第四話 : 普段騒がしい人が黙ってると怖いの法則
主人公、絶賛壊れ中です。
……元からこんな感じだったような気も……。
「いただきまーす!
…………わっ! おいしいですね、コレ!」
「そう? あり合わせで作ったものだけどね」
「とてもそうは思えませんよー!」
ディーが、嬉しそうにシスター服の出で立ちをした女性と話している。
シスターのエマさんだ。
掃除も行き届いて清潔に保たれた大きな部屋に、幾つもの石造りのベッドとそれに掛けられた白い毛布。
かなり見慣れた、この世界の病院施設、施療院の風景だった。
ベッドの間に置かれたサイドテーブルには、大皿に盛られたサンドイッチ。
「ただ、いいんですか?
こんなにご馳走になっちゃって?」
「気にしないで。今は人も居なくて空いてるし、何より、目の前でお腹鳴らされちゃあ、ね?」
「あはは…………。
でも今朝、あのエドワ、エドさんの家にいらっしゃった時は、かなり忙しそうに見えましたけど」
二人の会話は続く。
危うくエドさんの正体を言ってしまいそうになったものの、ディーもなかなか打ち解けているようだ。
おれがエドワード皇子宅で寝てる間にエマさんは診察に来てくれていたらしいから、その時に面識があったのだろう。
しかし、ここに来るのは何度目だろうか。
最後に来たのは、『目』の異変が起こった直後だったハズだ。
街に戻ったおれは本当はここに運ばれるはずだったのだけれど、エドさんにアブダクションされた結果、彼の家で何日かを過ごしていた。
……あれ、そういえば…………?
誰が、北の高原にある湖からこのセンティリアの街まで運んでくれたんだ?
今おれの隣でベッドに座っているディーだって、あの時はかなり消耗していたように思う。そもそも彼女はこの街に来たこともほぼないらしいし、男一人を抱えてここまで来れるだろうか? かなりの距離があっただろうに。
何かを忘れてる気がする。
…………けど今は、それよりも。
「あら。昼間からダラけてるように見えて、気になる?」
「そ、そういうワケじゃないですけど……」
(はあぁぁ……………………)
二人の邪魔をしないように心の中だけで嘆息する。
心の中だけに留めておいたのに、やけに長い溜め息になってしまった。
ベッドに腰掛けてはいるけれど、意識していないとすぐに毛布の上に倒れ深く沈み込んでしまいそうだった。
――――何てコトをしてしまったんだ、おれは…………。
目の前に、一寸前も見えない暗雲が立ち込めているような気分だ。
考えるのはもちろん、口論になったフランさんとの事。
思い出すのは、去り際に見せた泣き顔のような表情。
あれは、どう考えてもこちらの言い過ぎだ。
あんなに反発するつもりも反論するつもりもなかったのに、気付いたら突っ張ってしまっていた。
ホントにもう、どうしてああも強情っぱりな態度を取ってしまったのか……。
「ちなみにディーナちゃんが知らないのは無理ないけど、確かに院もムチャクチャ忙しかったのよ。少なくとも昨日までは魔素侵蝕が治りかけの患者さん達で溢れてたんだから。
もうここにあるベッドなんか全部埋まってたのよ?」
「そ、そんなにですか!?」
「そうそう。しかも一昨日も、その前もシスターが何人いてもぜーんぜん足りないくらいの人が居たの」
エマさんがふう、と息を一つ。
徐々に声が沈んでいっているのは気のせいではないと思う。
「もうホントに最後の方はハードだったわね、外出禁止令が解かれるまでは院の中で小さい子はじっとしてなさいって言い含めたのに飽きて走り回るわ、大人も暇を持て余して酒を出せだのなんだの騒ぐし、止めても外に出ようとするし、こっちは診療で忙しいってのにお尻触ろうとしてくるエロ親父も居るわで……」
「シスターさん! なんだか顔に影が差してますけど!?」
ディー、完全に地雷を踏んづけたらしい。
あわわわとなって軌道修正しようとするが、もう遅かった。
「た、大変だったんですね!」
「そうなのよ! ホントにそうなの!!
だから私もこうして頭巾もかぶらずにくつろいでサンドイッチを食べていてもおかしくはないし、多少ダラダラしてても問題はないの。……判るわね?」
ぐいっとディーに顔を寄せて、念を押すように言い含める。
そして睨みを利かされた青い髪の子がぶんぶんと首を縦に頷かせるのを見てから、ベッドの上に転がっていたフードをさらに遠くに押しやり、くてっとするエマさん。
「は、はい判りましたーー!
そ、そもそも私は、エマさんがそれを被ってなきゃいけないってのも知りませんでしたからー!」
「あら? ディーナちゃん、本当に街に来るの初めてだったのね。
まぁいいわ。じゃあ私は今日はもう休みをもらって夕ご飯はフランの所に行くから、ヒカリくん伝えておいてね?」
ビクッ。
自分でも、自分の肩が一瞬震えたのが判る。
シスター堂々のサボり宣言。
だがそれよりも、おれは、別の単語に反応してしまった。
「………………」
「………………」
二人の視線がこちらに向いているようだ。
おれはと言えば、彼女たちの顔も見ずに下を向いたままだけど。
「………………フラン」
「うぐっ…………」
びくっ。
エマさんのぼそっと言う単語が耳に入り、再び肩が揺れる。
「……で、ディーナちゃん。……彼は?」
「えーっと…………。
ヒカリさん、取りあえずサンドイッチをいただきましょう、ね?」
エマさんの座ったベッドとこちらのベッドの間に置かれたサイドテーブルが、おれの方へと寄せられる。
テーブルの上には、多少は数が減ったもののまだ量のあるサンドイッチ。
「ほら、ご飯食べないと考えも後ろ向きになっちゃいますし!」
「あ、ああ……。判りました、いただきます」
なんだかしおらしくない!? というエマさんの声が横で上がるのをよそに置いて。
大皿に盛られた料理を手に取る。
モグ、モグ、と…………。
口に入れて噛んでみるが……。
なぜだろう、味がよく判らない。
せっかくエマさんが作ってくれた物だと言うのに口の中で何も味がしない、判らないのだ。
それはまるで、分厚い紙を噛んでいるかのよう。
……もしかすると、おれの考えている以上に自分自身、参ってしまっているのかもしれない。
でも、勧められて食べないのはエマさんに失礼だし、あまりにも非礼。食欲がある所を見せなければ心配だってされてしまう。
きちんと感謝を込め、味わって食べないと。
紙のような食感を意識して無視し、もさもさと音をさせ、よく口の中で噛む。
「ってヒカリくん、それ紙!! パンの下に敷いてた紙!!」
「ヒカリさん何を食べちゃってるんですかーーー―!?」
おれは料理を作ってくれたエマさんに微笑んだ。
「おいしいですねこれ、エマさん」
「なんで!? どこにもおいしい要素はないでしょ!?」
「紙もしゃもしゃしながらどうしてそんなセリフが!?」
ディーに手に持っていたものをバッと勢いよく奪われ、弾みでおれはベッド間の床に崩れ込んだ。
くったりと倒れて頬に当たった床が冷たい。
「ディーナちゃん、本当に彼はどうしたの!?
来た時から気にしないようにしてたけど、上の空だし静かだし、妙にふわふわしてるし、かと思えば時々ビクッとするし、バスローブなんか着てるし…………。
もしかして、まだどこか具合悪いのかしら? ぶっちゃけエドさんの家で寝てた時よりおかしい気がするけど?」
「こ、これには深い、恐らく深い理由が……」
「恐らく?」
怪訝な声のエマさん。
と、ためらいがちに肩を叩かれた。
「ヒカリさん? 私が話しても良いものかどうか……」
そちらを見れば、フォローを入れてくれたディーが手を差し出している。
それに対し、首を横に振って答えた。
「……いや、大丈夫だ。おれから話すよ」
「そのわりには、立ち上がろうとしませんね……」
いいんだ。
こんなアホにはこれくらいでちょうど良いんだ。
「実はエマさん。フランさんの事なんですけど……」
もしょもしょ。
「まだ紙食べてる!? は、早くペッしてください、ペッ!」
そうして、地面にペタリと張り付いたままディーに肩を揺さぶられつつ…………。
おれは、エマさんに事情を話すことにした。
紙は食べてしまった。
話す内容はもちろん、ついさっきまでに起こったコト。
「話の限りでは、エマさんは今朝に診察に来てくれたんですよね?」
「う、うん。治療した右腕と、体力が戻ってるかどうかの確認にね。
でも、その時よりHPもMPも回復してる今の方がよっぽど体調悪そうに見えるけど……」
「そうですね、はははっ…………」
「何その笑い方!? しかもそこ笑うところじゃないからヒカリくん!
ジョークで言ってないわよ!? ほぼ事実よ!?」
「その時は多分おれも寝てたんですけどね、昼には目が覚めたんですよ」
「私の話聞いてないし……」
ディーは起き上がらせることについては諦めたようで、今度はおれに口に、少しちぎったサンドイッチを運んでくる。
「――――で、家の一階に降りてエドさんと話してたら、フランさんがドアを叩き斬って入ってきて……」
「何やってんのあの子は!?」
「いやそれは良いんですよ、メイドさんも『大丈夫です』って言ってましたし」
「大丈夫じゃないでしょ、どう考えても!!」
「あ、美味しいですねサンドイッチ。
ポテトとレタスがよくマッチしてます」
「ありがとう! でも今はそうじゃなくて!!」
と、その時。
施療院の入口の方から、ドアが開く音がした。
「エマさん、魔物蹴散らしたついでに、群生地で薬草取ってきたぜー、って、お?」
遠くからの野太い声。
声の方へ少し顔を傾ければ、そこには、大柄とかそんな言葉じゃ形容できない程に筋骨隆々でラージサイズな……。
「あら…………、ベアさん。早かったですね」
まさに熊のような巨体。
顔を横切る大きな古い切り傷。
そしておっさん。
間違いない、冒険者のグリーンベアさんだ。
「……? エマさん、なんでそんな疲れきった声を?
そういや外にも大声が聞こえてきたが何だったんだ?」
「ちょっと、ね……」
目が合う。
おれと、施療院の床を見たベアさんの目が合った。
…………視線を逸らされた。
「なんだこの、あー…………。
死んだ魚みてぇな目でバスローブ一枚着て地面に転がってる、腕に包帯巻いたヒカリにすげぇよく似てる物体は?」
「ヒカリくんですよ」
似てる、じゃなくてどう見てもそのものでしょ、と言うエマさん。
いつの間にか彼女の頭にはフードが被さっていた。
ベアさんが入ってきた時に付けたのだろうか?
おれも床に頬を付けたまま口を開いた。
「く、クマ吉、さん」
「うお、喋った!? しかも名前ちげぇし!!」
「ははっ」
「何だその卑屈な笑い方!! 気持ちわりぃ!?
おいマジでヤバいぞ!? これがあのヒカリか!?」
あのってなんですか、あのって……。と、そう言い返す前に目の前に何かを差し出される。
もそもそと床の上で移動し、深く考えずに掴む。
これは…………?
…………剣の柄?
そう思った瞬間、体が垂直方向に向けてぶっ飛ぶ。
「ヒカリさーーーーん!?」
地面と一体化せんばかりに張り付いていたのから一転、長座体前屈のポーズで固まったまま施療院の天井に届く程に高く舞い上がる。
そしてそのまま地面に、高速で回転しながらテト○スのちょっと扱いに困る形のブロックの如く落下。
「ぐふぁっ」
「ヒカリさん!?」
ベッドの毛布に頭からずがっしゅと突き刺さった。
石造りのベッドとの頭頂部との素敵な出会いによって、尋常でない衝撃が頭にやって来る。
……だけど、こんなおれには丁度いい格好なのかもしれない……。
フランさんにあんな悲しげな表情をさせてしまったおれには…………。
「良いんだ…………、これくらいじゃないと……」
「何がですか!?」
ディーに頭を床から引き抜かれ、寄せ抱えられる。
ちょうどベアさんとおれが向き合う格好になった。
彼自身もびっくりしているようで、目を丸くしたままサブの武器であろう小剣を落ちた地面から拾って、腰の鞘に戻す。
「ちょっとベアさん、ヒカリくんになんて事を!」
「あ、ああ、すまねえ。受け身くらいとるもんだと……。
しかし、本当にヒカリだったんだな、一体どうしちまったんだよ」
「今ので判別できるんですね……。
実はヒカリさんは今ヘコんでいる最中、いや、心の病気なんです」
その言い方はどうなんだ。
しかし言われたベアさんは、じっとおれの様子を観察してくる。
「…………アタマの病気の間違いじゃねえのか?」
「失礼な! ヒカリさんは確かにおバカな所はありますけど!
いつもはここまでおバカじゃないですよ!!」
「やっぱりバカなんじゃねぇか!!
ってかお前さんは? ……青い髪なんて珍しい」
ベアさんが、くたっとしたバスローブの男を抱える少女を注視する。
もちろんディーのことである。
「私はディーナです。ベアさん、で良いんでしょうか?」
「ああ、正確にゃグリーンベアって呼ばれてるけどな。
…………あー、しっかし」
「どうしました?」
ぼさぼさの頭を細長い指でなでられる感触。
ディーが、床にぶつけた所をさすってくれているようだ。
ベアさんが怪訝な目をする。
次いで、おれの方を指差した。
「ディーナさん、ソイツとはどんな関係なんだ?」
「えっ?」
いかにもきょとん、といった風な声がおれの頭上から聞こえて。
頭にのっていた手の動きが止まる。
………………。
…………。
……。
「一夜の」
「怒るぞ……?」
「すみませんでした」
未曾有の危機が起こる前に、先回りしてブロック。
「……あと、手も離して欲しいんだけど」
「それはできない相談です」
クマさんが変な顔をした。
ついでにエマさんも微妙な表情になっている。
「いや、なんなんだよお前ら……」
「そうですね、一言で言うならPTメンバー、でしょうか?」
「ディー、最初からそう言えば良かったじゃんか……」
名前通りクマのような巨体の彼も、おれ達と同じように近場のベッドに座り込んだ。
床に武器やら持ってきた薬草(多分、回復薬の原料になるゼンノ草だろう)の袋やらをガシャガシャと置くと、エマさんがサンドイッチを取り分けて渡す。
「おっ、へへ、エマさんの手作りかい?
…………で、その二人がどうしてここへ? そういやエドのヤツがお前を回収したっつってたが、ディーナさんもそこに居たのかね?」
「……じゃあ、ベアさんにも一緒に話しますよ」
そう言ったおれの口にジャガイモたっぷりのサンドイッチを運んで詰めてから、ディーがさらに言葉を引き取る。
ところで、なんでこんな餌付けされるヒナみたいな扱いなんだろう。
「すると、どこから話したものでしょうね……。
エマさんにはどこまで話しましたっけ?」
「えっと、あなた達のいたエドさんの家に、フランがドアを叩き壊して正面突撃してきたって所までかしら?」
「何だその物騒な話題はよ!?」
なんだかクマさんもちょっと前のエマさんと同じ反応をしている。
結局、最初からもう一度話すことになるのだった。
「――――とのように、ヒカリさんはあの食堂のおねえさんと口論になってしまったのです。
今こんなにぐんにゃりしているのも、それが原因です」
そして、ディーにフォローを入れてもらいつつ事の顛末を話した。
というよりもおれは後半の方を語るにはどうにも心が重くて、ディーの方がメインで話してくれた気がする。
聞いていた二人の反応はと言うと。
「ああ、そりゃヒカリが悪いな」
「ああ、それはフランが悪いわね」
ごつい巨体のおっさんと、ちょっとダラけた服装のシスターさんが同時に声を発する。
「「――――え?」」
続いて、互いに顔を見合わせた。
驚いた表情のまま、まじまじと顔を見合わせている。
「い、いやいやいや!
どう考えてもヒカリが悪いだろ!?」
「おれ自身、そう思ってるんですけど……」
バスローブを着てディーに抱えられたまま応える。
こちらとしては、ベアさんに同意だ。
……本当に、おれはなんてコトをしてしまったのか。
なんてコトを言ってしまったのか。
思い出すだけでも胸が痛む。骨折よりも余程痛い。
「そうかも知れませんけどベアさん、フランもこうと決めたらアダマンタイト鉱みたいにガンコになっちゃうから、人の話を聞かないんですよ。
なら、彼だって被害者でしょう?」
「そ、そうなのか……?」
「強情に上からものを押し付けられたら誰だって反発したくなるわよ。ねえ?」
こちらを向き、困ったような顔で笑う。
そうなんだろうか。
多分エマさんの言う通りなんだろうけど、でも、それだけではない気もするのは何故だろう。
僅かな引っかかりを覚えるものの、その正体は判らなかった。
「どうなんでしょう……、おれもよく判らなくて」
「そうですね……。でも意外っちゃ意外かも知れません。フランもヒカリくんもあまり人に強く当たるタイプには見えないし。
ディーナちゃんはどう思いますか?」
「ほぇ? …………むぐ、わふぁひは」
「ああうん食べてからで良いわ」
サンドを口いっぱいに頬ばっていた。
どうでも良いけど、頭の上にアゴを乗っけて口を動かさないで欲しい。
かなりこそばゆいぞ、それ。
「……むぐん。私は横で見てることしかできませんでしたけど、なんと言いましょうか…………。
お互いに話が噛み合ってないカンジでしたね」
「なるほど…………」
しばらくエマさんは紺のシスター服の前で腕を組み、考えこんでから。
「そうねぇ…………。
ならヒカリくんは、どうしたいと思ってますか?」
こちらに焦点を当てて、修道服のフードの位置を手で調整しながら尋ねる。
そういや、いつの間にかエマさんの言葉遣いが丁寧になってる気がする。
――――どうしたいか?
……そんなの決まってる。
「フランさんに謝らないと。
元はと言えば、おれが言い過ぎたせいですから」
「でも、それじゃ今は取り繕えても、また同じことが起きるでしょう? フランの怒った本当の意味が判らなければ、それは『怒られたから謝った』だけで解決にはなりませんよ?」
「本当の、意味……?」
「まあ私も詳しいことは判らないけど……。
ですがそれは本人から聞くもの。今はやっぱりフランのお祖父ちゃんが言った通り、時間が必要だと思います」
優しい口調で諭される。
こうして見ると、エマさんは本当にシスターなんだと実感するな。
いや、今まで疑ってたワケじゃ無いけど。
でも言われてみれば、思うところは多々あるな。
「そう……ですね。確かに、あの時はもうただの主張のぶつけ合いになってましたから……」
「時間が立って落ち着いたら、互いに歩み寄れるかも?」
「はい」
「まあ、これだけは覚えといて下さい。
数日ではあったけどフランと君は離れていて、フランは目を覚ましてからすぐにヒカリくんが居ないことに気付いて探していたの。実際にはエドさんの家に居たんですけどね」
「………………」
姿勢を正した格好のシスターさんのアドバイスは続く。
クマさんも神妙に聞いているようだ。
「だからそこで再会すれば、お互いに多少平静じゃいられないのも仕方ないと思わない?
今は無事に再会できた事を、まあティリア様あたりに感謝しておきなさい、あんな事件があった後なんですから。
これからは時間もあるんです、歩み寄れる機会なんてすぐに来ると思いますよ?」
「だから必要なのは時間…………ですか」
「そうそ…………ゴホン、そうですね」
……謝るにしても、相手の真意を汲まなければ謝罪にはならない。
時間を空けて、互いに冷静になれば見えてくるものもある。
そうか、そういうコトだったのか。
動ける方の腕で、ぼさぼさの頭を掻いた。
二つとも当たり前の話なんだろうけど、実際にこうして助言を受けて意識すれば、かなり見えるモノが違って見える。
ただ知っているのと、それを意識して行動するのでは大きな差があるのだろう。
なんだか薄暗い夜道を一人で歩いていたのが、ようやく人通りの多い表通りに出てきたような感覚があった。
少なくとも、ついさっきまでの鬱屈とした気分は晴れたように思う。
「…………よし! なんだか目が覚めました!」
口の端に付いていた乾いたものを引っぺがし、言う。
ちなみに紙だった。
「ディー、気合い付けにちょっと頬をつねってみてくれ!!」
「ほーですか?」
「違うっ、なんで自分の頬をつねっちゃうんだ!
こっちこっち!!」
仕方ないので、自分でバチーンと両頬をはたく。
うん。
「痛い…………」
「強く叩き過ぎだろ」
ベアさんに容赦なくツッコまれる。
でも、もう元通りだ。
そもそもおれはきっと、後ろ向きにうだうだっと悩んでるのは似合わないと相場が決まってるんだ。
「ありがとう御座いました、エマさん!
それと、ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ。最初来た時の、服もはだけて白目で半開きの口からヨダレが垂れてたのとはえらい違いですね」
なにそれこわい。
完全にヤバい人じゃねえか!
「流石にそこまでじゃなかったと思いますけど!?」
「おお元気になってら、マジで元に戻ってやがる。復帰はえーなぁ。
いやここは、流石はシスター長のエマさんと言うべきか?」
なぜか誇らしげに言う熊そっくりの大男に、褒めても何も出ませんよ、と返したエマさん。
昼食も終わったためか手元にあったフードを被り、話を締める。
「まあ、フランもそこまで言うこと聞かない子じゃないから。それは私が保証します」
おれだけに見えるように、パチっと片目を閉じる。
……なんでこの世界の人達はみなウィンクが上手いんだろうな。
おれなんかやろうとすると両目閉じちゃうのに。
一度妹のアカリに試した時は「なに兄貴いきなり目パチパチさせて? どうしたのドライアイ?」と、とってもドライな顔でリアクションを返されてしまった。
ウィンクをただのゲームのし過ぎで目が疲れてるとカン違いされた。
まあそんな悲しい思い出は、今はどうでも良いんだ。
そして、ちょいちょいとエマさんに手招きされる
そちらに顔を寄せると、からかうようにエマさんが耳元で言った。
「(で、ダメだったらもうあの子からは離れちゃいなさい。おねーさんが預かったげるから。なんなら小さい弟にするみたいに、ぎゅーっと抱きしめてあげても良いのよ?)」
「う、えぇ!? いや、それはちょっと……」
他の二人に聞こえないように言ってニマニマと笑い、こちらに腕を広げてみせる。
……修道服の上から、微妙に体のシルエットが浮かんでいる。
「なに、私じゃ不満かな?」
「そういう意味じゃないですけど!」
と、視界に瞬時に割り込んでくるものがあった。
隣のベッドにどっかと座っていたはずのベアさんが、高速で横にスライドするようにして移動してきたのだ。
図体からは考えられないほどの機敏さ。
目の前すぐ近くに非常に威圧感のある、というかぶっちゃけ暑苦しい顔が接近する。
「っ近ーーーーい!?」
磁石の反発のように反射的に後方へ下がる。
危なかった。
「おいヒカリ! お前食堂に帰るまで時間を置くんだよな!?
それなら丁度良い今思い出したんだがお前を見かけたら冒険者ギルドに呼んでくれって伝言受けてたんだわ!
そこに行くと良いぜ、ってかはよ行け!!」
妙に早口で言われてしまう。
「そ、そうですねヒカリさん、そのギルドって所に行かないと!!」
「いや、ディーまでそんな……」
「「いいから!!」」
なんで息ピッタリなんだよ!
ついさっき会ったばっかりじゃないのか!?
顔を動かしてそちらを見ようとすると、目の前の顔も同じように動く。
恐ろしいほど理不尽なマンツーマンディフェンスだった。
「それも良いのではないでしょうか?
ヒカリくん、街の様子は帰って来てからロクに見てないんでしょう? いろいろ見て回ったら?」
「そりゃ良いや! 俺はエマさんとここでくつろいでっからお前は」
「え? 私もこれから、街に出て往診ですよ?」
「なにぃいいーーーー!?」
「ツバがーーーーーーー!!」
驚いたベアさんがこっちを向いたまま叫ぶ。
……と同時に、おれの方へツバが散弾の如く飛んできた。
激烈に嫌なショットガンだ。
「あっ、それならベアさん。
悪いんですけど、次の当直の子が来るまでここの留守をお願いできるかしら?」
「い、いや、しかしよ……」
「グリーンベアさんなら見知った顔ですから、安心して頼れますし」
「判ったぜ!!」
おれの方にはツバによって精神的なダメージを与えておいて、後ろを向いてエマさんに応える。
なんとなくだけど、きっとベアさん今すげぇイイ顔してる気がする。
「なら行きましょうか。ベアさんには申し訳ないけど……」
「構いませんって!」
そうして見ればやっぱりとっても笑顔だったベアさんに送り出され、おれ達は外に出た。
「私は最初は……クロモさん家のお爺さんの様子を見に行かなきゃならないから、こっちね」
玄関のドアを閉めてからエマさんがギルドの方とは逆の方向を指差す。
もちろん格好はシスターの正装のままだ。
付け加えると、おれも院にあった服を借りた。
もうバスローブの変態なんて呼ばせない。
別に呼ばれてないけど。
エマさんが伸びを一つ。
「はぁ、敬語とか堅苦しい服装ってやっぱり疲れるわねー!
シスターだから、好き嫌い言ってられないけど」
「ああ、そう言えばベアさんが来たら敬語になってましたね」
「仕事だからねぇ」
「ええぇえ」
いや、ぶっちゃけ過ぎじゃなかろうか。
ってかなんで今気を抜いちゃうんだ。
「じ、じゃあ、おれらはこれで失礼します」
「あれ? 今日の夕方はフランの所へ行くって言わなかったっけ?」
「あ、そうでしたっけ?」
そう言えば、そんな話もしていたのを思い出した。
「それなら、また夕方にお会いできるかもしれませんね」
「私からも言っておくけど、ちゃんとフランとは和解するのよ?
ディーナちゃんも、またね?」
言って、色々な医療用の道具が入っているであろうフタ付きのカゴを手に提げ、エマさんは歩いて行ってしまった。
それをディーと二人して手を振って見送る。
シスターさんの後ろ姿が遠くなってから、横でぼそっと呟きの声がした。
「ヒカリさん、嬉しそうな顔ですね?」
「え、そうか? まあ、ためになるアドバイスも聞けたし、良い気分転換にもなったからなあ」
沈黙。
「……『ぎゅーっと抱きしめてあげても良いのよ』」
「――――ぬなっ!? き、聞こえッ…………!?」
冷ややかな声。
使用する氷魔法のように、ディーの声が冷たい。
あの時の言葉、バッチリ聞こえていたのか…………!?
横の少女を見ると、表情は笑顔なのに、その蒼い目だけが笑っていない。
「……ディ、ディーナさん?」
「エマさんは胸も大きいですしさぞ嬉しいでしょう、ね!」
途端に、ギリギリギリッ! と頰に鋭い痛み。
「いだだだだだ!! どっからそんな話がっていたたた!
なんで今更になって頰引っ張んの!? そりゃさっきはつねってくれとは言ったけどもいひゃい!!」
何この、ディーとは思えないような力!?
この子意外と力強い!!
「なにを、デレデレしてるんですかー!!」
「してねえーーーー!!」
そこからしばらく、謎の追及を受けるのだった。
ちなみに頬は腫れた。
理不尽だと思った。
エマさんフランさんは、わりと正反対な性格だったり。
ではまた次回!




