恋人たちの楽園
――その後、メルリのライブは無事に終了した。
途中、ツバキさんが到着し、会場周辺の捜索をしてくれた。
さらに、アンケートの配布という名目で観客全員を一つの出口から退場させ、怪しい者がいないか確認したが……
あのヒゲ面の男も、仲間らしき人物も見つけられなかった。
どうやら邪神徒たちは、遠隔であの術を発動させていたらしい。
スーツ姿の男だけは幻影ではなく実体で、僕の蔓にしっかり縛られたままステージ裏に転がっていた。
邪神徒でもなければ神律師でもない、普通の人間だった。
いかがわしい撮影会の余罪や邪神徒との繋がりについて厳しく尋問されることを期待し、僕はその身柄をツバキさんに託した。
「……ツバキさん。最後に一つだけ、いいですか」
別れ際。
僕は声を潜め、ツバキさんにスマホの画面を見せる。
そこには、とある人物の写真が映されている。
「……この生徒について、探りを入れていただけませんか?」
「ん? 何か気になることでもあるのか?」
「ただの杞憂かもしれませんが……なんとなく、最近変わった気がして」
「ふむ……わかった。君の女を見る目は確かだからな、調べてみよう」
「……嫌味ですよね? それ」
ジトッと睨む僕に、ツバキさんは悪戯な笑みを返し、部下と共に去って行った。
……さて、これで一旦仕事は終わりだ。
ヒメカとのデートに戻るとしよう。
* * * *
ツバキさんを見送った後、ステージ裏の控え室に向かうと、ライブを終えたメルリをヒメカとホトギが囲んでいた。
「あっ、リィトくん!」
僕を見るなり、メルリがぱぁっと笑顔になる。
「ライブ、どうだった? 私的には最高のパフォーマンスができたと思うんだけど……」
「うん、最高だったよ。歌もダンスも上手くて、目が離せなかった」
「ほんと? よかったぁ……お客さんたちがすごく盛り上がってくれたから、私も楽しんで歌うことができたの」
「そりゃあ盛り上がるだろ! あんな演出見せられたらさぁ!」
と、ホトギが興奮気味に割り込んでくる。
「黒い塊がステージ上に現れたかと思ったら、いきなりぶわって弾けて! 桜の花びらとぬいぐるみが飛び出して、会場中が包まれて……サビとも相まって、すげーテンション上がったわ! もちろん、動画にばっちり収めたからな!」
「ホトヤン、ありがとう! でも、正直あの演出については何も聞かされていなかったんだぁ。何かトラブルが起こったのかなって、歌いながらドキドキしちゃった」
「えっ、そうなのか? てっきりメルりんが賜魔術使ってんのかと思ってたぜ」
「ううん。だって私の貰魔力減っていないし……それどころか、ライブ前より増えてる」
と、不思議そうにバイタリストを見つめるメルリ。
僕は、少しだけ焦る。
何せ僕の隣には、あの事象を引き起こした張本人のヒメカがいるから。
下手なことを言えば、メルリが邪神徒に狙われていた事実を知られることになる。
無用な心配をかけないためにも、ここは上手く誤魔化さなくては。
が、僕が口を開くより早く、ヒメカがこう言った。
「ライブに夢中で無意識に賜魔術使っちゃったんじゃない? 貰魔力が増えたのは、メルりんがお客さんを『キュン』させたからっしょ」
……まさかヒメカの口から、そんな上手い言葉が出るなんて。
それとも、賜魔術を発動させたのがメルリだと本気で思っているのか?
「なるほど。確かにあの熱狂なら貰魔力も集まるだろうなぁ」
「そっか……私、みんなをときめかせることができていたんだね。もちろん貰魔力集めが目的ではなかったけど、こうして目に見えるとすごく嬉しいなぁ」
「その中には間違いなくあたしの『キュン』も入ってるからね! ホトヤンの動画が上がったらさらに増えちゃうんじゃない?」
「えへへ。こうしてライブを成功させられたのは、あの時撮影会に行くのを止めてくれたヒメカと、助けてくれたリィトくんのお陰だよ。本当に……本当にありがとう」
目にうっすらと涙を溜め、メルリが言う。
その言葉に、ヒメカは「どーいたしまして!」と、嬉しそうに笑った。
――そうして僕たちは、メルリの控え室を後にした。
夕日が沈み、遊園地はイルミネーションの光に彩られている。
ホトギは「動画の編集作業があるから」と、先に帰って行った。
僕とヒメカは、また二人きりになった。
「いろいろあって疲れたでしょ。寮の門限もあるし、僕たちも帰ろうか」
そう声をかけると、ヒメカはすぐに首を横に振り、
「だめっ。まだ観覧車乗ってないもん。最後に……一緒に乗ろ?」
そう言って、僕の手を引き、歩き出した。
* * * *
夜の遊園地は、恋人たちの楽園だ。
あっちにもこっちにもカップルがいる。
きっと僕たちも、その内の一組だと思われているのだろう。
虹色の電飾に輝く観覧車に近付き、見上げる。
まるで、巨大なアナログ時計だ。
僕たちは揺れるゴンドラに乗り込む。
十五分間の空中散歩が始まった。
「わぁ……めっちゃキレイ……!」
宝石を散りばめたような園内と、その向こうに広がる海。
レモン型の月が高く昇り、海面に反射している。
平和で静かな夜の景色に、邪神徒によるテロを阻止できたことを再認識し、僕は「そうだね」と返した。
「……ねぇ、リィト。さっきのライブの、あの演出……」
……きた。
やはり、ここで聞いてくるか。
「メルりんにはああ言ったケド……あれやったの、メルりんじゃないよね?」
確信めいた表情で尋ねるヒメカ。
……そうだよ、あの闇を打ち消したのは君だ。
けれど、その力の正体を知らないから、こうして僕に尋ねる場を設けたんだね。
……いよいよ、真実を伝える時が来た。
ヒメカの有する規格外の与魔力と、その有用性について。
「……うん。あの闇の塊は、邪神徒が仕掛けた賜魔術で……発動していたら、観客は全員精神を侵されていた。けれど、発動直前に介入し、素敵なものが飛び出す術に改変された。それを可能にしたのは、エンジュさんの賜魔術ではないよ」
「やっぱりね。ぶっちゃけ、それをやってのけたのって――」
ごくっ……と、ヒメカは喉を鳴らし、
「――駆け付けてくれた、ツバキ様っしょ?!」
目を輝かせながら、そう言った。




