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閑話 語部さん兄妹

「ん〜〜〜〜っ」

 大きく体を伸ばし、語部鈴かたりべすずは全身の凝りをほぐした。続けて緑茶に口を付け、喉を潤す。口中に広がる程良い渋みが、適度に張った彼女の心を緩めた。


「よ、お疲れさん」

「お疲れ様です、兄さん」

 語部(けい)の声に、鈴は眼鏡を軽く直しながら応える。


「……と言うかですね、兄さん。ずっと気になっていたんですけど……」

「ん?」

 鈴は先程まで自身が朗読していた本を指差し、


「この本に載っている童話、私が知っている内容と少し……いや、かなり違うと思うんですよ」

「ああ、その事か」

 妹の言葉に、圭は頷く。


「そりゃきっと、アレだ。童話ってのは時代によって内容が変化しているって言うから、その類だろう。辻褄の合わない部分を合うようにしたり、表現が柔らかくなったり」

「いえ、絶対にそう言う類じゃないです」

「いや、お前の気持ちは分かるよ。『臭いものには蓋』的な改変はどうかって事だろ。俺だってそうさ。確かに『単に慣れ親しんだものが変化する事にストレスを感じてる』って部分はあるだろうし、それは差し引かなきゃならないかも知れないけどさ」

「取りあえず、兄さんが私の気持ちをまるで分かってない事は理解しました」


 自身の期待に全く沿わない圭の返答に、鈴はため息混じりに呟いた。


「そうじゃなくってですね、根本的に内容が違ってると言いますか、話の筋道まで違うものまであると言いますか。一体、どこで手に入れたんですか」

「知らん!」

「言い切りましたよ、この兄!?」


 圭の口から厳かに語られたその真実を前に、鈴は驚愕の叫びを抑える事が出来なかった。


「仕方ないだろ、いつの間にかあったんだから。作者名どころか、奥付すら書かれていないし」

 そう言って圭は、本の後ろ側のページをめくる。普通であれば出版社等の情報が書かれてある部分だが、そこは全くの白紙であった。


 奥付には記載の義務等の法律やルールは存在していないため、書かれていなくても問題自体はない。が、責任の所在を明らかにする意味でも書くのが普通だ。


「取りあえずだ、鈴。このまま朗読を続けよう。続けて行けば、いつかはこの本の謎が明らかにかも知れない」

「そんなミステリーみたいなノリで言われましても。私そこまで知りたい訳じゃないですし、明らかになる保証もないですし」


「しかし、その謎を追う事によって、やがて世界の命運を左右する戦いに巻き込まれてしまうかも知れないからな。予め能力チカラ覚醒めざめておいた方が良いかもな」

「そして、ファンタジーに飛びましたね。能力が欲しいなら、手っ取り早くトラックに轢かれたらどうです? 活躍の場がちょっとこの世界じゃなくなると思いますけど」


 ちょっとどころではない上に容赦もない提案を、鈴はジト目で告げる。しかし一旦深呼吸をし、


「……ですがまあ、朗読をする事自体はやぶさかではありませんから。しばらくはこの本に付き合いましょうか」

 タイトルさえ書かれていないその本の表紙を撫でながら、楽しげに言った。


「うむ、その意気だぞ鈴。この兄も、陰ながら応援しているからな」

「あ、別に要らないです」

「酷い!?」


 泣き崩れる兄の姿をよそに、鈴は本をそっと、棚に収めた。


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