桃太郎~紆余曲折編~そのいち
昔々あるところに、お爺さんとお婆さんが住んでいました。
ある日、お爺さんは山へ柴刈りへ、お婆さんは川へ洗濯に行きました。
お婆さんが川で洗濯をしていると、大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れて来ました。
お婆さんは、
「ここの部分の汚れが、しつこいんですよねー」
『ちょっとおおおおおおーーーーーーっ!?!?!?』
洗濯に夢中で、桃など全く眼中にありませんでした。桃の中から、魂の叫びが聞こえて来たような気もしますが、当然お婆さんは知る由もありません。そのまま、桃は流されて行きましたとさ。
「どうしよう……。計算外だぞコレ……」
桃の中で、一人の男の赤ん坊が焦ります。このままでは『桃を拾った家に成長するまで厄介になって、大きくなってから鬼退治に出掛ける』計画が失敗に終わります。
えらく図々しい計画です。他の鳥に自分の雛を育てさせるカッコウみたいです。しかも、自分で世話させる相手を選べない辺り、計算も何もない気がします。
そうしている間にも、桃はどんどん流されて行きます。人の気配こそ分かるのですが、外の様子が見える訳ではないのです。彼に出来る事など、誰かが拾ってくれるのをひたすらに待つ事だけです。
時折、何らかの障害物にぶつかる衝撃に驚きながらも、赤ん坊は注意深く人の気配を探ります。集中していたため、桃の揺られ具合の変化にも気付く事が出来ました。恐らく、海に出たのでしょう。
「ああもう、海の上じゃ拾ってくれる人がいる可能性低いじゃないか。頼む、都合良く漁師でも通り掛かってくれ。いやこの際、贅沢は言ってられない。魚人とかでも良いから、拾ってくれる存在居てくれ」
周囲の状況が見えない閉鎖空間に一人で閉じ籠もっていると言うのは、相当なストレスを感じるものです。不安を紛らわす意味も込めて、赤ん坊は独りごちます。
彼の目的はただ一つ、世に仇を成す鬼を退治する事。その目的も果たせずに朽ちていくなど、まっぴらなのです。
やがて、桃が砂の上に乗り上げた感覚が伝わって来ました。どこかの島に漂着したのでしょう。海上よりも見付かる可能性は高いと言えますが、無人島である可能性も否定出来ません。
頼む、住民居てくれ! そして、桃を見付けてくれ!
赤ん坊の祈りは、やがて現実のものとなります。複数人の気配がこちらへと近づいて来たのです。
――おい、なんだこの桃は?
――取りあえず、持って帰ってみるか。
そんな会話と共に桃が持ち上がった瞬間、赤ん坊は思わず拳を握り締めます。遂に拾ってくれる人が現れたのです! 苦難に耐えた甲斐があったと言うものです。
そのまま、ゆらゆらと運ばれて行きます。途中で鉄扉らしき開閉音が聞こえたので、建物内部に入ったのだろうと推測出来ました。
やがて、桃が地面に置かれる感覚がしました。周囲には、桃を取り囲む人々の気配。出て行くなら、今この瞬間をおいて他にありません。
「良っしゃ、いくぜ! おぎゃあー!!」
そう言って、赤ん坊は桃を内側から真っ二つに割って、勢い良く飛び出しまし
た。
「どわぁ!? も、桃の中から人間の赤ん坊が出て来たぞ!?」
包丁を手にしていた一匹が驚きの声を上げ、それをきっかけに周囲へとざわめきが広がります。
掴みはOK! 見ろよ、鬼達のあの目!
自身に浴びせられる無数の視線に、赤ん坊の心は高揚にたぎります。
「……………………………………………………………………………………鬼達?」
そして一気に冷静になり、辺りを見渡します。
「まさか鬼ヶ島に、人間の子供が流れ着くなんて……」
「ど、どうすんだよこの子?」
自身を取り巻いているのは、頭に角、口に鋭い牙を生やした、どこからどう見ても鬼そのものでした。て言うか、思いっきり『鬼ヶ島』と言う単語まで聞こえました。
要するに、
「えええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
赤ん坊は、よりにもよって退治するべき相手に拾われたのでした。
「おーい、桃太郎。いい加減そんな構えてないで、こっちに来いよー」
「いーやーだっ! 敵に気を許すなんて事出来るかっ! あと、勝手に名前付けんなっ!」
なだめる鬼に対し、赤ん坊――桃太郎は洞窟内の岩陰に隠れたまま、そう叫びます。鬼達は普段、洞窟内部で暮らしているのです。
状況を把握した瞬間、驚愕の悲鳴を上げたがために、鬼達にただの赤ん坊ではない事がすぐにバレてしまいました。その上動転した勢いで、自分の目的が鬼退治である事もうっかり漏らしてしまいました。
これでは油断させて内側から攻める、と言う事も出来なくなりました。精神的に追い詰められてしまった桃太郎は、すっかり意固地になってしまうのでした。
もっとも鬼達は、桃太郎をどうこうしようなどとは思っていないようです。先程からずっと、警戒を解くよう桃太郎に呼び掛けています。
「敵って、別にオレ等何も悪い事してないし、お前と争うつもりもないって。それより腹は空いてないか? ミルク用意したぞ」
「ふんだっ。食い物で釣ろうったって、そうは行かないからな。そんなチンケな手には――」
ぐぎゅるるるるる。
盛大に腹の虫を鳴らした桃太郎は、しばし沈黙します。
「――チンケな手には乗らないけど、あくまでも大局を見据えた戦略の一環とし
て、あえて食い物に釣られる演技をするだけだからな!?」
「分かった分かった」
「何笑ってんだよ!? 何度も言うけど、絶対仲良くなんかしてやらないからな!?」
顔を真っ赤にして怒鳴る桃太郎へ、鬼達の苦笑が注がれるのでした。
そして、十数年後。
「桃太郎ー、そろそろお昼ご飯だよー」
「おーう」
鬼族の少女である鬼子に声を掛けられ、桃太郎は元気良く返事を返しました。彼はもうすっかり、鬼ヶ島の一員として周囲と打ち解けていたのでありました。
鬼子は桃太郎と(肉体面では)同年代の、いわば幼馴染と言える間柄です。桃太郎を毎朝起こしに来てくれる位には、仲が良いです。一体、どこのギャルゲーなのかと言いたくなる、現在の桃太郎の境遇なのでした。
「多分、昨日のすき焼きの残りだろうな。二日目のすき焼きってやたらと美味い
……ん?」
昼食へと想いを馳せる桃太郎の耳に、入り口の扉が開け放たれる音が聞こえて来ました。随分と荒っぽい開き方のようです。
「な……何だろう?」
突然の大きな音に驚く鬼子と共に、桃太郎は入り口の方へと首を向けます。
そこには、
「見つけたぞ、鬼達! この私が退治してくれる!!」
『日本一』と大書された旗を掲げた、人間の少女が立っていました。




