第三話 : レイクーン家の姉と弟+1
前門の姉、後門の狼……!
沈黙のみが、この場を占めていた。
「…………」
「…………」
「………………うぅ」
ただ、その沈黙は『静かな』と称するよりは、『張り詰めた』と表現したほうが限りなく正しい。
しかもより正確に言うと、張り詰めているのはおれ達の周りだけ。
こちらは部屋の位置的には奥まった場所にあるが、入り口の方を見れば、食堂は昼のピークを過ぎたものの依然お客の入りは途絶えず、以前と変わらない賑わいを見せていた。
そう、食堂である。
ちなみに時刻は昼を若干回った頃合いだろうか。
窓の外からも、賑やかな喧騒がガラス越しに伝わってくる。
しかしここだけは、沈黙。
まるで台風の目だ。今にでも土砂降りになりそうな不穏な粘り気のある空気に満ちている。
この場にいる人間は。おれを含めて三人。
一応、全員が同じテーブルに付いている。
挙げればディーとおれと、それから……。
テーブルの木目を見つめながら、おそるおそる訊く。
「………………ええっと、フランさ」
「――――――キッ!!」
「ごめんなさっ!?」
四人掛けのテーブル、左横に座った人物がこちらを睨む。
この雰囲気を打開しようとするも刺さるような視線に止められて、しかも謝ってしまった。
本能的な謝罪だ。
とっても怖い。冗談抜きに眼光がヤバい。
おれはすぐさま、また木目を数えるポーズに戻る。
木目を数えるだけの簡単なお仕事です。アットホームとは真逆の険しい雰囲気に満ちた職場です。
と、今度はまたおれに代わり、所在無げに座っていた向かいのディーが挙手する。
「あ、あのう…………」
「――――――キッ!!」
「ひぃ!? わ、私までっ……!?」
ビクッとなって手がひゅるひゅると下がっていく。
どうやらガッツが足りなかったようだ。
上目に見れば、彼女もまた木目を数える仕事に戻っていた。
ダメだあの子。
おれもダメだけど。
再び沈黙。
遠くの喧騒だけが僅かにこちらに伝わってくる。
少ししてから遂に、横の人物――――フランさんが口を開いた。
おれより少し年上くらいだろう。
栗色の髪に食堂のウェイトレスエプロンが似合う、柔らかな雰囲気の女性。
………………だったハズだ。
「……で?」
一言だけ、そう発する。
いつもの間延びしたほんわか口調が影を潜めているのがこれまたすごく怖い。
「…………で、とは?」
「判っているのに尋ねないの。
これまでヒカリが何をしていて、それでどうしてあの人の家に居たのかを説明すること。
どれくらい叱るかは、その言い分を聞いてから決めます」
「結局叱るのには変わらなんでもありまっせん!!」
腕組みをしたフランさんから、尋常でないプレッシャー。
最早バトルものの少年マンガだったら、「くっ、バカな……! これほどの気が…………!?」と髪を逆立てて言うような圧力だった。
あと、今もう既に怒られてるよね?
でもそれを言ったらおれは圧死する可能性がある。
完全に雰囲気にのまれながら、彼女の方を向いた。
「さあ、早く」
重い。
空気が重い!
テーブルの足がひしゃげそうな位、ここだけ空気が重いよ!!
「そ、それでは説明します」
「お姉ちゃんにウソを付いたら…………判るわね?」
「はいッッ!!」
実際には姉弟じゃないしとか、そういう事は絶対に言えない空気。
念を押すフランさんの横には、武器が置いてあった。
テーブルに立てかけるようにして置かれている、一本が長さ1メートルはある戦斧が、二本。
刃や形に違いはあるものの色合いはそっくりで、まるで双子のような斧。
柄も刃もただのそれではなく、所々黒い線が入っていたりケーブルのような管が付いていたりと、見れば見るほど異様さが際立つ。
斧のハズなのに刃は持ち手に届くほど長く、ぶっちゃけ長剣と言われても納得できる。
そんな感じで、単体でも充分過ぎるほどに威圧感があるのだが……。
あれ、石突きの部分で二つの斧を繋げられるのだ。
すると全長は並の人間をゆうに超え。
振り回せば、その重量だけで辺りの物を粉々にする武器に変貌する。
振り下ろせば、軽々と土の地面をえぐり取る。
エドさん宅のドアを粉砕したのはコレである。
名前は双頭両戦斧、『ゲルラ=ギルラハ』という。
フランさん自身がエドさんに切っ先を向けて武器名を名乗ったから間違いない。
…………なんだか名前まで凶悪なネーミングだった。
何あれ。あんな武器がこの世界にはあるのか。
しかもそれをフランさんという、普段からは全く予想もできない人が扱っていたのを思い出して、色々な意味で冷や汗が止まらない。
そして自分は、当の女性を眼前に相手取っているのだ。
おれは震えながら、必死に言葉を探り探り話し始めるのだった。
どうして、こんなコトになってしまったんだ――――?
--------------------
「さもなくば――――このフランシスカ・レイクーン、刃を向けることも辞しません!!」
時間は少しだけ戻る。
フランさんがエドさん邸宅に突入してきた時のことだ。
玄関のドアが吹っ飛ばされて木クズに早着替えし、振り向いたおれの前で転がる。
それを一顧だにもせず、フランさんはテーブルに座っているエドさんと相対する。
既に色々とメチャクチャだった。
展開に付いていけない。
もう、間に挟まれた自分にはどうするコトもできない。
ついでにディーも動きが固まっていた。
軽装の金属鎧に身を包んだ彼女の目に宿っているのは、もはや敵意と呼べるほどで。
ジャキッ、と手にした斧、『ゲルラ=ギルラハ』を真っ直ぐエドさんに向ける。
普段のおっとりしている時とは、かけ離れた姿。
「次は言いません。
一刻も早く、ヒカリを食堂に返しなさい!!」
「い、いやいや、ちょっと待って下さい!!」
「ヒカリ、今この家、いや監獄から助けてあげるからね!
かわいそうに、腕も包帯でぐるぐるになって、そんなカッコさせられて……許さないんだからー!!」
自分の姿を見ると、右腕に包帯を巻かれた状態。
さらにそれに加えて、ダンディを演出しようとムリして失敗したようなバスローブ一丁のスタイルが目に入った。
確かに痛々しくてかわいそうかも知れない。
別の意味で。
「いや、監獄って! おれ、治療してもらってたんですよ!?
バスローブについては何も反論できませんけど!!」
立ち上がって、エドさんとフランさんの間に割り込む。
何やら厄介なコトになったというのは判る。
だが事情が良く判らない、それを訊かないことには話に付いていけない!
「仮にもエドさんの、よそ様の家ですよ!?」
「そんなコト知りません―!!」
え、知らないのか?
エドさん、エドワード皇子って有名じゃないのか?
「まあ僕はあまり顔出しもしていないから、この国でもそこまで知られていないんだけどね」
「あ、だからさっきも僕の正体は明かさないように的なコトを言ってたんですね…………じゃなくて!
なんで冷静に解説してんですかエドさんは!!」
不本意にノリツッコミをしてしまったおれに、フランさんが武器を構えたまま話す。
――彼女の話によると、そもそもの発端は二日前。
半分死にかけのおれとディーが街に搬入されてきてエドさん宅で預かられた、次の日のことだ。
湖からこの場所への魔素の流入が止まると、すぐに街に立ち込めていた紫色の魔素の霧も晴れ始めた。
フランさんは重度の魔素侵蝕にやられて施療院で伏せってはいたが、元々が丈夫だった事もあって二日程で体調を戻し無事に退院。
だが、彼女の飼い犬のジャネットがなにやらメモを咥えていた(おれが出がけに書いたやつだろう)事によって、おれが去っていたことを知った。
また、そのタイミングで施療院のエマさんから、おれが街の外から戻ってきたことを伝えられる。
そして、院にボロきれ状態のおれを運び込もうとした時に金髪の男性がどこからともなく颯爽と現れ、彼のメイドらしき人物と共に二人で担架に乗せてえっさほいさと引き取っていってしまった事も。
シュールな光景だったそうだ。
急いでその場所を聞き、彼女が街の『貴族通り』の邸宅に赴いてみれば、門前でメイドに『重症につき、今は安静にして療養中です。現時点では治療術師の方以外を通すことはできません。』とすげなく言われてしまった。
だが、症状からして数日で完治する、とそのキリオーネムさんに諭され、それならまあとフランさんは引き下がった。
骨折くらいなら、腕の良い治癒術者が居ればすぐに治ってしまうのだそうで。
話が変わったのは今朝。
施療院から経過後観察に、とやって来たエマさんがこの家に診察に来てから帰る際に、一通の手紙を託された。
宛先は食堂の娘、つまりフランさん。
差出人はおれの預かり人、つまりエドさん。
問題のその内容は…………。
『大分具合は良くなってきた。もうすぐ復帰できるだろう。しかし、ヒカリ君は自分の献身的な看護の結果、なんと女性に――――』
「――興味がなくなってしまったから、都合を鑑みてここで預かるのを継続する……ッ!?」
フランさんに突き付けられたエドさんの手紙の内容を読んだ。
驚きすぎてもうなんも言えない。
紅茶を口に含んでいたら、まるでサンシャインな配管工が持つノズルジェットの如く噴き出していただろう。
フランさんがわなないた。
「そんなこと…………」
片手で構えた武器が震えた。
そして、叫ぶ。
「絶対にあるわけ、無いでしょーーーー!!」
対してエドさんは、驚きから立ち直っていた。
再び、悠然といった佇まいに戻っている。
サラリと髪を掻きあげた。
「果たして、本当にそうかな?
傷付いてうめき苦しむ中で、親身になって優しく手を差し伸べられれば誰だってきっと……。
そう、性別の差異だって…………」
「そっ、そんな事っ!!」
いや、絶対にないだろ。
そもそもおれ、目が覚めたのはついさっきだよ。
しかし、なぜかそこで顔を赤くして僅かにひるんでしまうフランさん。
一体何を想像したんだ。
エドさんは、まるで何事も無かったかのように紅茶を飲みつつ話している。
あの激昂状態のフランさんを相手にしながら、なんと末恐ろしい優雅さだ。
ドアを壊されて家の開放感が増しているくせに。
逆にディーはというと、この空気に完全にテンパっていた。
むしろいつもより騒いでおらず静かなため、一周回って落ち向いているように見える。
けどよく見ると、目がぐるぐるしている。
つくづく突発的な事態に弱い子だった。
「フフフ……。言い詰まるってことは、君も内心では焦っていたんじゃないのかい?
なんなら今、僕の元から彼を奪い返してみるかい?」
「当たり前です! そのために来たんですから!!」
決然と返すフランさん。
見れば、フフ、と自信ありげに笑っているエドワード皇子。
こちらにバチーンと意味深なウィンクをする。
ついでに手をワキワキさせている。
フランさんの方はと言えば、栗色の髪を逆立てんばかりに怒っていた。
間に挟まれて、両方から見られているこの状況。
どちら側に付くか、決断を求められているのだ。
おれは――――――、
「………………えーと」
――――フランさんの方に歩いた。
「ヒカリくーーん!?」
悲痛に叫ぶエドさん。
さっきの自信や余裕や髪の毛ファサ……はどこへやら、途端に取り乱し始めた。
「なぜだヒカリ君!! 君はそっちを選ぶというのかい!?」
……いや、どう見ても誰が見てもこちらを選ぶだろ。
むしろなぜ自信があったんだエドさん。
フランさんは少し安心したのか、斧の刃を下に降ろす。
おれの左腕を引き、胸元にたぐり寄せて抱きしめる。
く、微妙にマズい! 何とは言わないが主に左腕がマズい!!
これは血圧計だ、血圧計の腕を挟みこむやつだと考えて意識を逸らすんだ!
「ふう…………。そもそも、『この家で預かる』というのがおかしいんです。
ヒカリはウチの子なんだから、こちらで看護する責任があります!!」
「いや別に、どこの家の子でもないような」
「ウチの子です!!」
断言されてしまった。
食い気味に断言されてしまった。
と、そこで。
こちらに体を乗り出し、今生の別れでもあるかのように手を差し伸べてくるエドさんに、キリオーネムさんが話しかける。
「ヒカリ君、そんな誘惑に負けちゃダメだーー!」
「……エド皇子。せめてヒカリ様に伝言をなさっては?」
「――――ああっと、そうだった!」
「私はチリトリと箒を持って参ります。また、戸は一つ前の物を倉庫からお持ちします」
この緊迫した状況の中で一人動き、おれの脇を横切って隣の部屋へ向かうキリオーネムさん。
途中で立ち止まり、フランさんにがっちりホールドされたこちらに楚々として一礼。
「入口の戸については、皇子が失礼な振る舞いもありこちらの責任でもあります。
弁償などと請求は致しませんので、ご心配なく」
「は、はあ…………ありがとう御座います」
「それではヒカリ様。またすぐにでも」
再びお辞儀をして、そして去っていってしまった。
フランさんの突入にも、特に驚いた様子は無かった。
なぜか、頭に『メイドですから』という言葉が浮かんでくる。
メイドさんって凄い。腕を拘束されながらそう思った。
「……コホン。というコトだから、ヒカリ君もあまり気にする事は無いよ。
もちろん、そこの彼女の元へ付いた事もね」
「良いんですか?」
「ここで懐の深い所を見せておけば、いずれはヒカリ君だって……」
「台無しだ!!」
丸聞こえだった。
再び元の調子を取り戻したのか、エドさんが劇の舞台役者のように苦悩のポーズをして嘆く。
「ああ……、しかし! こうして巣立つようにヒカリくんは僕の元から去って行ってしまうのか……。
でも僕はきっと、君がまた戻ってきてくれると信じているよ!」
やにわに顔を上げて微笑む。
また妙に歯をキラーンとさせていた。
…………。
……。
「そうですね」
「その顔は戻ってこない顔だね? でも本当に後で話があるから、またこちらに来てくれるかな? さっきの話題の続きだよ」
確かに、話はフランさんの乱入によって、途中でぶつ切りになってしまった。
重要そうな話なら、フランさんはいるが今ここで聞いてから帰っても……。
と、そこで。
「いつまで話してるのー! 帰るわよ!
聞かせてもらうことがたっくさんあります!!」
ぐいっ。
左腕は解放されたけど、今度は首根っこを持ち上げられた。
「あ、ちょっと!!」
痺れを切らしたフランさんが、行動を起こしたのだ。
ローブの襟元をむんずと猫のようにつままれ掴まれて、玄関の方へと引きずられていく。
「ほらそこの子も! ヒカリと一緒に来たんでしょ?」
「はっ、はい!」
結局あわあわしているだけで助けにならなかったディーも立ち上がる。
『目』と戦ってた時の勇敢さはどこへ蒸発してしまったんだ。
しかし、そんなコトよりも。
「ちょっと待ってフランさん! そこを引っ張られると脱げる、脱げちゃいますから!」
「男の子でしょ、ガマンしなさい!」
「服が脱げていくのを我慢しろと!?」
いろいろ、いろいろ見えちゃうから!
バスローブなんか引っ張られたらマズイから!
男の子とかそういう、生易しいものじゃないモノが見えちゃうから――!!
「ディー頼む助けて、取り敢えず右腕が使えないおれに代わってこのバスローブを」
「こ、こうですか?」
青い髪のアホの子が、横からおれの足を持ち上げる。
「…………ち、違う! そうじゃない!!
足を持つんじゃない! バスローブは下から見られるのを防げるようには作られてない!
ダメだ、それだと色々見えるんだよーーー!!」
--------------------
そうしてエドさんの邸宅から出て、今に到るのだ。
荷物とか疑問とかプライドとか、色々な物をエドさん家に置いてきてしまったのは言うまでもない。
ちなみに今も着替えるヒマは無く、バスローブのままである。
「――――じゃあ、ヒカリが異変を解決した、と。
そう言うのね?」
「はい、一応…………」
胸の前で腕を組んだまま、目をつぶって難しい顔をしているフランさん。
大体のあらましは彼女に話してしまった。
おおよそ街を出た所から、『目』を撃破して再び街へ戻ってきた所まで。
「ディー、他に何かあったっけ?」
「私が合流してからは……。そうですね、ほぼ話し漏れはないと思いますよ?」
「だそうです」
ちょっと不安だったのでディーに確認。
向かいに座った青髪の少女も、ようやく混乱状態から脱したらしい。
さっきまではほぼ口から魂が出かけてるような状態だったからな。
たまに机の横の『ギルラ=ゲルラハ』を見てビクッとしてるけど。
「それで、あの変な金髪の人の家に軟禁されていたのね……」
「ヘンな人って……。
フランさん。あの人は本人が言うには……ど、どこぞの貴族の方らしいですよ?」
彼女はエドさんがこの国の皇子、エドワード第二皇子なんて事は知らないようだ。
エドさん自身も隠したがっていたようだし、言葉を濁してフォローする、ものの……。
「知りません!!」
ずだーんとテーブルを叩く。
フランさんの中で、エドさんは完全に敵として判断されたらしい。
「エマの施療院からヒカリを引き離して、自分の家に閉じ込めて…………あまつさえ、じょ、女性に興味がなくなったと周りに虚偽の通達をするなんて!!
たとえ貴族とは言え、やって良いことと悪いことがあります!」
「ですよねー!!」
そう並べて聞くと、どう考えてもヤバい内容だった。
特に最後。
「い、いや…………、あの人も一応施療院? からのシスターさんと、またどこか別の所から腕利きのヒーラーさんを呼んでヒカリさんを治療してくれてましたけど……」
おずおずとディーが述べる。
それを受けて、フランさんが彼女の方を向いた。
続いて、こちらを見る。
「それから、この子は?」
「この子?」
「ヒカリとあなたは、どうして一緒に行動を?
ディーナさん、でしたっけ? 一体、どんな関係なの?」
変わらず訝しげな目をしたまま、フランさんがディーとおれを交互に見やる。
次いで、おれの無事な方の腕、左腕をホールドされた。
力は込められていないけど、体を引くことも出来ない。
つまりそれは、質問からも逃げられないという事。
しかも気のせいか、先程よりもフランさんのより真剣味が増している。気がする。
左腕を掴まれたまま、背中を冷や汗が伝う。
……なかなか答え辛いクエスチョンだ。
先の説明で、明確な回答を避けていた部分でもある。
一緒に行動を、というのは『PTを組んで行動する方が都合が良かったから』と返すことができるけど、『どんな関係』には上手い回答が思いつかない。
突き詰めれば、おれとディーそれぞれの秘密に繋がってしまうだろうから。
エドさんが皇子という隠し事を持っているのならば、おれ達だってそれぞれ望む望まざるに関わらず、あまり広言できないような秘密を抱えているのだ。
おれは急いでもう一人の当事者、ディーに横目でアイコンタクトを取った。
伝われ、伝われ……!
「(ディー! ディー!)」
「(何ですか?)」
「(なんでもいい、嘘は付きたくないけどディーの魔人とかおれの事とかをバレないようにしておれ達の関係を説明する、上手い案はないか!?)」
「(……一つだけ、今考えついたものが!)」
どうやってそこまでアイコンタクトで伝わるのかは判らない。
だが、おれ達は必死だった。
「(判った、任せる!)」
「(はい!)」
と、フランさんがその様子を咎める。
「どうして、そんな見つめ合ってるのかしら?
ま、まさかヒカリ、私に言えないようなことを…………!?」
「――待って下さい! それは違います!」
なんだか危険な結論に辿りつきそうになるフランさんを止め、向かいの少女がイスから立ち上がる。
ガタッという音とともに背もたれから離れ、青い髪がふわりと舞う。
迷いのない深い蒼の目でフランさんと真っ向から対峙した。
「私とヒカリさんは、あなたが想像するような関係ではありません」
おお! なぜかディーが妙に頼もしく見える!
この短期間の間に急激に成長したっていうのか……!?
「……じゃあ、どんな関係なの?」
「私は………………」
「私は?」
「わ、私は――――!」
バッ、と胸元に片手を当てる。
そして反対の手でぐいっと握りこぶしを作った。
神々しいほどの毅然とした姿。
「――――い、一夜を共にした仲です!」
おれの二の腕からメキメキと音が鳴った。
「ウボァアアアアアアーーーーーー!!
何てコトを言うんだーーーー!!」
「ヒ・カ・リ~~~~!?」
万力もびっくりの握力で、フランさんに左腕を握り締められる。
フランさんの怒りが頂点に達した。
むしろ頂点を音速で突き破っていったかもしれない。
「いや待ってフランさん、左腕が!
数秒前まで折れてない無事だった方の腕が悲惨なことに!」
「どういうこと!! どういうことなの!?
絶対ダメに決まってるでしょーーーーーー!!」
「え、ベストな答えだと思ったんですけど……」
「どう考えてもワーストだろ、何その誤解を招く言い方!?」
ディーが首を傾げ、ほえっとした顔をした。
「…………誤解?」
「あっ、こいつ素で言ってたのか!!
確かに表現としちゃ間違ってないけど、違うだろ!」
「間違って、ない、ですって…………?」
そして増す、腕を握る力。
栗色の髪の下で、フランさんの表情が物凄いコトになっている。
「ち、違いますフランさん!
ディーが言ってるのは、ただ洞窟の中で一日の夜を過ごしたってだけであってフランさんがきっと思ったような意味合いはなくてむしろこっちの方がなぜかヘッドバットによって物理的精神的なダメージを受けてそして今もこうして腕と心が張り裂けそうになってて――――――」
食堂に、バスローブ姿の変人の悲鳴が響き渡った。
おれのことである。
五分後。
「それじゃあディーナさんは本当に、偶然洞窟でヒカリと出会って、一緒にここまで付いてきたってだけなのね?」
「はい、すみませんでした」
「はい、すみませんでした」
二人してうなだれ、謝る。
結局のところ、誤解は解けた。
ただしおれの腕とHPが犠牲になった。
…………まあ、ディーの素性等についてはうやむやになってしまったし、一応当初の考えた通りの結果になったのかもしれない。
でも腕が痛い。
あと、心も痛い。
それからしばらくフランさんから、怪しい人にはホイホイ従うな、あまり周りの誤解を招くような表現をするな等々お叱りの言葉を受けてから、ようやく解放の運びとなった。
「それじゃあ、もうこんなふざけた事はしないこと!
ヒカリはとりあえず、その格好を着替えてきなさい。無ければまたお祖父ちゃんの服でよければ貸してあげるから!
ディーナさんも、お家に帰ること!」
「本当にすみませんでした……。
ディーにも、もっと真面目に生きるように言い含めておきますから……」
「なんだか私が悪者に!?」
「ヒカリも!!」
「はい! 以後気をつけます!」
あんまりテーブルを占拠してしまうのも悪いだろう。
食堂のお客さんの回転率も悪くなってしまうし。
――――だが。
フランさんは最後に言った。
人差し指を立てて、おれに言った。
「それだけじゃなくて、考えなしに街から出て危ない所に行った事も!
あんまりふざけてると今度こそ死んじゃうわよ、後悔してからじゃ遅いんだから!」
「――――――――!」
(…………『考えなし』、に?)
それは。
それは、どうなんだ?
確かに街から出ていって死にかけたのは事実だし、危険に自ら突っ込んでいったのも紛れも無い事実。
一歩間違えば、いや半歩横に足取りがズレても死んでしまったかもしれない程の危うさ。
だから無茶だったのは判る、けど。
街を出るときに、おれはなんと考えた?
どうにかしたい、と思ったはずだ。
洞窟を見つけた時だって、『目』と戦っている時だって、その気持ちは変わらなかった。
もちろん彼女の言う通りだ。間違いはない。
だけど、あの時の思い至った気持ちだって間違いでは無い。はずだ。
…………そうか。
つまり、フランさんの今の言葉は。
その気持ちを全否定してしまうようで、イヤだったのだ。
あの時苦しんでいた街の人達の中でおれだけ残され、何か出来ないかとそこまで良くない頭で考えた末に行動した。
他の人から見れば『考えなしに』と言われても仕方ないけど、自分は必死に考えたんだ。
だから、反発してしまった。
例え火に油を注ぐような行為だったとしても。
叱りの文言の中の些細な言葉だったハズなのに、それだけは流せなかった。
謝ることができなかった。
「フランさん…………それだけは、頷けません」
抑えるよりも先に、口が動いてしまう。
「…………?」
「自分でも危険な事をした、というのは判っています。死にかけたってことも、怪我だけで済んでマシだったってことも」
何を言っているのか分からない、という顔の彼女に、正面から言う。
言ってしまう。
「でも、考えなしに行動したとは思いませんし、後悔はしていません。
もう一度同じことが起これば、おれは――――」
もう、言葉にしてしまったものは止められない。
「――――おれは確実に、また同じ行動を取ると思います」
「なっ――――――!?」
疑問の表情が理解に変わった、途端……。
「だ、ダメ! ダメよ、そんな事!」
「これだけは譲れません! だって!」
だって、おれは――――!!
しかし、言葉が浮かばない。
言うべきセリフがどこかで詰まってしまったのか、出てこない。
頭の中のごちゃごちゃした部分から言葉を見出す前に、フランさんの方が言葉を先んじた。
「だってじゃありません!
言ったでしょ、『リズシールドの方へ避難しなさい』って!!」
「そんなの意味がない!!」
何を口走ってるんだ、おれは?
こんなはずじゃなかったのに……、と頭の隅で考えるものの。
言いたいことが伝わらない歯痒さに、遂にはお互いに立ち上がって怒鳴りあっていた。
傍から見ればもうそれは、ただの口論としか思えないだろう。
「そんな事したって、何の解決にもならなかったんです!
それじゃ事態の改善どころか、おれだけが逃げておしまいだったんですよ!!」
「そうしなさいって私が言ったのに!」
「おれが決めたんです! フランさんに責任はありません!!」
「あります! 約束したでしょ、危ないことはしないって!
お姉ちゃんの言う事が聞けないの!?」
「お、お姉ちゃんお姉ちゃんって、そもそも――――」
「――――そこまでにしなさい、二人とも」
視界の下から、おれとフランさんの間に手が割り込む。
皺の多い、年季の入った手だ。
横を見ると、フランさんのお祖父さんがいた。
テルム・レイクーンさんだ。
「そこまでにしなさい。ここは食堂」
穏やかに諭されて、毒気を抜かれる。
見ると、ちらほらこちらを眺める食事中のお客さんの顔があった。
「同じ口でも、食べるために動かすのであって、騒ぎを起こすために口を開くのはいただけないのう。
フラン、厨房に仕事が溜まっとるから一旦そちらに戻りなさい」
優しいが有無を言わせない口調。
フランさんはお祖父さんに止められ、ぐっ、と言葉に詰まってから。
何か言いたげにこちらを見て、しかしすぐに後ろを向いた。
「…………もう、知らない!」
「あ………………」
肩を怒らせて去っていく。
残されたお祖父さんも肩をすくめ、残った俺の方に笑いかける。
「ヒカリ君、色々と言いたいことがあるのは判る。だがが、しばし矛を収めなさい。今必要なのは時間じゃろうて。水はいるかね?」
大丈夫です、と伝えるとテルムさんは頷いた。
「それでは、施療院に行くといい。
あちらのシスターも君の様子を見ていたから、目が覚めたことを報告に行くと良いじゃろう。もちろんそちらのお嬢さんも、じゃ」
そう言って机の横の二本の戦斧、『ゲルラ=ギルラハ』を片手でひょいと持ち上げる。
そのままお祖父さんは、再び雑然とした雰囲気が戻ってきた食堂のホールへと戻っていった。
「じゃあ、ヒカリさん?
……その施療院、ってところに行きましょうか?」
「ああ…………、うん」
向かいに座っていたディーはいつの間にか近くに来ていて、棒立ちになっていたおれを心配そうに見上げていた。
マズい、このままじっとしてたら、イスに座り込んでしまいそうだ。
「……よし、エマさんのとこに行こうか」
「はい」
足取りは限りなく重かったけど。
一度周りを見回してから、ディーに手を引っ張られるようにして食堂の入り口に向かってのろのろと歩いていき、ドアを開けて外へ。
なんで最後に、一度見回したのか。
自分でも判らなかった。
…………フランさん、最後に、なんだか泣きそうな顔をしていた。
「ヒカリさん、すみません」
「…………どうした、ディー?」
………………。
…………。
「服が、バスローブのままです」
「……それはちょっと、早く言ってほしかったな…………」
ある意味、『目』戦よりも大ピンチ……?
ではまた次回!
ご意見ご感想お待ちしております!




