『ヒーロー』
「――ツバキお姉ちゃんはなんでもできてすごいね。私のヒーローだよ!」
幼い頃、ツバメはよくそう言って私を讃えてくれた。
ツバメは六歳下の妹。
お転婆で勝ち気な私と違い、お淑やかで優しい性格をしていた。
気質は正反対だったけれど、仲の良い姉妹だった。
ツバメが困っているのを助ける度、彼女は私を「ヒーローみたい」だと言ってくれた。
その言葉が嬉しくて、強く正しく美しい人間であり続けようと思うことができた。
だが……私たち姉妹は、ある日を境に離れることになる。
私が十三歳、ツバメが七歳の時、両親が離婚した。
ツバメは母親の元に、私は家事要員として父親に引き取られ、離れ離れになった。
生活力のないダメ親父の面倒を見ながら、私は学業やスポーツに精を出した。
辛くても弱音を吐かず、できることを全力で頑張った。
何故なら、私は"ヒーロー"だから。
ツバメがくれたその称号は、いつだって私の指標であり、お守りだった。
そうして私は、本物のヒーローになるべく、ライゼント学院へ入学した。
最強のギャルを目指し、神律師としての技能を磨き……いつしか教師陣にも引けを取らない賜魔術の使い手になっていた。
――人生の転機が訪れたのは二年生の時。
学院が、邪神アメノの断片に襲撃された。
アメノは生徒たちを次々に狂わせ、その絶望を喰らい、さらに肥大化した。
このままみんな飲まれてしまうのか。
学院が攻め落とされれば、アメノの絶望はニッポン中に広がり、この国は終わってしまう。
絶体絶命の淵に立たされた時、私の前に、三つの光が現れた。
財の神・ミスミ。
健の神・シラヤ。
そして、愛の神・ニナヨ。
三柱は人智を超えた力でアメノを抑え込み、断片を駆逐――したかに思われた。
アメノは神々を欺き、ニナヨ神を攻撃した。
彼女の身体が黒い刃に貫かれる様は、今も目に焼き付いている。
ニナヨ神は力を振り絞り、アメノの断片をなんとか消し去った。
そして彼女は、遺言を私に遺し……現世を去った。
彼女の遺志を元に、私はミスミ神・シラヤ神と協力し、スーパーコンピューター・デイドリームを完成させた。
これにより、ニナヨ神に属する神律師は問題なく賜魔術を使えるようになった。
同時に、学院はアメノに対する秘密と弱点を抱えることとなった。
卒業後、私は試験に合格し、学院の教員になった。
そして、愛神科に入学した妹・ツバメと再会した。
教師と生徒という立場ではあったが、すぐ側でツバメを見守れることを嬉しく思った。
ツバメは高い貰魔力を有する優秀な神律師に成長した。
だが、三年生に上がる頃、授業を頻繁に欠席するようになった。
理由を聞いても「気分が優れなくて」と言うだけで、それ以上話そうとはしなかった。
ツバメはもう子供ではない。私も無理に問い詰めることはしなかった。
その時のことを、私は今でも後悔している。
そこできちんと話を聞けていれば……話すまで根気よく向き合うことができていれば、あんなことにはならなかったのかもしれない。
――ツバメの卒業試験が迫る冬。
ヨコハマのとあるホテル街に、アメノの断片が現れた。
多くの一般人が精神汚染され、阿鼻叫喚の巷と化した。
駆け付けた私が現場で目にしたのは――ホテルの一室に下着姿で佇む、ツバメだった。
「ツバメ……なんで…………」
目を疑う私に、ツバメは笑う。
すべてを諦めたような、悲しげな目で。
「……お姉ちゃんにはわからないよ。小さい頃から何でもできた、完璧な"ヒーロー"には」
そうして、ツバメは語った。
金と貰魔力を稼ぐため、援助交際を繰り返していたこと。
その中で、本気で愛し合える男性に出会ったこと。
卒業後に結婚しようと言われていたこと。
しかし、男には家庭があり、露見した途端に別れを切り出されたこと。
「……私はいつもそう。馬鹿で、弱くて、何にもできないから、お父さんにも選ばれなかった……やっと私を見てくれる人に会えたと思ったら、このザマ。だから…………ぜんぶ壊すことにしたの」
ツバメの身体から、闇より暗いオーラが噴き出す。
その禍々しさには、嫌と言うほど覚えがあった。
「私を選ばない世界なんていらない……私の寂しさを理解しない世界なんて消えればいい。だから、身をもって知らしめるの。私の孤独を、"傷み"を、みんなに伝える…………アメノ様の力をお借りして」
ツバメは、アメノに魅入られていた。
アメノの復活のために暗躍する邪神徒に成り果てていたのだ。
「どうして……何故話してくれなかった! 私はいつだってツバメを想っていた……ツバメを愛していたのに!!」
心からのその叫びは届かない。
ツバメは、私の知らない妖艶な笑みを浮かべると、
「……知ってる。お姉ちゃんが私を愛していること。でもね、私は……綺麗で、強くて、いつでも正しいお姉ちゃんのことが………………ずっとずっと、大嫌いだった」
宿願を果たした復讐者のように晴れやかで、寂しい瞳。
その言葉を最後に、ツバメは……私の前から消えた。
――それから、ツバメが学院に姿を見せることはなかった。
行方を追う中で、私はツバメが、母親の恋人から暴行を受けていた事実を知った。
……何も見えていなかった。
大事だと、愛していると言いながら、ツバメのことを何一つわかっていなかった。
強い後悔と自己嫌悪。
それでも私は、ツバメを探し、止めると決めた。
だって、私はヒーローだから。
それだけが、私を奮い立たせる唯一のアイデンティティだから――
* * * *
『――そちらは? ツバメは現れましたか?』
インカムの向こうでリィトが問う。
私は大きく息を吐き……こう答える。
「ああ、ツバメなら――――今、目の前にいる」
そして、あらためて顔を上げた。
理事長室の中央。
私が座る執務机の前に立つ、一人の女。
月光のように艶めく銀髪に、雪より白い肌。
妖艶さと憂いを纏う美しい顔。
細くしなやかな身体を、今は漆黒のローブで覆っている。
実の妹にして、邪神アメノの信徒・邪神徒の幹部……
久しぶりに対面したツバメは、さらに艶美に歳を重ねていた。
「――今の相手……リィト?」
ツバメが問う。
記憶の中よりずっと蠱惑的な声で。
「ああ、そうだ」
「ふふっ。すっかりお姉ちゃんの犬ね。最初に躾けたのは私なんだから、そろそろ返してもらえない?」
「随分と勝手な言い草だな。リィトは大切な仲間だ、犬ではない。それに、もうツバメの元へは戻らない」
「どうかしら? あのギャルちゃんとの恋愛ごっこを楽しめていればいいのだけれど……そろそろ物足りなく感じている頃じゃないかしら?」
「……そんな話をしに来たわけじゃないだろう?」
目を細め、問う。
ツバメは、優美に微笑み返し、
「そうね。私が来た理由はただ一つ――――ヨコハマ中の絶望を集め、アメノ様を降臨させるためよ」
声に艶やかな熱を孕みながら、答えた。




