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桃太郎~紆余曲折編~そのに。

「鬼退治だって? 何言ってるんだこのお嬢ちゃんは?」

 異変に気付いて集まって来た鬼達から、ざわめき声が上がります。訳が分からない、と言った様子です。

 対して桃太郎は、


「鬼退治……? なあ、あんたもしかして、桃から生まれたんじゃないのか?」

 心当たりありあり、と言った風情で少女へと質問をしました。


「ああ、その通りだ。……と言うか、何でここに人間が居るんだ? ……まさか、誘拐されて来たんじゃ!?」

「違うって。俺もそうなんだよ、桃から生まれたんだ」

「何!? まさか、同志に出会えるとはな!」


 桃太郎の言葉に、少女は目を輝かせます。そんな二人の様子に鬼子は、


「……ええと、桃太郎? どゆこと?」

 周囲の鬼達を代表して説明を求めました。


「あー、うん。俺らは世に仇なす鬼達を退治するために、桃界からやって来た人間なんだよ。赤ん坊の時に桃に詰め込まれて人間界に送られ、拾ってくれた人のところで育てて貰うんだ」

「何カッコウの托卵たくらんみたいな事してるのよ、桃界……」


 鬼子を始めとした、その場の鬼達の極めて正当な感想を、桃太郎は華麗にスルーします。そこに、少女が口を挟んで来ました。


「その後成長した私達は、鬼退治へと出掛けるのだ。……と言うか、桃太郎と言ったか? お前は何故、鬼達と仲良くしているのだ?」

「ああ、俺はこの鬼ヶ島の鬼達に拾われて、世話になってるんだよ。こいつらを退治するつもりはないんだ」

「な……!?」


 少女の顔が、驚愕に染まります。


「倒すべき敵に拾われた上に慣れ合うなど、貴様それでも桃界の人間か!?」

「ばっちり桃界の人間だよ。……つーか、倒すべきは『世に仇なす』鬼だろ? こいつらは別に何もしてないし、退治する必要ないだろ」

「いいや、この先悪さをするに決まってる。先手を打っておくべきだ」

「現時点での行動で判断するべきだろ。こいつらが悪さをするなんて根拠、どこにあるんだ?」


 桃太郎が尋ねます。


「奴らが邪悪な存在だからだ」

「……いや、だから何で邪悪な存在だと思うんだよ?」


「いずれ世に仇をなす存在だからだ」

「…………質問を変えようか。お前の言う『悪さ』ってのは、具体的にはどんな行動を指してるんだ?」


「世に仇をなす行為だ」

「…………頭痛え……」


 抽象論を掘り返してみれば、抽象論ばかりが出て来ました。一番知りたい具体論が、何一つ存在していません。前提に対して全く疑問を抱いていないのでしょう。クリティカルシンキングって大事だと、桃太郎は思いました。


「まあ、そういう事だ。私はこいつらを退治する。桃太郎、桃界の人間として、お前も私に協力するんだ」

「断る。こいつらは何の罪もない。それに、俺にとっては十数年も一緒に暮らした仲間だ。仲間に手を出すってんなら、俺が相手になってやる」

『桃太郎……』


 桃太郎の宣言に、鬼子を始めとした鬼達は感激します。彼がここへやって来たばかりの時の様子を知る鬼達など、涙ぐんでさえいます。卒業式の日、ヤンチャしてた生徒から花束を渡された教師みたいです。


「残念だ。ならば、容赦はしない。同族の恥は同族が落とし前を付けるまで、鬼達より先にお前を倒す! ……我が名は桃姫ももひめ! 推して参る!!」


 そう言って少女――桃姫は、背中の旗を降ろして、腰の太刀を抜き放ちます。


「も、桃太郎、俺達も……」

「いや、手出しは要らない。一対一で相手してやる」

 加勢を申し出る鬼達にそう言って、桃太郎も太刀を抜きました。


 しばしの静寂が、場の緊張を張り詰めさせます。


「やぁああああーーーー!!」

「でやぁああああーーーー!!」


 瞬間、ほとんど同時に二人は動きました。振るわれた白刃が、洞窟内の照明を浴びて煌めきます。

 刃が打ち合うたび、辺りに鋭い音が響きます。音と音の感覚の短さから、両者の太刀筋の速さが伺えました。相応に高い戦闘力を持つ鬼達ですが、いえ、だからこそ両者の実力が驚嘆に値するものである事が分かりました。


「も、桃太郎、あなた何でそんなに強いのよ!? 訓練してるところなんて、見た事もないわよ!?」

 一旦距離を取った桃太郎の背に、思わず鬼子は戦闘中と言う事も忘れて問い掛けます。桃太郎は振り返らず、


「あー、鬼退治のためには戦闘能力が必要だからな。桃界の人間には生まれつき備わってる能力なんだよ」

「……そんなチート主人公みたいな……」


 サラリと言ってのける桃太郎に、半ば呆れながら鬼子は言います。


「うっさい。第一不正(チート)って言うけど、そもそも『周囲に抜きん出て強いのは駄目』とか、『努力なしで強いのは駄目』とかのルール自体が存在しないから、厳密には不正も何もないんだよな。アレだ、野球の敬遠とか麻雀のモロヒッカケとかの、ルール上問題がない戦術を卑怯って言う類」

「止めなさい。余計なさざ波を立てるのは止めなさい」


 妙な方向に進み始めた桃太郎の話を、鬼子は速やかに遮ります。話が終わったと判断した桃姫が、改めて桃太郎へと迫ります。根が真面目なタイプなのでしょう。


「さあ、桃太郎! 桃界の誇りを汚した罪、その身であがなうが良い!!」

 これで勝負を決めるとばかり、桃姫はこれまでで最速の一撃を繰り出します。


 自身に迫る紫電の一閃を、


「っ……!」

 桃太郎は巧みに受け流し、


「はあぁあっ!!」

「くあ……っ!?」

 刹那、生じた隙を付き、渾身の一撃を放ちました。


 打ち振るわれた太刀は弧を描き、桃姫の太刀を捉えます。


 甲高い金属音。

 衝撃で桃姫の手から太刀が離れ、真っ二つにへし折れた刃共々、床に転がり落ちました。


 勝負あり、です。






「くっ……殺せ」

 武器を失った状態で鬼達に取り囲まれ、桃姫は吐き捨てるようにそう言いまし

た。もしも相手がオークであれば、生命とは別方面で大変な事になっていたかも知れませんが、幸いにも鬼達は紳士でした。


「殺せ、と言われてもなあ……。無抵抗の相手をどうこうする気にはならないよなあ……」

「でもこの娘、こっちに攻撃仕掛けて来てる訳だし。対策は必要だろ?」

「うーんでも、特に被害は出てないしなあ……。許してやっても良いだろ」


 あーだこーだと、鬼達は話し合います。そんな彼らをよそに、桃太郎は桃姫に語りかけます。


「あのさ桃姫。俺も桃界の人間だし、ここに来たばっかの時はこいつらに突っ掛かってたから、気持ちは分かるんだ」

「……」


「だけど、こいつらは大丈夫だよ。今まで、退治しなきゃならないような事はしてないし、この先もしないと言えるくらいには信用出来る。何しろ俺は、十数年こいつらと過ごして来たんだからな」

「……」


「退治するのは、あくまでも具体的な悪事を働いた奴だけに留めておくべきだ。鬼なら無差別にってやり方の方が、よっぽど桃界の誇りを傷付ける。頼む、ここは退いてくれ」

「……」


 桃姫はうつむき、桃太郎の言葉を静かに反芻はんすうします。周りの鬼達も、黙って見守ります。

 やがて、桃姫は口を開きます。


「……やはり、すぐには信用出来ん。が、お前の言いたい事も分かった。どうせ私は敗北した身だ、生殺与奪せいさつよだつの権限はお前にある」

 一つ深呼吸をし、


「良いだろう。言う通り、今日のところは退いてやる」

「すまん」

 その答えに、桃太郎は頭を下げます。それに答えず桃姫は立ち上がり、踵を返して入り口へと向かいました。


 桃太郎の言葉に異を唱える鬼は居ませんでした。黙って道を開け、桃姫を通します。


「桃太郎」

 一度立ち止まり、桃姫は振り返らずに言いました。


「何だ?」

「……何でもない」


 再び歩き始めた桃姫を、桃太郎は何も言わず見送りました。

 姿が見えなくなるまで、じっと見送り続けました。






 一週間後。


「……それで桃姫、何でまたお前が鬼ヶ島に来てるんだ?」

 大荷物と共に再びやって来た桃姫に、桃太郎は言いました。


「うむ。ここの鬼達をすぐさま退治する理由は見当たらない。が、完全に信用した訳でもない。そこで、ここに私が住んで監視を行おうと思っている」

「……いや、ちょっと待て」

「ああ、心配は要らない。私を拾って育ててくれた老夫婦には、きちんと説明して来たからな。残して来るのも心配だが、ここへ連れて来る訳にも行かない。安全が確認された訳でもないからな」

「聞いてねえよ!? 二重の意味で!!」


 桃太郎が振り下ろした心のハリセンにも、桃姫はまるで動じませんでした。


「いやー、よろしくな桃姫ちゃん」

「取りあえず喉が渇いただろう。麦茶で良いかい?」

「ああ、頼む」

「そして、普通に受け入れてるよここの鬼達!? 桃姫も早速リラックスモードだしさあ!?」


 桃太郎は叫びますが、ほとんどの鬼が聞いていません。あと、聞いている鬼は

『お前がそれを言うか』と思っています。


「そう言う訳で桃太郎、お前の部屋に厄介になるぞ。緊急時に備えて、桃界の人間同士で暮らした方が良い」

「な……!? いや、ちょっと待て!?」


 女の子と同居するのは、流石に色々と問題があります。桃太郎が反論しようとすると、


「ま……待った!!」

 今まで黙って聞いていた鬼子が、いきなり叫びました。


「こないだ鬼ヶ島に攻めて来たんだし、むしろ桃姫さんの方こそ監視が必要だよね! と言う訳で、わたしが鬼族を代表して監視役を引き受けるよ! 監視のためには、わたしも桃姫さんと同じく桃太郎の部屋に住まなきゃね!」

「お前も何言っちゃってんの!?」


 早口でまくし立てる鬼子に、桃太郎の頭は混乱します。鬼子が警戒している対象が桃姫である事は間違いないのですが、何故か警戒の内容が『鬼ヶ島に対する敵対行動』ではない気配がします。が、混乱中の桃太郎はそれに気付きませんでした。


「まあ、妥当な判断だろうな。私は構わない」

「良しっ、決まりだね! 桃太郎と桃姫さんがマチガイを犯、じゃなかった、桃姫さんが怪しい行動を取らないよう、わたし頑張るから!」

「俺は構うし、良くもねえよ!? 俺の意思が微塵も反映されてねえって、どう言う事だよ!?」


 騒ぎ立てる桃太郎へ、鬼達は生暖かい視線を送ります。一部の鬼達はこの光景を見て、『今すぐに桃太郎が爆発してくれないかな』と思いました。


「では早速、荷物を運ぼう。桃太郎、手伝ってくれ」

「わたしも家に荷物取りに行かなきゃ。桃太郎、手伝ってね」

「さも決定事項のように進めてんじゃねえ!?」


 桃太郎の叫びは、虚しく洞窟内へと響くばかりです。


 その後抵抗の甲斐なく、桃太郎は桃姫、鬼子と共に暮らす事となりました。騒がしい日々が続くのでしょうが、このお話は一先ずこれでおしまいです。


 めでたし、めでたし。


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