仮想空間
それから一週間後――
三科合同・賜魔術競技大会の日が、ついにやってきた。
「わぁ……ここがメタバース教室? まじアガる!!」
ヒメカは、大会の会場となる教室を見回す。
正面に巨大なモニターがある、映画館のような空間だ。
しかし、ずらりと並ぶ座席は客席というより操縦席の様相を呈しており、複雑な機器がいくつも取り付けられていた。
「わたくしたちのチームの座席はここですわ。みなさん、まとまって座るように」
ミコの仕切りに従い、ヒメカたちは指定された席に着く。
すると、隣に座ったリィトが、
「ヒメカちゃん。打ち合わせ通り、僕に任せてね」
と、密かに耳打ちした。
結局、貰魔力0のまま大会当日を迎えたため、リィトにサポートしてもらうことになったのだ。
悔しさと情けなさに歯軋りをしながら、ヒメカはそれに答える。
「うう、ありがとっ。足引っ張らないようにがんばるから。って……ホトヤンまだ来てなくない?」
他のチームは着席完了したというのに、ホトギだけが現れていない。
というより、贈り物を渡したあの日から、ヒメカは彼の姿を見かけていなかった。一体、どうしたのだろうか。
するとその時、正面の巨大モニターに愛神科の担任であるミカモ・ナナカマドが映った。今日も今日とて、年齢不詳な幼さと愛らしさを放っている。
『では時間だ。各自、インターフェースギアを装着し、競技を始めてくれ』
「げっ。ホトヤン来てないのに始まっちゃった。どーすんの?」
「仕方ありませんわ……とりあえず、このメンバーでいきましょう」
ミコが言うのを聞き、ソウマとヒグレが頭にヘッドギア――ヘルメットとゴーグルを合わせたような機器を被り始める。
ホトギのことは心配だが、始めるしかない。
ヒメカとリィトもギアを被る。
そして、手に嵌めたグローブ型の機械のボタンを押すと、視界が切り替わり――
――気付けば、高い岩山の上にいた。
「わぁっ、ビビッたぁ!」
ヒメカは咄嗟に足をひっこめ、身体を縮こませる。
底の見えない崖下へ、赤い土がパラパラと落ちていった。
その後ろで、ソウマが感心したように周囲を見回す。
「これが仮想空間か……思ったよりリアルだな」
「ふっ、当然ですわ。ミコシバの叡智を集結させた最新鋭のVR技術ですもの。プレイヤーの脳に直接作用することで、よりリアルな五感体験を可能にしているんですの」
「脳に直接……そう言われると、ちょっと怖い」
ヒグレの呟きには、ヒメカも同意だった。
ゴツゴツした岩山が視界いっぱいに広がり、風や土のにおいまでリアルに感じられる。
これが作られた世界だと思うと恐怖さえ覚える。さすがは世界のミコシバだ。
「悪ぃ、遅れた」
と、そこで、何もない空間からホトギが現れた。
どうやら無事にエントリーできたらしい。
「ホトヤン! よかった、間に合ったんだ!」
「これで全員揃いましたわね。では、作戦の通りに……参りますわよ」
ミコがザッと足を踏み出す。
草木も生えない岩肌から、砂埃が舞い上がる。
そして……
「――万象載典、オープン!」
ミコが手を振るう。
と、半透明に輝く本が、その手に現れた。
ミコの目の前に浮き、ページがパラパラと捲られていく。
「購入:『木製の橋』!」
ミコの声に呼応し、本のページがぴたりと止まり……
強い光を放ったかと思うと、行く手を阻む深い谷に、一本の橋が架かった。
ヒメカは目を見開き、興奮する。
「すごっ! これが財神科の賜魔術?! まじでモノが出てきた!」
「想像で現象を起こす愛神科と違い、財神科の賜魔術は世界中に実在する商品を財魔力で購入するシステムですの。無限に近い品々から金額と質の見極め、選定する……そこが神律師としてのセンスの見せどころでしてよ」
得意げに言って、肩にかかる髪を払うミコ。
尊敬の眼差しを向けるヒメカの横で、リィトが一歩前に出る。
「ありがとう、ミコシバさん。それじゃあ、先へ進もう」
ソウマとヒグレも頷き、橋の上を歩き出した。
一番後ろを歩くホトギに、ヒメカは「彼女とどうだった?」と尋ねようとするが……
その表情は明らかに暗く、目の下にはクマがあり、何なら少しやつれていた。
「……………………」
諸々を察したヒメカは、唇をぎゅっと閉ざし、ホトギから離れる。
(……オッケ。ホトヤンの傷心を癒すためにも、この大会で絶対に上位に入って、良い成績取ろうっ!)
ヒメカが決意を新たにする中、一行は橋の先にある岩山に辿り着いた。
山は三つに連なっているが、どれも見上げるほど高く、比例するように谷底は深い。
意識だけの仮想空間だとわかっていても、落ちた時のことを考えるとゾッとした。
「うっし。んじゃ、俺たちから行くぜ。筋力増幅!」
ソウマが気合満点に叫ぶ。
と、その身体が虹色に光り始めた。
隣にいるヒグレも同じだ。
二人は高く跳躍したかと思うと、岩肌にしがみつき、ボルダリングのごとく登り始めた。
「……三つ目の山の上で待ってる」
ヒグレは控えめな声で言い残し、あっという間に一つ目の山を越えて行ってしまった。
それを見届け、ヒメカは「すごーっ!」と目を輝かせる。
これが、健神科の生徒が発揮する賜魔術――筋力や瞬発力といった身体能力の爆発的な向上である。
「わたくしたちも行きましょう。クラガノさん?」
「あ、ああ。今出す」
ミコに言われ、ホトギが半透明の本――万物を購入できるカタログ・万象載典を召喚する。
そして、作戦通り、ジェットパックを二つ顕現させた。
ホトギとミコはすぐにそれを背負い、ジェットを噴射。
そのまま宙に浮き、岩山を飛び越えて行った。
「はぇ……みんなかっこよ」
「僕たちも行こう。ヒメカちゃん、捕まって」
そう言って、手を広げるリィト。
事前の打ち合わせで、ここはリィトが顕現した蔓を使って山を越えることになっていた。
そのため……ヒメカはリィトに抱き付く必要があるのだ。
ヒメカは恥ずかしさから、おずおずと彼に近付く。
「う……うん。ヨロシク」
そうして遠慮がちに腰へ腕を回すと……突然、リィトにぎゅっと抱き締められた。
ヒメカはたまらず「ひゃあっ!」と声を上げる。
「もっとちゃんと捕まらないと危ないよ」
「こ……こう?」
「そう。そのまま……僕から離れないでね」
囁くようなその声に、ヒメカは沸々と顔を紅潮させる。
(耳元で言うなしっ! つーか、絶対わざとでしょ?!)
と、危うく『キュン』しかけた直後。
ヒメカの身体が、ギュインッと宙に持ち上がった。
リィトが顕現した蔓が収縮し、岩山の上まで一気に引っ張り上げられたのだ。
さながら、逆バンジー。
落ちないよう夢中でしがみついていると……いつの間にか、三つ目の岩山の頂上に降り立っていた。
先日の遊園地で乗ったジェットコースターの感覚を思い出し、ヒメカはたたらを踏む。
「おぇ……ガチでヤバかった……」
「全員揃いましたわね。では、チェックポイントを踏みますわ」
岩山の頂上に、青く光るマンホールのようなものが設置されている。これが、得点が加算されるチェックポイントだ。
ミコが踏むと、『OK!』という光が浮かび上がった。
ソウマが「よし」と頷き、確認するように言う。
「ここからは、二手に別れるんだよな?」
「ええ。左が雪の斜面、右が川下り。作戦通り、いいですわね?」
「おうっ」
再び、ミコが万象載典を開き、スノーボードを二枚顕現した。
それをソウマとヒグレがすぐに装着するが、ミコの分のボードはない。
「あれ? お嬢様はどーすんの?」
「わたくしは滑れないので……こちらに乗りますわ」
そう言って、顕現したのは……そりと、二頭のシベリアンハスキー。
まさかの、犬ぞりである。
「ここは仮想空間ですから、これも非実在の犬でしてよ。競技終了後に飼育する必要もありませんのでご安心を」
「な、なるほど……たしかに、スノーモービル買うよりは安く済みそうだもんね」
「そういうことです。では参りましょう。はいやーっ!」
ビシィッ! と鞭を鳴らし、雪の斜面を滑り下りるミコ。その見事な鞭捌きに、ヒメカはゴクリと喉を鳴らす。
「やっぱ、お嬢様じゃなくて女王様だわ……」
「僕たちも行こう。と、言いたいところだけど……ちょっと想定外だね」
と、リィトがもう一方の下山ルートを見下ろし、言う。
……実のところヒメカも、先ほどから「ゴゴゴゴゴッ」と背景音が鳴っているのを無視していたのだが……
「これ…………川下りっつーか、滝じゃん!!!!」
……そう。
ヒメカ・リィト・ホトギの三人は川を下り、岩山の麓にある次のフィールドへ進む予定なのだが……
目の前にあるのは、どう見ても滝だった。




