第五話 : メガネ君とメイドさん
少し忙しかったために遅くなってしまいました!
それでは参りましょう!
センティリアル帝国、首都センティリア。
先日までの異変の時とはうってかわって突き抜けるような青空の下、市街の一区画。
街を南北に貫いている最大の通り、『中央通り』からは幾らか西に移動した所にあるものの、この通りだって相応に人で賑わっていた。
「はー、ここが『冒険者ギルド』……!」
十字路に面した大きな建物の前で、ディーが感嘆の声を上げる。
往来の中でキョロキョロと辺りを見回して、さっきからいろんな物に驚きっぱなしである。
おれだってここに来て初日はディーと全く同じ状態だっただろうし、今もまだ慣れたとは言えないけど、なぁ……。
「やっぱり見るのは初めてなのか?」
「ええ、まあ、街に来るのも初めてですから」
「あれ? そういや、おれが寝てた時は?」
三日も寝こけてたらしいのだから、その間にディーが単独で外出していても不思議は無い。
「私も体調を崩してたんですよ。エマさんに静養してなさいよー、と言われてました」
「その割にはおれが起きた時には妙にハッスルしてたような……」
「……気のせいですよ?」
ふいっと横を向いて、ひゅるりーと口笛を吹く。
そんな気のせいがあるか。
……でも、そうか。
外に出ないんじゃなくて、出れなかったんだな。
悪いこと聞いちゃったかな。
ディーだって魔人であるとは言え、別に普通のヒトとそこまで際立った違いがあるワケでもない。
あんなに瘴気の濃い洞窟で長時間滞在していたんだから、ダウンしてる時間もそりゃあ長いだろう。
むしろ街を初めて見物してる割りには意外なコトに、ある程度順応してるようにも見えたけど。
先程のエマさんやベアさんとの普通な…………、たぶん普通なやり取りを見る限りでは。
そう疑問を口にすると、ディーは自分の着ている服を見下ろしながら答えた。
今は、例の水守の装束は着ていない。
「一人で外に出てたらこうも普通にはしてられなかったと思いますよ?」
「ん? どういうこと?」
なんだろう。
一人になるとテンションが上がっておかしな事をやらかすタイプなのだろうか。
そんな、おれじゃないんだから。
ちなみに彼女の服装は、エドさんの家から借りた、同年代程度の街娘が着ているような服だそうだ。メイドのキリオーネムさんが言っていた。
こうして歩いていても、街中で浮かない無難なチョイスだと思う。
……フリルが多めなのは、キリオーネムさんの趣味なのかは定かじゃないけど。
少なくともその混じりっけのない青さの髪と目の色(と、あとついでに言動)で、どうしてもディーは目立っている所があるからな、街の通りでも他に純粋な青色の髪と目をした人を見かけない以上、せめて他の所は無難に抑えておくべきだろう。
「ヒカリさんこそ、腕の調子はどうでしょう?
折れてた右の方は……?」
エマさんに診てもらっていた腕だけど、もう不調を訴えることはなかった。添え木と固定用の包帯はまだあるものの、右手ももう十二分にグーパーと動かせる。
「うーん……」
薬草や回復薬を使ったのか治癒のような魔法を使ったのか、たとえ骨折でもあっさりと治ってしまうらしい。
改めて元の世界とこの世界の差を実感するね。
「うん、もう痛みも無いし大丈夫。むしろさっきつねられた顔の方がまだ痛いくらいだ」
「…………」
「なんで睨む」
恨みがましさと言葉にできないやるせなさがミックスされたような目を向けられてしまった。
なぜだ。
――――とか言ってるこちらの服装も、特に変な所はない、施療院で借りてきた綿製のシャツとパンツの上下のみ。
つい先程までのバスローブ仮面とは天地の差だ。
むしろディーよりも風景に溶け込んでいる。
あまりにも無難になじみ過ぎてもうなんか、農家の小作人にしか見えなかった。
……実は貸し付けてくれたエマさんいわく、三着まとめて一セットで安く売っているような服を院にストックしているのだそうで。
扱いが完全にセールのお買い得品だった。
「でも確かにいい人でしたねー……特に、エマさんは」
後半部分を妙に強調してくる。
何が引っかかったのか、心なしか蒼色の目もじとっとしてきた。
「今、エマさんのこと思い出してませんでした?」
「だから、何をそんなに怒ってるんだよ……。
あれはエマさん、単にからかってるだけだって。フランさんの件で発破をかけてくれたんだろ。
あとさっき歩きながら言ったじゃん、ベアさんがエマさんの事好きなんだって」
道中も説明した内容を繰り返す。
ちなみにこれでリピートすること、三度目である。
あれは特に他意のない、お世辞とか社交辞令みたいなもんだろう。
おれでもソレぐらい判るさ。
それにグリーンベアさんの恋路を横から槍で突いてジャマするつもりも毛頭ないのだ。
きっと違反してるだろう、ワシントン条約とかに。
「そうですか? 本当にそうですよね?」
まだ微妙に疑いの眼差しだった。
スーパーのタイムセールで晩ご飯となる魚の鮮度を見極めているアカリのような目つきだ。
語尾も微妙に間延びして疑問を強調してくるのが怖い。
「本当です」
「本当に本当ですよね?」
「ホントホント」
「でもエマさんの胸は見てましたよね?」
「ホン、ッ――――!?」
なッッ!?
なんで唐突にそんな事を!?
「――――本棚の方を見てたんだ!」
苦しい!
苦しい言い換えだ!!
いや違う! 苦しいとか苦しくないとかは関係なく、見てないから、マジで!
卑怯だ! 卑怯な誘導のせいで意図してないコトを言ってしまっただけだ!
だからやめろ、そんな目で見るんじゃない!!
動揺を悟られないように必死にポーカーフェイスを作るおれ。
たぶん全然隠せてないのが自分でも判っちゃう悲しさ。
「ふぅ…………」
かと思えば、ディーは下を向いて溜め息を一つ。
自分のシャツの襟元をつまんで、パッと離す。
「………………」
「………………」
こんなにいい天気なのに、妙におれ達の周りだけ気温が低い気がする。
……なに、この罪悪感。
(一体、どうしろってのさ…………)
一難去ってまた一難。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
そして一つ、ふと思い出した。
高校の時、朝登校して教室にやって来たヨシヒコの奴が「そうか、ヒカリ! 女性の価値はおっぱいだけじゃねえ! ねえけど、あればある分だけボーナス点になるのか!!」と世紀の大発見か苦行の末の求道者か、はたまたトンデモオカルトの某ミステリー調査班マンガのような勢いで、血迷ったコトを口走ってきた事があったのだ。
周りのクラスメイトは、また変なこと言ってるな、あいつまた朝から発作が出てるのかとスルーしていたし、名指しされたおれも巻き込まれてはたまらないのでさらっと流した。けど、あれはどういう意味だったんだろう。
結局、当のヨシヒコは近くの廊下に居た胸筋パッツンパッツンの男の体育教師にどこかへ連行されてしまった上に、一時間目の授業の終わり頃に帰ってきたヨシヒコは唇をプール入り過ぎた時のように青くして白目になって座席で体をガタガタと震わせていたから、それ以上は何も聞けなかった。
その真意は既に闇の中だ。
しかもなんで今思い出したのかも謎だ。
――――と、昔のどうでもいい事を思い出して半分くらい現実逃避しかけていた時。
「少し宜しいでしょうか、ヒカリ様?」
ディーとおれの間に横から声がかかった。
淡々としてはいるが、丁寧な口調の声。
「あれ……キリオーネムさん?
こんなに早く会うなんて、何か買い出しとかですか?」
虚を突かれ、二人してその声のする方を向く。
いつの間にか近くに居たのはエドさんの家のメイド、キリオーネムさんだった。
「これを渡すようにと皇子からの言付けがありましたので、こちらへと参上しました。
ちなみに、食材の買い出しをするという用事もあります。ヒカリ様、正解です」
「は、はあ…………」
口調に違わず丁寧な所作で、一礼。
手に持っていた、でかいトートバッグのような袋を渡された。
中身も結構あるようだ。
「あ、これは……!」
見てみると、ディーが洞窟で着ていた水守装束や、おれのボロボロになったパーカーやウェストポーチまでがきっちり畳まれて入っている。
「ディーナ様の服は良いのですが、ヒカリ様の服は洗いはしたものの服の痛みが激し過ぎたため……」
「ああ、いえいえ。洗濯してくれただけでももう充分ですよ」
「申し訳御座いません。それと、こちらを。
一応磨き布でお拭き致しました」
ディーに、一本の杖を渡す。
「『水魔の氷槍』がピカピカになってる! ありがとうございます!」
「ヒカリ様にはこちらを……。
ただ、こちらも服と同じく、道具としては使えない程のダメージを受けていますが」
と言って、どこから取り出したのか、真っ二つになった鉄製のシャベルを取り出す。
おれの武器だったシャベル、スコップだ。
汚れは完全に落ちていた。
だが、柄の中央あたりが引き裂かれたように断たれているのが痛々しい。
礼を言って、故・シャベルを受け取る。
「我ながら、自分の武器をここまでズタズタにしちゃうなんてなぁ……」
「どうしましたか?」
「いえ、ちょっと酷使しすぎたかなぁ、と」
思い入れはあるし、なんとか直して再び元の姿に戻してやりたいが、どうだろう。
これはちょっと、親方に見せてみないと判らないな。
心の中で合掌し、トートバッグの空いた場所にぐさっとシャベルを差し込む。
折れてるおかげで上手いことしまえたのは、ちょっと皮肉なことかもしれない。
鍛冶屋の親方、スミドさんならば直せるだろうか……?
「でもわざわざ持ってきてもらえるなんて……、助かりました」
「お気になさらず」
「…………ん? この小さい袋は?」
トートバッグの底に転がっていた袋。
開けてみれば、銀貨が何枚か入っていた。
この世界での通貨だ。
ざっと数えると、その数六枚。
「皇子からの完治祝いです」
「え!? いやいや、悪いですよそんな!」
以前食堂で親方に教えてもらった通貨の数え方だと、この世界の通貨単位は『エウル』。
銀貨は一枚100エウルだったハズだ。
日本の感覚からすれば1エウルは20円程だったから…………しめて一万二千円なり。
元の世界だったら新作のゲームソフトが二本は買えてしまう。
全盛期のオ○ーナなんてヘタしたら二十本は買えてしまう。
そこに建ってるギルドの最下級の階級の任務一つの報酬が200エウルとちょいだった覚えがあるから、目を見張るような、という程の金額ではないのかも知れないけど……。
「流石に、そこまでしていただくワケには……」
「やはりそう仰られますね。
ですが、少ないかもしれないけどヒカリ君にあまり気に病まずに使って欲しい、との皇子からの伝言です」
「え、エドさん……!」
彼はこちらの内情も知っている。おれがこの世界に来たばかりで金欠だと言うのも把握しているのかもしれない。
だけど、治療を手配してくれていた上にお金を貰うなんて。
気が利く、と言うとなんだか上から目線になってしまうようだけど、エドさん、本当に気の回る人だ。
気を利かせられ過ぎて、むしろ申し訳なくなってくる。
「でも、良いんですか?」
「はい。勿論です」
キリオーネムさんが頷く。
「ちなみに、他の意図は御座いません。決して」
「なぜそこで念を押すんですか?
もらうのが怖くなってきましたよ?」
気を利かせられ過ぎて、むしろ怖くなってきた。
…………裏があるんじゃなかろうか。
何を要求されるんだろう。
一瞬なぜかおれがヨシヒコ・チアノーゼ状態になっている絵面が思い浮かんだのは気のせいだと信じたい。
「メイドのジョークです」
「ジョークでしたか」
まあそうだよな。
真面目そうなキリオーネムさんも、冗談とか言うんだな。
「………………」
「ジョークですよね!?」
冗談じゃなかった可能性が急浮上してきた。
なぜそこで黙るんだ。
「では、またいずれ。
可能であれば明日、皇子の家へお越し下さい」
「は、はぁ……」
言うだけ言ってから、再びきちっとしたお辞儀をし、おれの横を通り過ぎていく。
そして、通り過ぎざま。
「(若干機嫌を損ねてらっしゃるディーナ様へ、何か買って差し上げると良いかもしれません。それと、戦った『目』については、あまり広言しない方が宜しいかと)」
少し立ち止まって、耳元に小声でそう助言を残す。
言ってから、そのまま未練なく歩き去っていった。
「結局エドさんの真意は判らないままだった…………」
「ヒカリさん、ヒカリさん?」
「ん?」
ディーが、離れていくメイドさんの背中を見ながら言う。
急ぎ足ではないし歩幅もそこまで大きくはないだろうに、既にその背はかなり遠くまで離れてしまっていた。
「キリオーネムさん、どうして私達がここにいることを知ってたんですか?」
「……えっ」
「だって、施療院に行ったことも知らないはずですよね?」
さっきまで微妙に怒っていたことも忘れ、顔を見合わせた。
手に持ったトートバッグが妙にずっしり重い。
「…………ギルドに入るか」
「……はい」
いくら考えても答えの出ない謎だった。
さすが、メイドさん。
ようやくギルドのホールに入ると、後ろから付いてきたディーは、おおーとか、はぁーとか、感動とも驚きともつかない声を発した。
しかし、同時に若干声は潜めておれの陰になるように後ろにいるのは、慣れない空間に緊張しているのか。
まあ、ギルドの雰囲気は結構特徴的だからな……。
「うわ広い! 広いですね!!」
「さっきから驚き過ぎじゃないか?」
「そ、そんなコトは無いですよ!
ヒカリさんもキロさんには驚いてたじゃないですか!」
いや、あのメイドさんはちょっと例外な気がする。
だけど、自分が所属する建物を見せただけでこんなにリアクション大きく驚いてもらえるのは、なんだか悪くない気分じゃない。
きっとディー、グルメレポーターとか向いているに違いない。
なにげによく食べるし。
「す、スゴい……あっちにはガタイが良くてちょっと汗くさそうな人がたくさん居ます!」
「ひどい感想だな!」
右手奥のテーブルが幾つも乱雑に配置された場所を見て驚愕していた。
「……ああ、休憩所にいる人達な」
小声だったから良いものの、聞かれたら殴られてもおかしくないぞ、それ。
「ちなみにディー、冒険者ギルドってどういう仕組みか知ってるか?」
「そもそも冒険者について、あまり」
「そこから!?」
入り口から見渡して、ホール内の説明もしてみる事にした。
おれもここに来るのはまだ数度しかないから、別に先輩風を吹かすってワケでも無いけど。
「まあ、有り体に言えば『なんでも屋』みたいな物かな」
「なんでも屋……?」
以前見た、任務の依頼書の束を思い出してみる。
「あっちの左奥に見えるのが、このギルドにやってくる依頼書が貼られてる掲示板。
依頼書の内容としてはたぶん草むしりとかお使いから魔物の討伐や商人の護衛まで、いろんな所からいろんな仕事がやって来るんだ」
「いやいや、草むしりってそんな……」
ディーが怪訝な顔をしている。
いや、ウソは言ってないぞ。
ギルドに入会してからというもの、薬草をむしって持ってくる任務しか受けてないおれが言うんだから間違いない。
「任務は強制されないから、自分の好みで受けられるのも利点だろうな。で、仕事の内容も千差万別」
そう言うと、なんだかいいことずくめのように聞こえてしまう。
が、任務失敗といった自分のミスは必ず自分の責任になるし、危険度が高い任務でケガ、最悪斃れてしまったとしても保障は無い。
若干あやふやな説明を思い出す限り、冒険者ギルドはあくまでも依頼者と請負人の仲介役、需要と供給を結ぶ立場であって、それ以上の干渉は積極的にはしない、というスタンスだったはず。シビアだ。
「で、その依頼書をあの並んだカウンターに持っていくと、受付で任務として受領される。そう手続きを取らないと報酬が貰えないし、上手くギルド側も管理できないんだ。別々の人がそれぞれ同じ任務を受けたら、取り分争いになるだろ?」
こうして説明している間にも、受領を終えて依頼書の控えを持った一人の冒険者がこちらの出口へとやって来る。
茶髪の頭にはネコっぽい同じ色の耳。
獣人の女性の冒険者だった。
「そこの二人、どくニャス!!」
細身の体に着慣れた風な革鎧が、背負った長剣にがっちゃがっちゃとぶつかり音を立てて、横を通り抜けていく。
その冒険者は、やっぱりネコっぽいしなやかな動きでドアを開け、外へ足早に出ていった。
なにやらそれを見てテンションが上がったのか、ディーがおれの服の袖を引っぱっている。
「ヒカリさん、今の人! ニャスって言いましたよニャスって!!」
「獣人なんだろ? 別に通りを歩いてても見かけたじゃんか」
「話しかけられちゃいましたよ!」
「それ怒られてただけだ!」
まるで最初に本物のネコミミを見た時のおれのような興奮度合い。
そう言うこっちもやっぱり、まだに完全に慣れたワケじゃないけど。
つい数日前までネコ耳やイヌ耳、肌にウロコが生えてる人だって実際に見た事はなかったんだから当たり前だ。
てか語尾にニャスって、なんか凄いな。
今も実は、ぴこぴこ動く耳を無意識に視線で追ってしまっていた。
すごく……触ってみたいです。
「ネコですよ、ネコ!! 耳が、耳にゃす!!」
「なんか語尾が感染ってる! ……そこまで驚くような事か?」
「いえ、でもあの耳のモフモフを見たらなんだか触りたくなりません?」
思わず頷いてしまった。
「それは判るけど……。撫でてみたいけど」
「なっ、イヤらしい! 道行く人をそんなヒワイな感情で見てたんですか!?」
「おまえ自分のこと棚に上げて何言ってんの!? あと卑猥とか言うなよ!!」
セクハラ扱いされた。
すごく……不本意です。
でも、あのピョコっと動く耳に触ってみたいのは事実。
やっぱりこの世界の人もそう思ったりするのか。
「ヒカリさんの頭はちょっとチクチクしそうですけどね」
「なんで比較するんですかね」
ディーの特徴でもあるヒレは、魔力を込めないと現れないからなぁ。
ただ、あまり身体の特徴とか、魔人関連の話を大っぴらにするのもちょっと好ましくない。気がする。
「まあ、すぐにこういう風景にも慣れるって。
あっちのカウンターへ行くか」
なので、そろそろ場所を移動することにした。
自分の頭を触ってみると、やっぱりチクチクした。
なんか悔しい。
「カウンター? でもヒカリさん、あちらにある掲示板の紙を持ってから行くものじゃ?」
「今回はそうじゃなくて、ただ来ただけだから要らないと思う。
ベアさんに言われたから訪ねただけだし…………っと、良かった。いたいた」
目的の人物をすぐに見つけ、そっちに向かう。
受付カウンターの奥側に腰掛けたその姿は、いつもと変わりない姿だった。
元の世界であればスーツ姿が非常に似合いそうな、生真面目さの溢れるその姿。
違うのはその前の机に、大量に書類が積まれていることと、今まさにその書類を切り崩すようにして紙面とにらめっこしている事ぐらいか。
でも、他のカウンターに居る受付係の人達だって、それと大差ないように見える。
ディーも少し遅れて、おれの後ろをトトッと急ぎ足で追い付いてきた。
「どうも、お久しぶりです」
四角メガネの係員さんに声をかける。
別にそこまでひさびさ感は無いけど、こういうのは気分の問題だ。
「ええ、数日ぶりですね」
こちらを見て会釈し、すぐに忙しなく手元の書面に顔を戻す。
かなり切羽詰まった状況のようだ。
邪魔しちゃ悪いかな。
…………と。
再び顔が上がり、こちらを向いた。
メガネがキラーンと反射した。
「――――――ぬぅぁぁぁあああああ貴方はーー!?」
そしてメチャクチャに驚かれた。
まさかの二度見だった。
おれを目で捉えた瞬間にイスごとガタタッと後ろに下がり、書類の山は羽毛のようにぶぁさと舞い上がる。
ついでにメガネもすぽーんと吹き飛んだ。
真面目な雰囲気もどこかへ消し飛んでいった。
「かっ、係員さーーーーん!?」
まるでC級ホラー映画のゾンビが、一回は倒したと思ったら何事もなく再び現れた時のような驚き方だった。
「え!? いや、え!?
街の外で人事不省になっていた所を運び込まれて、全治三週ほどの見込みの容体だったんじゃ!?
どうして、そんなに何事もなかったように現れたんですか!?」
本当にほぼゾンビ扱いだった。
……いや、そうじゃなくて!
「なぜ!? どっからそんなハナシが!?」
「ぎ、ギルドへの報告にはそう上がっていましたけど!?」
「誰だそんな事言ったの!!」
と、周りを見ると、近くにいるディーはおろか休憩所の方からも注目を浴びてしまっていた。
人の多い中、これ以上怒鳴りあうのは非常にマズい。
せっかく復帰できたのに出禁とか食らったら目も当てられない。
「……一旦落ちつきましょう、ほら、これを」
「は、はあ ……?」
いったん仕切り直すため、飛んできた所を一瞬の判断でキャッチしておいたメガネを渡す。
メガネの係員さんから眼鏡が無くなったら、それはもうただの係員さんとしか呼べなくなってしまう。えらいことだ。
モビルスーツで言えばコックピットを破壊されたのに等しいだろう。ほぼ致命傷だ。
「確かにおれは街に運び込まれましたけど、腕が折れてただけでスグに治癒の魔法で治ったんですよ」
骨折は『だけ』なんてケガでは無い気もするけど、数日でこうもあっさり治ってしまったのだからそう言うほかない。
「腕が折れてた、だけ? 話によれば、保護された当初は『魔素侵蝕』も重症だったと伺っておりましたが……」
いまだにメガネのガラス越しに怪訝な目を向けてくる係員さんだが、そう言葉を返す。
…………って、え?
後ろを振り返る。
「でぃ、ディー、おれそんな事になってたのか?」
「へ? 私も倒れてたのでなんとも……」
「ああ、では貴方も報告に上がっていた、街の外で保護された方でしたか」
メガネさんがディーの存在に気付き、散らばった書類を整えつつ、お騒がせしましたと謝る。
その横で少し考えてみる。
……そうか、エドさん邸で起きた時には妙に頭が熱っぽかったけど、あれが魔素侵蝕の症状だったのか。
骨折や疲労からではなく、熱はまた別の原因があったのだ。
その割には病状が軽かったようにも思えるのは気のせいだろうか?
街の人が、街に居るだけで侵蝕で数日倒れていたのに、おれはずっと魔素の濃い洞窟で行動していた。
どういう事なんだろう?
……まあ、単に悪運強かったといえばそれまでなんだけどな。
カウンターのこちら側に落ちていた紙を拾って机に戻すのを手伝う。
と、一枚の紙が目に留まった。
「冒険者ギルド、リズシールド支部からの、人員補充・増員提案……?」
「ああ、それは」
「あっこれ、もしかして見たらマズかったですかね?」
重要な書類だったのかもしれない。
下の方に細々と何か書かれているけれど、取り敢えずまだ題名までしか見ていない。
だが、メガネさんは彼の本体でもあるメガネのツルをくいっと持ち上げ、答えた。
「いえ。元よりギルドの広報にも載っている書面ですから問題ありません」
「広報?」
「はい。数日前の魔素増加の影響でモンスターの動きがこの辺りでも活発になったため討伐系の任務が、他にも、治安や都市機能の復興作業等から…………。当ギルドへ寄せられる任務に対してこの街の冒険者の人数が足りなくなってしまったのです。
そのため、近隣都市の各ギルド支部に応援要請を求め、人手を借りる……、という内容の広報ですね」
つい少し前にギルドの管理側で決定した話であり、これから通達がリズシールドの街まで回される、との事。
「また、冒険者の皆様にも奮起して戴けるよう、達成した任務の評価を平時より上昇させるそうです。
期間は設けますがその間は、階級が上がりやすくなりますね」
「へえ、じゃあ自分も頑張れば、すぐに上のランクに上がれたり?」
ちなみに、おれの階級は確か最低のランクだったはずだ。
まだ大したコトもやってないしな。
というか薬草を取ってくるお使いしかやってないよ!!
「残念ながら、魔物が強力に、凶暴になっている事を考慮して、『銅Ⅴ』以下の方が対象となる任務は現時点ではあまり……」
言葉を濁すものの、要は「実力的に危ないからダメ」というコトだろう。
おれのランクは『銅Ⅰ』。
最初を『銅Ⅰ』から最高で『金Ⅹ』までの中での、『銅Ⅰ』。
文句無しの最下ランクである。
危険が危ない。
「ただ、そちらの方々には今後の不測の事態に備え、ギルドの地下のホールを開放する運びになりました。幾つかの練習用武器や設備が置いてあり、今なら鍛錬の場として無料で利用可能です」
「ふむふむ」
カウンターと右手側の休憩所との間にある階段を指される。
あそこを降りると訓練場なのだそうだ。
街の外に出ずに訓練できるようにしたって感じかな?
おれも利用する機会はあるのだろうか。
訓練って言ったら、やっぱり戦い方の特訓だろう。
……武器はシャベルなんだけど。
練習用武器に『シャベル』の項目はあるのだろうか。
「しかし、こちらにも少し問題が……」
「問題、ですか?」
ちなみに、横を向いた時にちらっと見えたんだけど、少し後ろに置かれたイスに座っているディー、休憩所の売店の方をガン見してる。
何か食べたいのか。
さらに視線の向きを追ってみると、売店の脇の『冒険者御用達! ラピスラズリ・エルクの厚切り串焼き!!』と目に毒なくらいジューシーな串焼き肉の描かれた広告をターゲットしていた。
………………。
…………。
……いや、さっき施療院でもかなり食べてたじゃん!
しかしまあ脂っこそうだなアレ!!
美味しそうだけどさ!
「どうにも久しぶりに練習用武器を出したため、かなりの数が古くて使い物にならなくなっていたそうです」
そんなこちらの心境を知るよしもなく、メガネさんが続ける。
ひとまず後ろから感じる妙なプレッシャーは後回しに、彼からの話を聞くことに。
「へぇ、じゃあ訓練場も機能しないんじゃ?」
「そうですね、その為、鍛治師ギルドに大量発注する手筈になっていたのですが、向こうから連絡も無く……」
「おおう……」
そう言うメガネさんの手元には、他にも大量の紙束。
魔物の動きも盛んになり、他のギルドへの連絡もあり。恐らくあの束は多くが大体そういった、面倒くさい作業の内容なのだろう。
シスターのエマさんもそうだったが、このメガネさんもかなり忙しいのだ。
あれだけの規模の事件が起こったのだ、これからもっと復興作業に忙しくなるのは間違いない。
心なしかその四角メガネも、若干くすんで見えた。
「…………それなら、おれが行ってきましょうか?」
「え?」
「鍛治師ギルドに行けば良いんですよね?
そんなお使いぐらいなら任せてください」
ぶっちゃけそのギルドの場所を知らないことに、言ってる今になって気が付いたけど。
まあ大丈夫。工房通りの親方に会いに行けば判るだろう。
最悪、あの工房通りにあるコトは聞いているから探せばすぐ見つかるはず。
そうだ、丁度いい。おれの武器の修繕も頼んでみよう。
だが、係員さんは申し訳なさそうに顔を曇らせる。
「しかし、これは任務扱いにもなりませんが……」
「別に全然オーケーですよ、ついでみたいなもんですから。
知り合いがこんなに苦労してるんだ、任務なんかじゃなくても手伝わないと」
おれは係員さんのメガネに向かって爽やかに笑いかけた。
「な、なんと……!
すみません、職員もまだ侵蝕の後遺症で数人復帰できていない者が居り、実の所、私としてもこの場での優先度の高い仕事をこなすのに手一杯だったので……」
それではこちらの書簡を鍛冶師ギルドの方へお願いします、と言って一通の封筒を渡される。
特にキッチリ封がされていないのを見るに、そこまで重要だとか緊急だとかではないらしい。
まあ、だからこそメガネさんも優先度は低いと言ったんだろうな。
「しかし、お渡ししておいてから言うのもどうかとは思いますが……。
貴方だってまだ腕の調子が良くないのでは?」
折れてる右腕を見てそう言う係員さん。
それこそ今さらな話だ。
手の先を握ってみせ、健康アピールをする。
「気にしなくて良いですよ。こうしてリハビリの運動がてらここへ来るくらいですから」
そうしておれとディーはギルドを出て、工房通りに向かうため再び外に出た。
手には『練習用武具の一括注文』と書かれた封面。
しかし外に出てから、ベアさんの言っていた『ギルド側でお前に用事がある』という話を思い出した。
むしろ最初はそれが目的だったはずだ。
だが、もう後ろのディーがギルドホールのドアを閉めてしまっている。
「……あれ、結局何の話だったんだろうな……?」
それに対して、おれの隣でキリオーネムさんが考えを述べる。
「恐らく、ヒカリ様が北の湖で救出されたことの事情聴取だと思われます」
「え、事情聴取ですか?」
「ヒカリ様は湖の畔にて、獣人の冒険者PTと、同行していた皇宮の騎士隊に保護されたそうですから」
「そういえば…………」
あの時の最後の記憶は、湖の所で倒れて終わっていた。
ディーもへろへろになっていたし、誰かに救出でもされなければここまで戻ってこれなかったハズだ。
ん? おれが見たのは別に獣人の人じゃなくて、もっとこう……。
……誰だっけ?
なんだか、忘れちゃいけない人を忘れてる気がする。
しかも、後でそれが元でスゴく怒られそうな予感もする。
…………ま、まあ、すぐに思い出すだろ。たぶん。
「しかしそのまま話を進めると、『目』との戦いについても話す必要があったでしょうね」
「ああそっか、あんまり話したらマズいんでしたっけ?」
「積極的に話すのは好ましくありませんが、ヒカリ様が必要であると感じた場合は話してしまって構わないよ、とは皇子の談です」
それではこれで、と透き通るような微笑を浮かべて去っていくメイドさん。
手にした買い物袋からはダイコンやらニンジンやらが覗いていたけど、まだ何か買い物があるのだろう。
優雅にも見える所作で歩き去っていく。
それを見送って、おれ達も工房通りに向かって歩き始める。
目的地はその一角、親方の家だ。
――――と、足が止まった。
同じタイミングで止まったディーと、ゆっくり顔を見合わせる。
………………。
…………。
……。
「ヒカリさん、ヒカリさん。今の……」
「言うな…………」
いつから、居たんだろう……………?
というかナチュラルに会話に入り込んできてたよな…………?
何者なんだ、あのメイドさん。
この技、某王子様も使っていたような気がする……。
ではまた次回!




