魔竜降臨
ヒメカのツッコミに、リィトが眼鏡を押さえながら頷く。
「うん。舟を顕現したとしても、とてもじゃないけど下れないね」
「だよね、ほぼ垂直に水落ちてるし! 飛沫ヤバすぎて下流がどうなってるかも見えないし!!」
「チェックポイントはこの下にあるから、降りないわけにはいかない。作戦を変更しよう」
「ど、どーすんの?」
「パラシュートを造るよ。僕とヒメカちゃんはそれを使って下降しよう。クラガノ君は、そのままジェットパックを使ってもらえるかな?」
リィトが尋ねるが、ホトギは上の空。
先ほどからずっとこの調子だ。
リィトが「……クラガノ君?」と顔を覗くと、彼はようやくはっとなり、
「あ、ああ、うん。わかった」
そう言って、ジェットパックを背負い直した。
(うーん。ホトヤンは相変わらず暗い顔でボーッとしてるし……ほんとに大丈夫かな?)
ヒメカが心配を募らせている間に、リィトが手を掲げる。
頭の中で、パラシュートを造っているのだ。
『造る』と一言で言うが、常人には不可能な離れ業である。
愛の神・ニナヨが認めし者が操れるのは、自然界に存在するものを想像の力で顕現する魔法。
その制約の中でパラシュートを造るとなると、まず素材の原料となる綿などの植物を想像し、次にそれを撚り合わせ糸を作る行程を、さらにはそれを織り、布やロープを作る行程を細かに想像しなければならない。
補強するための糊や樹脂も然り。
いずれも具体的かつ精巧な想像が必要となる。
もちろん、想像するための知識と集中力も。
去年の夏から理事長ツバキの元で鍛えていたとはいえ、リィトのこの"想像力による創造力"は学院トップクラス――いや、熟練の神律師と比べても特出していると言えよう。
リィトは、しばらく沈黙したのち……顔を上げ、パチンッと指を鳴らした。
その途端、バサッと音を立てながら、パラシュートが顕現する。
ロープは植物の蔓で、風を受ける部分や座る部分には補強された布が張られていた。
ヒメカは目を丸くし、手を叩く。
「すごっ! まじでパラシュートじゃん! 想像力えっぐ! やっぱリィトって変態だね! あ、イイ意味でね!」
「『変態』はどうあっても良い意味にはならないと思うよ」
淡々とツッコみながら、リィトはパラシュートを自らの身体に固定していく。
「とにかく時間がない。僕が操縦するから、ヒメカちゃんは前に座って」
「えっ?! それって……」
リィトに後ろから、ハグされるってコト?!
などと照れている時間もない。
ヒメカはリィトに指示されるまま、彼の脚の間に座り、左右のロープを掴む。
後ろからリィトに「走って!」と言われ、ヒメカは断崖絶壁に向かって走った。
パラシュートが風を受けて膨らみ、後ろに引っ張られるが、それでも足は止めない。
そして――
「と……飛んだぁぁああっ!!」
リィトが生み出したパラシュートは、見事に滑空を始めた。
どうどうと落ちる瀑布を背に、鳥のように降下していく。
「やばぁっ、超きもちー! リィト見て見て、虹ー! 自撮りしたーい!!」
「危ないから駄目だよ」
ヒメカが「そんなぁー」と嘆いた直後、ホトギもジェットパックを起動させ、飛んで来た。
少しのタイムロスは生じたが、このまま地上に到達できれば十分に巻き返せる。
「おっ、だんだん下が見えてきた! 滝が川になって、森の中に続いてんね。あ、見て。あの辺だけ木がない。もしかして、あそこにドラゴン出てくるカンジ?!」
「ヒメカちゃん。揺れるから、あまりキョロキョロしないで」
リィトに後ろから窘められ、ヒメカは「ひゃっ」と身体を震わせる。
気にしないよう景色に集中していたのに、こう耳元で喋られては、否が応でもこの密着感を意識してしまう。
(自覚ないかもだケド、リィトって地味に声も良いからッ! あんま耳元で喋んないでほしい……っ!)
なんて、あやうく『キュン』しそうになっていると……
――ぼすんっ。
ホトギの背中から、異音がした。
ヒメカとリィトが、「え?」と固まる。
見れば、ホトギのジェットパックのジェットが、停止していた。
「へっ? ……うわぁぁあああああっ!!」
手足をバタバタさせながら、ホトギが落ちていく。
地上まではまだ二十メートルほどある。仮想空間なので命には関わらないが、墜落すれば即リタイアだ。
ヒメカが「ホトヤン!」と叫ぶ。
が、その間にリィトは動いてた。
賜魔術を使い、ホトギの落下地点に巨大な雪だるまを顕現させたのだ。
もはやお馴染みのデザインである。
ホトギは、柔らかな雪の上に「ぼふっ」と着地した。
ヒメカとリィトもその近くに降り立ち、ホトギの状態を確認する。
「クラガノ君、大丈夫?」
「ぷはっ……はぁ、死ぬかと思った……急にジェットが壊れるなんて、安物を選んだツケかな。はは、とことんツイてねーや……とにかくサンキュ、カミナっち」
その自虐にはコメントしづらいところだが、とにかく怪我がなくてよかったと、ヒメカは胸を撫で下ろす。
「って……待てよ。カミナっちの今の賜魔術、けっこう貰魔力使ったよな? 使用上限、大丈夫か?」
ホトギが雪の中から立ち上がり、顔を青くする。
ほっとしたのも束の間、ヒメカも額に青筋を立てる。
「そうじゃん! ただでさえ予定外のパラシュート作ったのに、今の雪だるまでリィトの貰魔力めっちゃ消費したんじゃない?!」
「えっと……非常に言いにくいんだけど、正直、かなりやばい。予定していたような対ドラゴン用の武器は作れないかも」
「やっぱりぃぃいいっ?! どどどどうしよ!」
ぱんっ、とホトギが手を合わせ、頭を下げる。
「ごめん! 完全にオレのせいだ。ドラゴンの討伐にはカミナっちの賜魔術が欠かせないってのに……あぁもう、何やってんだオレは」
「だ、大丈夫だよホトヤン! ソウマとヒグレっちの賜魔術はまだ余裕あるし、ドラゴン超弱いかもしんないし!」
「うん。僕も武器の錬成が難しいだけで、純粋な賜魔術攻撃なら少しはできる。うまくやれば勝機はあるよ」
ヒメカとリィトが励ますが、ホトギは暗い顔のままうなだれる。
「……足を引っ張って、本当にごめん」
「気にしないで。さぁ、最終ポイントへ向かおう」
リィトの言葉に頷き、ヒメカたちは駆け出した。
* * * *
滝の下にあるチェックポイントを通過し、ヒメカたちは森を抜け、いよいよゴール前に辿り着いた。
場所は、先ほどパラシュートで降下中に見えた、開けた場所。
しかしドラゴンも、ミコたち三人の姿もまだなかった。
「あれ? あたしらのが先に着いちゃったカンジ?」
と、ヒメカが呟くと……茂みの向こうから、誰かがふらりと現れた。
身体中土埃に塗れ、肩を押さえた、ミコだった。
「お嬢様?! ボロボロじゃん! どうしたの?!」
「ここに到着した後、すぐにドラゴンが現れて……ユサさんとソーマさんは、既にやられましたわ」
「マ?!」
「わたくしの財魔力も残り僅か……ひとまず森の中へ退避して、あなたたちを待っていたところですの……」
健神科の二人が、リタイアした。
つまり、残りの四人中二人がリタイアすれば、その時点で競技は失格となる。
想像以上に強いらしいドラゴンに、ヒメカは戦々恐々とする。
「それで、ドラゴンは今どこに?」
リィトが尋ねると、ミコは上を見上げ、
「わたくしを探して、上空を旋回しています」
「でも、さっき空から降りてきた時には何もいなかったよ?」
「チェックポイントを通過しなければドラゴンは認識できないのです。その証拠に……ほら。見えませんこと?」
ミコが言った直後……ヒメカたちの足元に、影が落ちた。
同時に、巻き上がるような風と、バサバサという音。
恐る恐る見上げると……
銀の鱗に覆われた巨大なドラゴンが、翼をはためかせ、降臨した。




