27話。最後の休憩所にて
長らくお待たせしました!
不思議に思う4人を他所に、人形は無機質なガラスの目を開き、古梓さんに向けてカタコトで話し出す。
「スキル ノ カイホウ モシクハ ヤクショク ノ ショウリセンゲン ドチラ ヲ ゴキボウ デスカ」
「……勝利宣言を」
後ろの僕らなんて目にも入らないとばかりにただ一点を見つめ続ける古梓さん。
彼によって薄く微笑んで告げられた言葉は、彼を緩く細めた瞳で密かに見つめる誰かにとっては想定内であるものだったが、僕にとってはあまりにも予想外のことで、驚き、息をのむ。
(古梓さんが役職持ちなのは薄々察していたけれど……まさか勝利条件を既に達成しているとは思わなかった……)
そんな僕らを置き去りに、2人……いや、1人と1体の会話は進んでいく。
「ヤクショク ヲツゲ、ショウリジョウケン タッセイ ノ ショウメイヲ シテクダサイ」
「役職は“怪盗”……証明は」
そこまでいうと古梓さんは、どこか得意げな雰囲気を纏いがらも表情は平然としたまま自分のポシェットを漁ると、両手に抱えるほど取り出した。……見覚えのある水晶たちを。
(え!?それって……)
その中の1つの水晶がなぜか特に見覚えがあるような気がして、慌てて自分のポシェットを探ると、確かにポシェットに移し替えたはずの水晶がどこかへ行っていた。
(いつの間に……)
「数は足りてるだろう?」
自分の成果を誇らしげに話す古梓さんに、相も変わらず無機質な声で人形が答えた。
「デハ カイトウノ ショウリヲ ニンテイ シマス」
「滑稽だったな。誰も俺が素性を偽ってるなんて気づきもしなかったんだからな。やりやすかったぜ。」
(そんな……僕らは騙されていたのか?)
古梓さんは、今までの“面倒見のよい兄貴”という印象がガラガラと崩れ落ちていくのを感じるほど愉快そうな声色で笑った後、此方を見やり、何事か呟いた。
「……まぁ、一人は薄々感づいていたみたいだが」
「…………気づかれていたとは。やはり、厄介ですね……」
……とても、とても微かな誰かの独り言は、その場の誰に聞かれることもなく宙に消えていった。
そんなことは気にせず、口の動きと声が一致しないからか、不気味にしか思えない人形が事務的に告げる。
「タイキジョ ニテ オマチクダサイ」
「じゃ、あとはのんびりさせてもらうぜ。」
そういうと古梓さんは、ひらりと手を振り、一瞬もしないうちに何処かへ消え去った。
後に残されたのは、沈黙した人形と、唖然としたままの僕ら……
「……取り敢えず、行きませんか?」
気まずさに耐えられず、問いかけると、凛はコクリと頷き、月熾さんは薄く微笑んで頷いてくれた。
「じゃあ、行こっ!」
先程の出来事をなんとも思っていなさそうな元気な声の咲に手を引かれ、休憩所へ続く扉に入っていく。
「ちょ、ちょっと待って!」
(呑気だな……でも、そんな明るさに助けられることもあったな……)
懐かしさに目を細めつつも、手を引かれるまま扉を潜る。
木の扉を開けた先には、前回となんら変わりない、別の場所だとすら思えないほどに記憶と同一の休憩所があった。
白い廊下に左右に同じように並んでいる扉……きっと内装も今までと同じなのだろう。
でも次は六階層……休憩所に来るのが最後だと考えると、望んできた場所ではないというのに、少し寂しい気持ちになってしまう。
「どうします?」
「皆さん疲れていらっしゃいますし、これまでと同じように各自休めばいいのではないですか?」
「そうですね。ここは一応安全でしょうし」
栗出さんと月熾さんの提案で、皆バラバラに休息を取ることになった。
栗出さんが深刻そうな顔をして通路を進むのを見た月熾さんが、心配そうに追いかけていったのが気に掛かったが、その後、不安そうに黙りこくっていた凛が、咲に連れられて雑魚寝部屋に入っていくのを見届けると、僕は暫く一人きりで佇んでいた。
(僕は……久々に部屋を見て回ろうかな……)
これまでのことで、僕は精神的にも肉体的にも疲れ切っていた。でも、かといって不思議と休む気にもなれず、1つ目の扉へ足を進める。
入って右側……手前にある2つの扉は両方食糧庫で、確か、一階層で見たときは中で繋がっていた。
近づくと、木で出来た簡素な扉の上に、同じく木で“食糧庫”という文字の書かれた札が下がっている。
腰くらいの高さにあるほんの少し錆びた金属の丸い取っ手を軽くひねり、ドアを押し開く。
開いた瞬間感じたのは、少しの埃っぽさと、古い倉庫や箪笥のような、使い古された木の匂い。
誰もが感じるであろう懐かしさに細めた僕の目には、部屋にズラッと並んだ木組みの棚と、そこに並べられた保存食や水袋の数々が映った。
「玲谷! これ旨ぇぞ!」
……ズラッと並べられた干し肉の袋を見ていると、もう居ない蘭雨の声がした。
「そんなはず……無いのにな……」
絞り出すように呟く。
視界が歪み、涙が溢れそうになったとき、また、声がした気がした。
「な~にしてんだよ!玲谷!」
(これは幻聴なんだ……よね?)
自分に言い聞かせるように心の中で唱え、深呼吸して、顔を上げるとほら、ここはただの食糧庫。無邪気に干し肉を囓り、喜ぶ蘭雨も、迂闊だと注意する咲も、ここには居ない……
「でも……そっ……か。そうだよね。僕が頑張らなきゃ」
腕で顔を拭い、天を仰ぐ。
(僕がグズグズしちゃったから……心配かけちゃったんだ)
そう考えると小腹が空いている気もして、そこらへんにあった干し肉をかじりつつ、部屋から出る。
「……ばいばい。蘭雨」
塩辛い干し肉を片手に持ち、噛み締めながら通路を進んでいると、後ろから“カチャッ”という音がして、振り返る。
すると、休憩所のドアが開き、栗出さんが入って来た。
「おや……」
怖さすら感じるほどの栗出さんの真剣な眼差しが、ゆるゆると上がっていき、僕の姿をその目に写すと、一瞬、想定外とばかりに軽く見開かれた。
ドアノブを握る右手とは別に、彼の緩く胸の前に添えられた左手には、見慣れない本が抱えられている。
(え……?)
しかし、細やかな装丁が成されているように見えた分厚いその本は、瞬きする間に消えてしまった。
「藤弘さん、どうされたのですか?」
有り得ない現象に目を疑い、手で擦っている僕を見ても事もなげに話す彼は、まるで“そうしているのが当たり前”とでも言うかのように堂々としていて、その雰囲気に圧倒された僕は言いかけていた言葉を呑み込む。
“どうしてそのドアから入ってきたんですか?”“さっきの本は!?”という幾つもの疑問を。
(あれ?見間違いだったのかな?……でも確かに……)
「いえ……なんでもないです」
「……そうですか。お互い、背後には気をつけましょうね」
栗出さんは軽く微笑んだ。
「それは……どういう」
意味深な言葉に投げかけた問いも、曖昧な笑みで誤魔化される。
「食糧庫ってどなたかおられましたか?」
「いえ……僕一人でしたが……?」
「そうでしたか。ありがとうございます」
そう言うと、栗出さんは僕にひらりと手を振り、食糧庫に入っていった。
玲谷は暫く意味が分からないとばかりに?マークを浮かべ、栗出さんが消えていった扉を眺めていた。
しかし、考えても仕方が無いと思い直したのか、首を軽く一振りして通路を進むと次に見えたのは、同じような素朴な木が、ニスのようなものでコーティングされた白い扉。
扉の上には、同じく白い木で“水場”と書かれた札が下がっている。
丈夫そうなその木の扉のドアノブを掴み、引き寄せ、少し扉が開きかけた時、中から咲の声がした。
「ちょっと待って下さい!」
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