
(…………マ?! このおねーさんが、リィトの元カノ?!)
「やっぱりヒメカちゃんに接触していたんだね……僕のバディだっていう情報をナキリから得ていたから」
「そうよ。リリームスクの香水に、桜の形のクッキー……リィトなら気付いてくれると思っていた」
「……どういうつもり?」
低い声で、リィトが問う。
ツバメは妖しく微笑み、こう答えた。
「決まっているじゃない。そのコを通して、私を思い出させて……リィトの心をぐちゃぐちゃにしたかったからよ」
……直後。
リィトは無言で手のひらを掲げ――氷の槍を顕現し、ツバメの身体を即座に貫いた。
「えぇーーっ?!」
あまりに容赦のない攻撃に、ヒメカは真っ青になりながら叫ぶ。
(ぎゃーっ、やっちゃった! どーしよ! このままじゃツバメさん死んじゃうし、リィトは憎しみに飲まれてアメノの餌になっちゃうカモ……!!)
などと、頭抱えるが……
槍に貫かれたツバメは、おかしな角度に身体を曲げたかと思うと、黒い気体に変わり……そのまま霧散してしまった。
「は……消えた……?!」
「今のは賜魔術で作られた幻影。邪神徒たちの常套手段だよ」
どうやら、遊園地の時にヒゲ面の男が用いたのと同じ術だったらしい。
(いやいや……それにしたって躊躇なさすぎるでしょ!)
リィトの殺意の高さに、ヒメカはあらためて戦慄した。
「ツバメの本体は理事長室か、あるいは別の場所か……とにかく、ツバキさんの元へ急ごう」
リィトはボタンを押し、エレベーターを待つ。
いよいよ、邪神徒との全面戦争だ。
(あのおねーさんがリィトの元カノかつ敵の幹部だとは思わなかったケド……こうして攻めて来てる以上、戦いは免れないよね?)
ヒメカは、リィトの横顔を見る。
そして、一度目を伏せ、
(どうか……どうかリィトが、憎しみに飲まれませんようにっ)
そう祈った直後、最上階行きのエレベーターが到着した。




