マカロンと桜
学校を出たヒメカは、厚底スニーカーから車輪を出し、スケーターモードに切り替えた。
もうすっかり五月だ。
屋上緑地の桜は散ってしまったが、代わりに青々とした新緑が眩しい季節となった。
(あ、そうだ。あのおねーさんのお店、また探してみよっ。何故ならぁ……お給料が入ったから!)
ヒメカはスケーターで、くるりとターンする。
ライゼント学院は、アコード省が管轄する国立学校だ。
そのため、生徒は入学と同時に国家公務員になる。
毎月給与が出る代わりに、有事の際にはニッポンのために戦力として動員されるのだ。
(でも、あのおねーさんのお店、前に行こうとしたら見つけらんなかったんだよね。そんで、撮影会に行こうとしてるメルりんに会ったんだっけ。たぶん、この道で合ってると思うんだケド……)
「……あっ、あった!」
今回は、すぐに見つかった。
ビルの谷間に佇む、鳥かごのような外観の店。
蔦が絡む窓に、空の青が反射している。
「こんにちはー! やってますかー?」
店のドアを開けると、前回もらった香水の匂いがふわりと香った。
棚に並ぶ香水瓶に鉢植え。星のように輝くアクセサリー。
それらを目にするだけで、ヒメカはわくわくと胸を踊らせた。
「あら、いらっしゃい。しばらくぶりね」
と、店の奥から店主の女性が現れた。
相変わらず女神のような爆美女だと思いながら、ヒメカは元気に挨拶する。
「おねーさん久しぶり! こないだは香水の試供品くれてありがと!」
「どういたしまして。その後、例の彼とはどう? うまくいってる?」
「あはは……まぁ、それなりに?」
「今日はどうしたの? 何かお探し?」
「コスメってある? 新しいリップとアイシャドウ欲しくて!」
「それなら、こっちの棚にあるわ」
「ほんとだ! 超可愛い! あと、入浴剤ってあるかな? リフレッシュできそうなヤツ」
「もちろん、あなたが望むものならなんでも。自分用?」
「ううん、こっちはプレゼント。なんか友達が元気なくてさ。疲れてるっぽいから、癒しをあげたくて」
「そう。なら……この入浴剤がおすすめよ」
女性は、アンティーク調の引き出しから何かを取り出し、ヒメカの手に乗せた。
マカロンの形した、固形の入浴剤だ。
「わ、可愛い!」
「身体が温まるし、香りにはリラックス効果があるわ」
「これ買うー!」
「ありがとう。他に必要なものはある?」
「んーと……甘いお菓子があれば買いたいかな」
こちらは、リィト用だ。
リィトは、学食でパンケーキとワッフルとシフォンケーキを日替わりで注文するほどの甘党である。
今度、ヒメカの部屋に呼んだ際のお茶菓子として買っておきたかった。
すると、店主の女性が優美に笑い、
「……ふふ。それは、例の彼用ね?」
「えっ?! なんでわかんの?! おねーさん超能力者?!」
「あなたの顔を見ればわかるわ。……大事なのね、彼のことが」
胸の内を見透かすような視線に、ヒメカは顔を赤らめ、口を閉ざす。
(うっ……たしかに、リィトのコトは大事だケド……あらためて言われると、ちょっと照れる……っ)
「こ、今度遊ぶ約束したから、お茶菓子にね!」
「なら、このクッキーなんてどう?」
そう言って女性が差し出したのは、桜の形をしたミニクッキーの詰め合わせだ。包装もピンクに彩られ、実に愛らしい。
「可愛いー! これにするー! あ、友達にもあげたいから二袋ちょーだい!」
「わかったわ。プレゼント用の袋も付けておくわね」
そうしてヒメカは自分用の化粧品も選び、入浴剤とクッキーと合わせて支払いを済ませた。
商品を包む女性のしなやかな手つきを眺め、ヒメカは思わず笑みを浮かべる。
「おねーさんのお店って欲しいものなんでも揃うし、まじですごいね!」
「喜んでもらえて嬉しいわ。はい、どうぞ」
差し出された紙袋にヒメカが「ありがとー!」と手を伸ばすと……女性が、手を重ねてきた。
そのままそっと握られ、思わずドキッとする。
「えっ?」
「………………」
女性は何も言わずに、ヒメカのことをじっと見つめている。
その瞳の色は、まるで夜空だ。
黒曜石のように黒いけれど、憂いにも似た藍を帯びている。
肌は雪を思わせる白さで、唇の朱が花のように映えていた。
その唇が、静かに動く。
「……あなたって…………」
「な、なに……?」
ヒメカを見つめたまま、女性が何かを言いかける。
しかし、
「……ううん。どこにでもいる、ごく普通の女の子だなって思っただけ」
にこっと笑って、そんなことを言い放った。
その言葉に、ヒメカはぱちくりとまばたきをする。
「……それってディス? それとも褒められてる?」
「もちろん褒めているのよ。ちょっと目立つ格好をしているけれど、優しくて素敵な女の子よね」
「えー嬉しー! おねーさんもめっちゃ素敵だよ! 男だったら惚れてた!」
「あら? 私は女の子も大歓迎よ?」
「えっ?! ちょ、まじでドキッとするじゃん!」
「ふふ。……贈り物、喜んでもらえるといいわね」
ヒメカはドキドキしたまま商品を受け取り、「ありがと!」と短く言って、店を後にした。
女性の魅力に当てられたのか、頭がクラクラしていた。
火照った頬を冷ますように、エアスケーターでしばらく走るが、
(……って、そうだ。せっかくならメルりんにも何か買えばよかった! 動画バズっておめでとうのプレゼント! このクッキー可愛いし、もう一袋追加で買っちゃおっと!)
すぐにUターンして、来た道を戻る。
ビルとビルの間の暗い路地をスケーターで進み、店を目指す。
しかし……
「…………あれ?」
あの女性の店には辿り着かず、ヒメカの足は路地を抜け、反対側の大通りに出てしまった。
おかしい。今回は絶対に道を間違えていない。
そう思い、もう一度引き返すが……結果は同じ。
……消えてしまった。
あの店も、店主の女性も。
残されたのは、ヒメカの手元にある紙袋だけ。
ヒメカは、ごくっと喉を鳴らす。
前回もそうだった。道は間違えていないはずなのに、あの店を見つけられなかった。
もしかすると、あの店は……いや、あの女性は……
「に……人間じゃ、ない……?!」
* * * *
――幽霊に妖怪。キツネにタヌキ。
古来より、ここニッポンには人を化かす怪異の伝説が数多くある。
あるいは……『神隠し』をはじめとした神による事象も、無きにしも非ず。
(なら、あのおねーさんはどれに当てはまるんだろ……見た目的にはキツネっぽさもあるケド、迷えるギャルを救う美の女神さまって可能性も……)
などと考えながら、翌日。昼休み。
ヒメカは入浴剤とクッキーが入った紙袋を手に、学院の廊下を歩いていた。
(ま、バスボムもクッキーもこうして手元に残ってるし、お金を騙し取られたわけじゃないから、いっか! レアな経験ができてラッキーってコトで!)
と、持ち前の明るさ(能天気さとも言うが)で、昨日遭遇した奇妙な出来事を早くも忘れようとしていた。
そうして、ヒメカは愛神科の教室がある三階から二階へと下り――
「――はい、ホトヤン。これあげる!」
財神科の教室を訪ね、ホトギに紙袋を渡した。
「え……オレに?」
「そっ。バスボムとクッキーだよ。ホトヤン、なんか元気ないっぽかったからプレゼント。あ、甘いもの大丈夫だった?」
突然の贈り物に、ホトギは驚きながら袋の中をあらためる。
「マカロンと、桜……」
「あっ。そのマカロンはバスボムだから食べないでね! 口から泡出ちゃうから! あ、でもユーウォッチャー的には、その方がおもしろ展開になるのかも?」
などと首を傾げていると……ホトギが、静かに涙を流し始めた。
「って、ホトヤン泣いてる?! ちょ、どしたの?!」
「ごめ……マカロンも桜も、彼女との思い出があるものだったから……ちょっと驚いた」
「まじ? すごい偶然だね! でも、なんで泣くの?」
ホトギは、一度口を閉ざすと……紙袋を握る手に力を込め、こう答えた。
「……実は最近、彼女とうまくいってないんだ。と言うより、音信不通で」
「え?! ヤバいじゃん!!」
「そうなんだよ。こっちから連絡しても返事がなくて……このまま自然消滅なのかな? って思うと、怖くてさ」
「そっか……だから元気なかったんだね」
「……失いたくないんだ。初めて本気で好きになった人だから。連絡がついたらついたで正式にフラれそうで、最近は何もできなくなってた。けど……これを見て、決心がついたよ」
ホトギが、顔を上げる。
そして、ヒメカを真っ直ぐに見据え、
「……彼女に、会いに行く。家の場所は知ってんだ。ちゃんと顔を合わせて、オレのことどう思ってんのか聞いてくるよ」
「すご。ホトヤン、ちょー漢じゃん!」
「へへっ、そりゃあな。ヒメちゃむがコレくれたから勇気が出たよ。ありがと」
そう言って、ニッと笑うホトギ。
どうやら彼を励ますことができたようだと、ヒメカはほっと胸を撫で下ろす。
(っていうか、あのお店のおねーさん、まじですごくない?! ホトヤンの背中押すのに必要なものを選んでくれてたワケでしょ?! やっぱり、神さま的な存在なんじゃ……?!)
などと考えつつ、ヒメカはホトギの背中をバシッと叩く。
「ホトヤンなら大丈夫だよ! 当たって砕けろ!」
「いや、砕けちゃダメだろ」
「いい報告待ってるからね! がんばっ!!」
言って、握った拳を差し出す。
するとホトギも、拳を掲げ、
「おうっ。頑張るわ!」
笑いながら、拳をこつんとぶつけた。




