聖域
――ツバキの部屋から続くエレベーターは、秘められた地下に直通なのか、途中で止まることなく一気に下降した。
「……さぁ、着いたぞ。学院内でも限られた者しか入るのことできない、『聖域』だ」
ツバキが言うのと同時に、エレベーターのドアが開く。
辿り着いたのは……真っ白で広大な空間だった。
天井も床も白すぎて、果てがどこにあるのかすらわからない。
そんな場所に、ビルのように巨大な機械が一つだけ、どんと聳え立っていた。
ヒメカは近付き、その機械を見上げる。
スイッチやコードが至る所にあり、ランプや液晶パネルがチカチカと光っていた。
(ここが『聖域』……? この馬鹿デカマシーン保管所が?)
首を傾げるヒメカの隣に、ツバキがヒールを鳴らしながら歩み寄る。
「……十五年前、この学院を巻き込む神々の戦いがあった」
そうして、語る。
ヒメカが生まれる前の、あの出来事を。
「当時、私は愛神科の二年生だった。恋と学業に精を出し、順風満帆な学院生活を送っていた。だが……その陰で、アメノの断片が暗躍していた」
「それって、今みたいな状況が十五年前にも起きてた、ってコト?」
「そうだ。人々の負の感情を餌にし、アメノの断片は強大な力をもって学院に攻めて来た」
「マ?!」
「断片は生徒たちの精神を侵し、ゾウオウラを集め、さらに凶悪化した。元々、神律師になり得る者は感受性が豊かなんだ。その感情がマイナスに転じた場合も得られるパワーは大きい。この学院はアメノに対抗する切り札であるのと同時に、最高の餌場でもあるというわけだ」
「そんな……でも、こうして学院が存続してるってことは、アメノの断片に勝ったんでしょ?!」
「ああ、結果だけ見れば勝利したと言えるな。私は、同じく精神汚染を免れた生徒たちと力を合わせて戦った。だが、人間である邪神徒を倒すことはできても、膨れ上がったアメノの断片には太刀打ちできなかった。賜魔術は他者を拒絶し、攻撃する力――憎しみや絶望を糧とするアメノには元々効果が薄い。もうダメだと、誰もが諦めかけたその時…………神が、降臨した」
その時の光景を思い出すように、ツバキが天を仰ぐ。
「財の神・ミスミ。健の神・シラヤ。そして、愛の神・ニナヨ……三柱が実体をもって現れ、アメノの断片と戦ってくれた」
「すご……ってかそれ、もはや神話じゃん! 五百年前の大戦は有名だケド、まさか十五年前にもそんなことが起きてたなんて……!」
「中でも、愛の神・ニナヨはアメノにとって天敵……負の感情を司るアメノとは対極にある存在だ。ミスミとシラヤで断片を弱体化し、ニナヨがトドメを刺す。三柱の完全勝利……かと思われた」
「……違うの?」
ツバキが目を伏せる。
横顔に、悔しさと無力感が滲んでいる。
「アメノの断片は、それまでにない力を発揮し……ニナヨ神を攻撃した。恐らく最初からニナヨ神が標的だったのだ。自らの復活の妨げとなる存在を葬ること……そのために奴は、本当の力を温存していた」
「そんな……」
「ニナヨ神はもてる力を尽くし、それに抗った。途方もない質量の絶望をすべて受け止め、浄化し……そして、何とか断片を殲滅した。しかし……ニナヨ神は助からなかった」
「え…………」
ツバキが、ヒメカを見る。
そして、悲しげに笑い…………こう言った。
「……ニナヨ神は、死んだ。私たち人類を護るため……犠牲になったのだ」
……ヒメカの頭が、真っ白になる。
まるで、この空間を投影するかのように。
「うそ……でも、あたしもリィトも、愛神科のみんなも、ニナヨ神に認められて神律師になったんだよね?! だからこそ、貰魔力を使って賜魔術を顕現できるワケだし……!」
「そう。それを可能にしているのが、目の前にあるこの機械――スーパーコンピューター・デイドリームだ」
ヒメカは、耳を疑う。
つまりは、この巨大な機械が、ニナヨ神の代わりを果たしているということか?
「ニナヨ神の逝去がアメノ側に知られれば、学院は今度こそ攻め落とされ、世界が絶望で染まってしまう。私たちはこの事実を徹底的に隠さなければならなかった。だから私は、ニナヨ神が残した僅かな力を増幅させるこの機械を、ミスミ神・シラヤ神と共に作った。ニナヨ神はまだ生きているのだと、アメノ側に思わせるために」
それこそが、『神の秘密』。
あまりに壮大な話に、ヒメカは震える。
同時に、思い当たる。
この『秘密』を踏まえて、先ほどのドラゴンの一件を考えると……
「まさか、アメノが学院のネットに侵入しようとしたのって……この機械を探すため?! ってことは、既にバレてんじゃん!!」
「我々が危惧しているのはまさにソレだ。恐らくツバメは、このデイドリームに関する情報を何らかの形で入手した。そして、その真偽を確かめるためにクラガノを利用し、アメノの断片をシステム内へ送り込んだのだろう」
「やば……そんなん絶対また攻めてくるに決まってんじゃん! どどど、どーしよ?!」
「しかし、これで確定した。この学院には、邪神徒に情報を流している内通者がいる。そして、その人物にもおおよその見当がついている――リィトの『勘』のお陰でな」
ヒメカは「えっ?」と聞き返す。
ツバキは、ニッと不敵に笑い、
「さらに言えば、こちらには強力な切り札がある。と言うより……今手に入った、と言うべきか」
「へっ……?」
そして、ツバキはヒメカの肩に手を置き……言う。
「ヒメカ。君が、その切り札だ」
「えっ?! あ、あたし?!」
「そう。君は貰魔力0だが、代わりに計測不能な程の『与魔力』を保有している」
「する、ちか……?」
「『他者を愛する力』のことだ。誰もが持つ力ではあるが、能力として発揮できる者はほぼいない。しかし君は、ただ念じるだけでその規格外の力を顕現できる。そして、この愛の力こそが、アメノに対抗し得る唯一の手段となる」
「じゃ、じゃあ……あの仮想空間で発揮した力は、賜魔術じゃなくて……」
「与魔力による魔法――逆・賜魔術だ」
ヒメカは、息を飲む。
そして、自らの手のひらを見つめる。
(……そうだったんだ。あたしの力は、愛するチカラ。アメノに対抗するための、特別な力だったんだ)
そのまま……見つめていた手のひらを、ぐっと握って、
「それって…………最っ高じゃん!!!!」
突然上がった歓喜の声に、リィトがビクッとする。
「あたしにみんなを救える力があるだなんて、超超超うれしい!! あたし、一緒に戦うっ!! アメノの復活を止めて、みんなをぜっったい護ってみせるよ!!!!」
「ふふ、君ならそう言ってくれると思っていた。あらためてよろしくな、ヒメカ」
「うんっ! ツバキ様の仲間になれるとか光栄すぎ! んで、どうやって倒す?! あたしが今から殴り込みに行こっか?!」
「まぁ待て。今回はあちらにしてやられたからな。次はこちらから罠を仕掛け、出し抜いてやろう」
ニヤリ、と悪い笑みを浮かべるツバキ。
その瞬間、ヒメカは目にハートを浮かべ、「はうっ」と胸を押さえた。ツバキのバイタリストが『キュン』と鳴る。
「そのためには、材料を揃える必要があるな……そうだろう? リィト」
ツバキが振り返る。アッシュブロンドのポニーテールが、くるんっと翻る。
どこかワクワクした様子のツバキとは対照的に、リィトは呆れ気味に息を吐き、
「……こんなこともあろうかと、競技大会の開始と同時に、クラガノ君を含むチームメイトのバイタリストのボイスレコードをオンにしておきました。決定的な証拠なら、そこに残っているかと」
「えっ?! いつの間に?!」
「さすがはリィトだな。よし。では見舞いも兼ねて……クラガノのいる医務室へ行こう」
そう言ってツバキは、ヒールを鳴らし、歩き出した。




