深いカンケイ
――その後、ヒメカとリィトとホトギは、仮想空間から離脱した。
現実世界のメタバース教室に戻ると、先にリタイアしていたソウマとヒグレが、ヒメカたちの競技クリアを讃えた。
が、ホトギがインターフェースギアを被ったまま気絶しており、それどころではなかった。
リィトは「説明は後で」と告げ、ホトギを担ぎ、ヒメカと共にツバキのいる理事長室へ向かった。
理事長室は、学院本館の最上階にある。
が、向かう途中で、
「――リィト、何があった?」
異変を察したのか、ツバキの方から駆けて来た。
ヒメカは内心、(ぎゃーっ! 至近距離ツバキ様、美ーー!!)と大騒ぎする。
「仮想世界にアメノが侵入しました。クラガノ君がその媒体に」
「そうか……おい、クラガノを特別医務室へ運べ」
ツバキが言うと、どこからともなく黒スーツの男が現れ、ホトギを背負い連れて行った。
ヒメカが心配しながら見送ると、ツバキが二人を見下ろし、
「君たちは私の部屋へ。状況を詳しく聞かせてくれ」
そう、言った。
(え……憧れの、ツバキ様の部屋に……?!)
などと、ドキドキしながらエレベーターに乗り込み、ヒメカたちは最上階に辿り着く。
降りると豪奢で巨大な扉があり、ツバキが近付くだけで自動的に開いた。
リィトは慣れてるのか躊躇いなく入っていくが、ヒメカは深々と一礼してから、恐る恐る足を踏み入れた。
高い天井に、大きな窓。
西洋の城を思わせるシャンデリアに暖炉。
だがしかし、壁紙はヒョウ柄。
その全貌を目の当たりにし、ヒメカはわなわなと震える。
(これが、ツバキ様のお部屋……最っ強にギャルでファビュラスな内装ッ。感動しすぎて泣きそう!)
感激するヒメカをよそに、ツバキは広い執務机へ座り、言う。
「では、報告を頼む」
途端に、ピリッと引き締まる空気。
リィトは「はい」と答え、報告を始めた。
「競技大会の終盤、ホトギ・クラガノからゾウオウラが発生しました。競技のラスボスであるドラゴンがそれを吸収し、アメノの断片と思われる精神生命体が憑依しました」
『断片』という言葉に、ヒメカはぎょっとする。
つまり、先ほどのアメノは本体ではなく、あくまで各地に残る残留思念の一つだったようだ。
「アメノの目的は、学院のネットワークシステムへの侵入です。僕たちを仮想世界からログアウトさせようと攻撃を仕掛けてきました。しかし――ここにいるヒメカ・ヒメツカワさんが、アメノを殲滅してくれました」
「おおっ」
ツバキがヒメカを見つめる。
そして、太陽のように眩しい笑顔を向けて、
「すごいじゃないか、ヒメカ! やはり私が見込んだ通りの生徒だ。理事長として礼を言う。学院を護ってくれてありがとう」
ヒメカは……感動のあまり、震える。
(うそ……ツバキ様が、あたしの名前呼んで、お礼を……わぁぁああっ! ば、爆発しそう!!!!)
「そそそそんな……なんかたまたまうまくいっただけみたいな?! リィトがめっちゃがんばってくれたお陰ってゆーか!!」
取り乱し、手をぶんぶん振るヒメカに、ツバキは優しく微笑みかけた。
その笑顔にヒメカはトドメを刺され、脳を沸騰させながら昇天した。
「それで……クラガノが絶望するに至った原因は?」
「不明です。最近は欠席がちで、ユーウォッチャーとしての活動も停滞していたようです」
「ふむ……ただ絶望するだけではゾウオウラは発生しない。どこかで邪神徒の介入があったはずだが……学院内ではなく私生活で何かあったのか?」
ツバキとリィトのやり取りを聞き、ヒメカの思考が復活する。
二人の疑問の答えに、心当たりがあるからだ。
「あたし……知ってるかも。ホトヤンがメンタルやられてた理由」
「本当?」
「うん。ホトヤン、彼女がいたんだケド、最近連絡取れないって落ち込んでたの。でも先週、覚悟キメて彼女の家に行くって言って、そっから学校休んでた。今日も大会に遅れて来て、ずっと元気なかったし……たぶん、フラれたんだと思う」
「その恋人に心当たりは?」
「わかんない。でも、なんかひどいフラれ方したっぽい。炎上覚悟で彼女いることをファンに公表したり、彼女のために豪邸買ったりしたのに、他の男と……みたいなコト言ってた。あと……」
……そう。
確か、ホトギは……こう呟いてた。
「彼女の名前かわかんないケド…………『ツバメ』、って言ってた気がする」
――ガタッ。
聞いた瞬間、ツバキが立ち上がる。
エクステに縁取られた目で凝視され、ヒメカは驚き狼狽える。
「えっ? あたし、なんか変なコト言った?」
すると……ツバキが、こう呟いた。
「ツバメ…………また、あいつの仕業か」
ヒメカの隣で、リィトが俯く。
そして、一つ息を吐き、
「……ヒメカちゃん。最高の手がかりをありがとう」
と、礼を述べた。
わけがわからず、ヒメカが「へっ?」と聞き返すと、リィトは苦笑し……こう言った。
「その『ツバメ』って人…………僕の元カノだよ」
……ヒメカの目が、点と化す。
(…………マ??!! リィトと散々ヤリまくった挙句、裏切ってフッたっていう、あの元カノ?!)
さらに、ツバキがこう続ける。
「そして――私の実の妹でもある」
……………………マ、
「マぁぁああっ??!! じゃ、じゃあ、ホトヤンの元カノはリィトの元カノで、ツバキ様の妹……?! なにそのドロッドロな関係値! それって、つまり…………」
ごきゅっ……
と、ヒメカは喉を鳴らして、
「リィトとホトヤンは穴兄弟で……あたしとリィトが付き合ったら、あたしとツバキ様は竿従姉妹になれる……ってコト?!」
そう、言い放った。
直後、リィトが「ぶはっ」と吹き出し、ツバキが豪快に笑い出す。
「あっはっは! 竿従姉妹とはよく考えたな! 文字通り、深い繋がりのある関係になれそうだ!」
「ツバキさん……面白がらないでください」
「ははは。すまんすまん」
大笑いするツバキに、リィトが恨めしそうにツッコむ。
それから、リィトは「んんっ」と咳払いをし、
「……前にも話したけど、ツバメはアメノの信徒・邪神徒の幹部なんだ。高い財魔力が見込まれるクラガノ君に近付き、絶望させることでゾウオウラを集めようとしたんだろう。僕の時と同じやり方でね」
「邪神徒にとって、この学院の存在は邪魔でしかないからな。生徒を介し、学院を内部から混乱させることが狙いか」
リィトとツバキの補足に、ヒメカは納得する。
ホトギは、ライゼント学院に入学することをだいぶ前から動画配信で公表していた。そのせいでツバメに目を付けられたのだろう。
リィトが続ける。
「先日の遊園地の件といい、今日の件といい……邪神徒は明らかに学院の生徒を標的にしています」
「ああ。その上、襲撃の頻度も大胆さも、これまでの比ではない。先ほどの断片とは別の、より強力な断片がバックについているのか。あるいは……」
「……封印された本体の復活が近いのか」
ツバキの言葉を継ぐリィトの呟きに、ヒメカが「えぇーっ!」と叫ぶ。
「それはさすがにヤバいって! 五百年前の大戦の時も、邪神のせいでメンタルやられた人が続出したってミカモ先生言ってたし! 絶対に止めなきゃじゃん!!」
「僕が最も危惧しているのは、奴らが学院のシステムネットワークに侵入しようとした事実です。断片はこう言っていました――『貴様らが隠しているモノを見せろ』と」
ツバキの眉が、ピクンと跳ねる。
「まさか……奴らは『あのこと』に気付いているのか?」
「可能性はあります。復活を前に、最大の障害を無力化させるつもりなのかもしれません」
「なになに? それって、なんの話?」
ヒメカが尋ねると、ツバキはじっと彼女を見つめ……
「……そうだな。知ってもらうには、いい頃合いかもしれない」
「ツバキさん」
「リィトの気持ちはわかる。だが、私はヒメカの入学が決まった時から、いつか話すと決めていた」
そして、ツバキはニッと笑うと、
「ヒメカ。君は……何のために神律師になった?」
そう、問いかけた。
ヒメカは、考える。
自分が、神律師を志した理由。
それは、ツバキに助けられたあの日から、一秒たりとも変わってはいない。
「決まってんじゃん……みんなを助けられる、最強ギャルになるため! あたしの力でみんなを……世界を笑顔にするためだよ!!」
迷いのない、真っ直ぐな瞳。
それを見据え、ツバキは大きく頷く。
「いい返事だ。では……君に、『神の秘密』を教える。ついて来い」
そう言って、暖炉に近付いた。
ヒメカがぽかんとしてると、突然暖炉が「ゴゴゴゴ」と唸り、壁ごと回転して……裏からエレベーターの扉が現れた。
「これで地下へ向かう。さぁ、乗れ」
「やばーっ! ってか学院に地下なんてあったの?! まじアガるんだけど! や、地下だからサガるのか!」
目を輝かせ、はしゃぐヒメカ。
しかし、リィトは釈然としない表情をしている。
「ん? リィト、どしたの?」
「私の意向に納得していないんだ。秘密を知れば、ヒメカを邪神徒との戦いに巻き込むことになる……君を危険な道へ引き込むことが、心配で堪らないのだろう」
「え……」
ヒメカは、リィトに視線で問いかける。
するとリィトは、図星なのか、顔をふいっと背けた。
ヒメカは胸がきゅっとなり、思わず腕に抱き付く。
「もーリィトってば! そんなにあたしのコトが大事なの?」
ヒメカとしては、茶化したつもりだった。
いつものように淡々と、「そうかもね」とはぐらされるのだと思っていた。
それなのにリィトは、真剣にヒメカを見返し、
「……そうだよ。ヒメカちゃんには……辛い思いをさせたくない」
……と、切なげに言った。
直後、
――『キュン』
すぐに鳴る、リィトのバイタリスト。
ヒメカがときめいた音だ。
それに、何故かツバキが嬉しそうな顔をする。
「おお、噂通りのチョロさだな。これは竿従姉妹になれる日も近いか?」
「……ツバキさん」
「あっはっは! すまんすまん。では、向かうとしよう」
からっと笑うツバキと、ジトッと睨み付けるリィト。
そんな二人を眺め、ヒメカは無邪気に笑い、
「リィトとツバキ様って……めっちゃ仲良しだね!」
……なんて言うので。
リィトはいくつもの言葉を飲み込むような顔をして、「……はぁ」とため息をつくのだった。




