第十八話 : 醒めない悪夢に、一条の光を
洞窟編、ラストバトル。
最大級の危機です。
地面が冷たく濡れている。
裂けた天井から落ちる水流が増し、床は水浸しになっていた。
辺り一面が魔素で満ち、紫と黒の中間の色で周りが覆われている。
もうそれは霧の様ではなく。
触れるんじゃないか、質感を持っているんじゃ無いかと錯覚する程の密度。
その濃霧の奥には赤く輝く『目』が浮かび上がっていた。
全身は幾度も攻撃を受け、半壊。
端の方は消滅している。
眼球に繋がる管の束だって、所々千切れてボロボロだ。
だが、まだ動いていた。
充血した眼球や上下のツルのような管から、魔素を無尽蔵にバラ撒き、自身は魔力を凝縮させる。
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……ダメだったのだろうか。
先頭に『惜しいことに』と注釈を付けるべきか、『やっぱり』と付けるべきかは判らないけど。
どう繕っても結果だけは変わらない。
失敗した。
あの魔物を、『目』を倒しきれなかった。
ダンジョンの中の最奥部、大広間になった空間。
地下であるがために地上のように明かりは無く、薄暗い。
そこでおれは柱の一つに背中を付け、地面に崩れ落ちたままの姿勢になっていた。
『目』に吹き飛ばされたままの姿勢だ。
柱に打ち付けられた背中が、受け身も取れないまま地面を転がって擦った頬が痛い。
頭も打ち付けてしまったのか、身体の平衡感覚までおぼつかない。
確認してはいないけど、パーカーだってズタズタだろう。
ダメージが負荷になり、身体は上手く動かなくなっていた。
――だからおれにはもう、こうしてぼんやりと考えるコトしか出来なかった。
視界の端で、隣の柱におれと同じように倒れているディーが見える。
既に完全に倒れてしまい、気絶してしまったのか…………、それとも。
PTメンバーのステータスはお互いに表示されるはずなのだが、今は何故かおれのもののみを画面に映してしている。
おれ達の周りを、そしてホールの全体を覆っている紫色の魔素は、それ程までに濃くなっていた。粘着質な質感すら伴っているように感じる。
魔人のディーが耐えられない程の濃度に高まっているのだ。
そんな、生き物全てを殺してしまうような量の魔素を撒き散らしている相手は。
前方に居る、不確定名『柱の中の目』という魔物は。
今、おれを狙っている。
相手の躰の表面が黄色く輝きを放ち、本体の前に集まってくる。
ホールの中央の、柱の上下に割りこむようにして生えている『目』は、自身の前に岩のカタマリを形成していく。
冗談みたいに巨大な岩石を飛ばす魔法、『巨礫投射』だ。
《管理者。》
視界に白い文字が表示された。
『ステータス・アイ』としておれに助力してくれている、ワイズマンのメッセージ。
だが、表示される文字はジジジ……とブレて、時々画面全体が揺れている。
ノイズが入り、砂嵐が飛び、まるで、ボロボロの古いビデオを再生しているようだ 。
おれの意識も若干飛びかけているせいで、更に頭がグラグラしそうになった。
何かあったのだろうか?
このタイミングでバチバチと電撃、とかは勘弁して欲しいかな。
《その様な事は行いません、時と場所は弁えています。
許容範囲を著しく上回る負荷を受けたため、機能に重大な障害が発生しています。》
負荷……?
ああ、魔素かな?
ある程度この洞窟のような魔素の環境下に適応した、とはワイズマンから聞かされていたけど、遂にそれも駄目になってしまったのか。
流石にあの『目』にこれだけの魔素を垂れ流されてしまえばキツいか。
すると、今はもうPTメンバーのディーのステータスが確認出来なくなってしまったのもその影響だろうか?
《はい。更にこれ以上私を起動し続けた場合、次は管理者自身に害が及ぶものと。》
なるほど、またシャットダウンする必要があるって事か?
……まあ、それは仕方ない。
先に休んでて良いよ、ワイズマン。
《私は…………。
いえ、……申し訳、御座いません。》
そう告げて、ワイズマンは機能を停止した。
シュゥン、というな音が頭に響く。
それからはもう、一つの文字も流れてこない。
謝られてしまった。
ワイズマンが『行動解析』をしてくれたお陰で相手の攻撃が判り、ここまで戦えたという面もある。
だから、こちらから感謝こそすれど、あっちから謝られる理由なんておれには無いのに。
あまり多くの事を話そうとはしないし、何故か時たま電撃を流そうとしてくるワイズマン。
謝るってのは結構珍しいケースかもしれない。
最後にレアな物が見れた、とでも思っておこう。
そうして視界には、簡易的なステータスしか表示されなくなる。
見ると現在、おれの体力は既に半分を下回っている。
SPはまだ『ダッシュ』や『スライディング』を使うだけの余裕はあるけれど。
「………………い、たっ」
のろのろと柱から背中を離す。
ズキリと脇腹のあたりが痛んだ。
こうして身体を起こしてみるのは……、まあ、ただの意地みたいなものだ。
自分でも意味が無いってのは判ってる。
意味も理由も無ければ、他に残っているものも何も無い。
何も無いんだ。
誰も、この状況を助けてくれる人など居ないのだから。
ディーも、ワイズマンですらも倒れてしまった。
もう何も、おれには残っていないのだから。
全て、最後のツルハシの一本すらも失くなってしまった。
だが、相手の『巨礫』は、もう完成してその形を表している。
柱にぶら下がった眼球の前に、巨大なガレキの塊が浮遊していた。
もっと威力の弱い魔法、『小礫投射』でも、今のおれなら軽く倒せてしまうだろうに。
ヤツはご丁寧に、強力な方の魔法で仕留めることを選んだようだった。
そして『目』は、その凶悪な岩石塊をおれに――――
――――向けず、ヤツは自身の横方向へと放った。
(…………こっちを、狙わないのか?)
バゴン、と『巨礫』がホール端の壁にぶつかって炸裂。
その周囲一帯がバランスダウンに耐え切れず、大きな地響きの音を立てて天井側から崩落していく。
確か…………。
確かそこは、外へ繋がる出口があったハズだ。
戦闘が始まった時にはもう通路が閉じられてしまったが、今度は完膚なきまでに通路を壊されてしまった。
ヤツに出口を塞がれてしまった。
つまりどうやっても、もうここからは脱出不能。
「な………………!?」
『目』はグロテスクな眼球をこちらに向ける。
そしてその、一連の行動を唖然と見ていたおれを眺めて。
自身の躰をゆらゆらと震わせる。
眼球の本体から伸びる太い管を上下の柱に繋げたまま、身をぐねぐねと揺らす。
さらに『小礫投射』を無造作に一発、二発と続けざまに放った。
おれの左右の地面にガレキの破片がばしっばしっと着弾、地面を抉って欠片を飛ばす。
抵抗も出来ないままに砕けた石の破片が首を掠め、つっ……と、その部分から血が筋を引いて流れていった。
その様子を『目』は遠くから、また眺めていて。
「~~~~!」
『目』が、魔素の濃霧の中で身を震わせる。
まるで面白がるように黒目を広狭させて誇示する。
(……………………くそっ!)
ここまでされて、その意図に気付かないハズがない。
嘲られているのだ。
コケにされているのだ。
哄笑の声こそ聞こえないが、思いきり嗤われているのが判った。
挑発なんてものではなく、ただ無抵抗の相手を蔑みいたぶるための行為。
そんなに、おれが憎いのだろうか?
……憎いんだろうな、きっと。
二度も攻撃を受けて、自分のカラダをボロボロにされたのだ。
眼球の上下の管はところどころ千切れ、中心の眼の部分だってツルハシの打撃とディーの魔法でかなりダメージを受けている。
そんな事をした相手の事なんて、恨むに決まっている。
当たり前だ。
…………。
……でも。
その感情で言えば、こっちだって変わらない。
いやむしろ、おれも恨んでるんだ。
ああ、そうだよ!!
おまえの事も!
おれの事も!
今この瞬間、イヤな嫌な厭な気持ちで一杯なんだよ!!
――――街の皆を、こんなおれに親切にしてくれた皆を、フランさんすらも突然あんな目に遭わせて、陥れて、魔素侵蝕なんて言うワケの判らない病気にさせて、ディーを傷付けて。
こうして、おれを殺そうとして!!
――――苦しんでいる街の人達に何もしてあげられなくて、ただ見ているだけで、自分だけは魔素侵蝕に罹らずのうのうとして生きていて、無様で、初めて出来たPTメンバーのディーも巻き込んでしまって。
挙げ句、こうしてまた何も成せないまま死のうとして!!
(だから…………、だから…………ッ!)
――それでも、身体を動かすような気力はもう、無い。
今にもブラックアウトしそうな視界。
四散する思考と意識。
もはや考えているのは、取り留めもないようなただの恨み節と変わらず。
その中で、いやにゆっくりと『目』が魔法を再度チャージするのが視界に映った。
今度こそおれを狙って、トドメを刺す腹積もりなのだろう。
ゆっくり、ゆっくりとヤツの体に土魔法の輝きが集まっていく。
おれの死も、もうすぐ…………………。
そうして目を閉じようとして、止まった。
…………?
……妙に、時間が経つのが遅い。
時間が止まったようにゆっくりと進んでいる。
意識は今にも落ちてしまいそうなのに。
自分の浅く息を吸う時間ですらも、遅々として進まなくなっていた。
ドクン、と周りが揺れる。
鼓動だ。
自分の心臓の拍動のみが、やけに鮮明な音として頭に響く。
ホールは崩れ、もはや何から出てるのかも何処から出ているのかも判らない、ドドドッ……という振動音が地についた膝に伝わっているのに。
周囲は浸水して、じきに洞窟全体が水没してもおかしくないのに。
紛れもない殺意を向けている相手は、遂におれを岩石で押し潰そうと魔法を詠唱しているのに。
それらもどこか、酷く遠く感じた。
周囲の速度の鈍化に反比例するように、自分の感覚だけが他のものを置き去りにして、鋭敏に研ぎ澄まされていく。
……はは。
は、ははは。
辺りの状況を置き去りにした頭の中で、思わず心の中で苦笑してしまった。
ネジが抜けてる抜けてると言われてきたおれの頭が、ここに至って本当におかしくなってしまったのか。
これじゃアホの子扱いも否定できないじゃんか。
でもこういうの、聞いたことがあるな。
確か、走馬灯って言うんだっけか?
……走馬灯か、どういう意味だっけ?
昔あった情景や思い出が、死ぬ間際にフラッシュバックする現象。
そんな感じだったかな。
うん、死ぬ間際にって点では間違いないな。
きっと都市伝説みたいな類いの言葉だし、別に何を見るか決まってるワケでも無い。
例え見れたとしても、人によって千差万別だろうし。
そもそも死ぬ人がどんな走馬灯を見るかなんて、その人しか知らないだろう。
過去の思い出が見れるのなら、おれはとりあえず妹の、アカリのシーンでも見せて欲しいな。
と、間抜けなコトをぼんやりと考えてみるものの。
…………実際に見えたものは、違った。
脳裏に浮かび上がったのは、別のイメージ。
ごくごく最近、つい昨日。
時間にして十数時間も経ってはいない。
場所はここから戻った所にある、脇道のハシゴを登って着く屋根裏部屋のような所。
今はもう倒れてしまっているディーに、魔法について教わっているシーンだ。
その場面が、今のホールの場面と二重がさねになっておれの視界に映る。
『魔法というのは、正確にはイメージ、といいますか、想像力なんです』
『想像力って、そんなんで良いのか……』
『はい。また魔法の発動には幾つかの要素を組み込むことが――――』
お互いに向き合って話す。
『目』が、サイズを推測するのもアホらしい程に巨大な『巨礫』を形成していくのを余所に、おれの網膜に映るディーは一片の邪気もなく笑って話を進めていく。
…………なんでだ?
……なんで今、おれの走馬灯はそんなシーンを見せようとするんだ?
ディーはもう、倒れてしまってステータスも見れない。生死も判らない。
頼むから、そんな笑顔を見せないでくれ。
例え今はまだ生きていたとしても、あの『巨礫』が打ち出されてしまえば、それが即ち死ぬ時だ。
間違いなく、あの大きさの岩ははディーまでも巻き込んでしまう。
……それにどうしておれは、そんな事を冷静に考えているんだろうな?
自分どころか、ディーも死ぬ、なんて。
なぜ他人事のように流せるんだ?
見殺しにしてるのと変わらないだろ、それ!
――――でも、じゃあ、どうすりゃ良いんだよ!?
おれだって彼女を死なせたくないし、自分も死にたくない!
当たり前だろ!!
出来ることは全部やった!!
それでも駄目だった!!
さっきも言ったじゃんか、自分で…………。
戦うための手段は全部無くなった、って。
元からおれは持っている物なんて少なかったけど。
でもそれも、全て失われてしまったんだ。
もう、何も。
何もおれには残っていないんだか……、
コンッ――――!
手が、何かに触れた。
そのタイミングを待っていたかのように、自身の存在を主張する物があった。
(――――――!?)
起こした体。
ほんの僅かに力が入る指に、金属の材質がその冷たさをもって触れる。
水浸しになった地面に、何かが転がっていた。
右の腕だけで持ち上げ、前に持ってきたそれは、
「…………シャベル?」
まるで腕の延長線上のように手に馴染み。
握り締めると、スッポリと手に収まる。
そして、擦り傷だらけの腕が持つそれを見た瞬間、ふと思った。
思ってしまった。
(まだ、やれるコトがある――――!)
何の根拠もない、ハッタリに近い意思。
ある意味とんでもなく理不尽な、自分への叱咤。
それでもただ死ぬ未来を見て諦めようとしていた身体には、劇薬のように作用した。
明滅していた意識が途端に戻り、バチンとショックを受けたようにクリアになる。
何重にもブレていた視界が一つの焦点を結ぶ。
それと同時に、今まで力が入らなかった身体に血が通い始めた。
自分のカラダの中心から、四肢に向かって神経が再び戻っていく感覚。
ぐ、と力を込めて鉄製のそれを握る。
『小礫』に弾き飛ばされたためここに落ちていたのか?
『目』が先ほど放った衝撃波で、コイツもおれと一緒にここまで吹き飛ばされてきたのか?
今はもう定かではない。
でもまあ、何でも構わない。
ただ、これだけは判る。
まだおれには、残されていたのだ。
ディーも倒れワイズマンも今や失われ、ツルハシだって持ってきた二本とも壊れてしまった。
それでもまだ、最後の最後で最後まで残っていた物があった。
おれが握り締めているのは強力な剣でも、語歌堂さんの持っているような立派な大弓でもない。
ただのありふれたシャベル、土を掘る道具。
それ以上でもそれ以下でもない。
だから何だ? と、他の人は呆れるかもしれない。
それがどうした? と、バカにされるかもしれない。
今さらこんな状況の何の役に立つんだ? と。
…………でも、おれはそうは思わない。
これがただそれだけの存在だなんて。
それは今までにも証明してきた。
これはおれの装備で。
おれの紛れもなく戦う手段、武器で。
これはきっと――――――自分自身で。
手段があるのに、このまま黙って『目』にやられる?
最後に残った一欠片まで全てを失って、こんな暗い洞窟の中で岩に押し潰される?
街のことも隣で倒れている少女のことも、全て諦める?
それこそ、ただのバカだ。
悩むのは、自分がくたばってからでも遅くないじゃないか。
なら、
今この瞬間は、
――――生き残るために、足掻くしかないだろ!!
「………………」
身体は所々悲鳴のように軋みを訴える。
ダメージは残っているのだ。
だが、少なくとも脳から送られる指令通りには動けるようになっていた。
それだけでもう充分、あれだけ拒んで動かなかったのがウソのようだ。
浸水したホールの床にシャベルを突き刺し、ぐっと片膝を立てる。
無事だったウェストポーチに入っていたライフポーションの瓶をフタだけ開けて、隣の柱の方で倒れているディーに投げる。
語歌堂さんから貰っていた虎の子のポーション、使い方は手荒だけど許して欲しい。
これで彼女が助かってくれるといいけれど……。
おれと違ってディーの幸運値は悪くない、きっと大丈夫だと信じよう。
――さて、ここからが本番だ。
膝を地面に付いたのと反対の足を、今度は前に出す。
ようやく、身体の姿勢が安定した。
直前まで悩んでいたのもバカなら、これからやろうとしてる事も同じくらいバカだ。
一度も成功したコトの無いものを今、この瞬間にまた試そうとしてるんだから。
――――この絶命的な状況の中で、『魔素制御法』を試そうとしてるんだから。
でもおれ、そんな扱いされるのはいつも通りだしな。
それならやってみて、ダメなら諦めるさ。
当たり前だけど、これまでに『魔法』を使えた試しなんてない。
こちとら数日前まではフツーの日本人、ただの大学生だったんだ。
こういう時、この異世界では個人個人の『魔法適正』が影響するんだろうけど、あいにくおれにはどんな『適正』も無いみたいだからな。
適性も無ければ、能力値にも期待できない。
おまけに頭も良くないときたもんだ。
だが、今は倒れているディーが、あるいは走馬灯の風景の中のディーが言っている。
最終的に実現できるかはともかく、全ては個人の発想次第だと。
(最初は、自分の体の中心に意識を集中させるんだったな)
これまで教わってきた事を反芻する。
必要な事は、きっと全て習っている。
さっきの走馬灯のように。
片膝立ちの姿勢で、顔を上げる。
半壊したホールの地面の続くその先には、グロテスクな眼球がおれ達を嘲っている。
嘲笑を体で示し、『巨礫投射』の魔法をチャージしている。
それを見た途端、身体の中から渦を巻くものがあった。
自分でも毒になると思うほどの、黒い感情。
この感情に名前を付けるならば、それは一つしかない。
その、頭を占める単一の感情に比例するように……。
自分の内から外へ向かって噴出する衝動が、物理的な力を持ち始めた。
周囲の魔素で満ちた暗闇をメチャクチャに引っ掻き回し、整然を乱す。
一言で表すならそれは、変化。
ィィィィィィイイイイ――――――!
ガラスが震えるような高音。周りの空気が、悲鳴を上げて歪んでいく。
保たれていた空間の秩序が魔力によってムリヤリ捻じ曲げられ、異質な綻びが広がる。
おれは知っている。
ディーが魔法を詠唱している姿は何度も見てきているから。
この現象はもう知っている。魔法を使う時に生じる現象。
身体の内側で魔力を発生させている状態、詠唱状態だ。
……なんだか少し様子がおかしいけど。
気のせいか、音も振動も妙に、今までに知らない感じだ。
『属性』とかを意識してないからか?
ディーのは『水』系統の魔法だったという点で、違ってるのかな?
――いや、ムダな事を気に留めるヒマはない!
集中しろ! これまでを思い出せ!
この瞬間に求められる要素を洗い出すんだ。
おれは頭も良くない、こうして考え続けて補うしかないんだ!
意識がある限り思考を止めるな!!
『柱の中の目』は、こちらの異常に気付いたようだ。
醜い体を揺らすのを止め、『巨礫投射』の詠唱を早める。
眼球の前の空間に巨大な岩石を形成し始めた。
パラ、パラ、と上から天井の岩片が落ちて、地面で跳ねる。
(集中………………!)
焦るな。
今焦ったら、今度失敗したら、もう次はない。
アイツが魔法を放つ前に、こっちが先回りしてやれば良い。
時間が砂のように流れ落ちていくのが、ハッキリと感じられる。
もう猶予は無い。
でも、考えろ。
それでも考え続けろ。
きっとこれまでにヒントはあるはずだ!
――――気になるのはやはり、ディーに魔法について教えてもらった時のこと。
魔法を試して失敗してしまったことだ。
失敗。
………………失敗?
失敗ってのは、行動しても何も起こらずに終わってしまうケースと、予想したものと違う結果が出てしまった時の、二つのケースに分けられる。
あの時は、凍らせようとしたハズのタオルが、ドリフのコントばりの大爆発を起こして千切れ飛んでしまった。
これは後者のケースに該当する。
凍らせようとしたのに、爆発を起こした。
…………いや、待てよ!?
おれが魔法を完全に使えないのなら、『爆発』するのは変じゃないか?
普通なら前者のケース、『何も起こらずに不発で』終わるもんじゃないのか?
すると。
――あれは、『失敗』だったのか――――?
遂に見つけた違和感。
もし任意的にあの『爆発』を起こせるのなら。
ランダムでなく、意志によって生じる現象であるなら。
前の失敗から判っているコトは二つ!
『手の中』の物を、『爆発』させる事!
だからタオルは、ただ散り散りになって終わってしまった!!
……じゃあ、今おれが握っている物はなんだ!?
ヒカリ、おまえは何を拾い上げたんだ!?
出来る、出来ないじゃないんだ。
そもそもおれの幸運値は0、偶然を信じたところで良い方向には転ばないだろう。
だからこう考える。
――――やるしか無い、のだ。
生き残るために!!
ディーは『魔素が濃い中で魔法を使うと、暴発しやすい』とも言っていた。
それが事実であれば、おれに起こったコトもその言葉で済んでしまうだろう。失敗だ。
だが、それでも充分。
充分、『推力』は得られる。
少なくとも、タオルを散り散りにする程にも破壊力を出せるのは知っている。
腕に血管が浮かびそうになる程に右手を固く握り、集中。
全身に薄く広がっていた意識を全て、ただ一つ、拳に向かって集める。
聴覚が消えて音が聞こえなくなり、嗅覚は既にダウンし、地面に付けた膝の感覚までを無視してでも、手に握った『武器』だけに全てを懸ける!
(……く、おぉぉおおおおおおお!!)
意識は事象になり、事象は周囲を書き換えて現象へと転化する。
自分のイメージに、周囲が重なっていく。
そして、ヒビ割れて乱された空間がおれの動きに同調し始めた。
ガラスを引っ掻くような空気の悲鳴が、さらに激しさを増す。
辺りの紫色の大気が、吸い込まれるようにして右腕に集まって来る。
次に、右腕を真っ直ぐに突き出した。
肩からヒジ、腕の先までを一直線に。
ほとんど意識せず、自然とその形になっていた。
これが、この魔法の使い方だから。
そうする事で、さらに変化が起こる。
大気が回転し始めたのだ。
傷だらけの右腕を芯にして。
指向性が定まった事で、よりイメージが完成形に近付いたのだろう。
紫色の霧が大きな尾を幾重にも引く渦となり、紫色を更に濃くした黒色の回転流を描く。
そして渦の中心は右手に集まり、吸い込まれていく。
――――ガガッ、ガガガガガガガッッ!!
手にした金属が震え、赤熱し始めた。
パーカーの袖先に付いた鉄のリングとシャベルが当たり、ガチガチと音を鳴らす。
触れる腕は、シャベルの持つ熱で溶けているかのように錯覚する程。
霧は右手を通過して、手が握ったシャベルに圧縮され、シャベルが、持っていられない程に激しく振動し暴れている。
ムリヤリに腕を持ち手に絡みつかせて、堪えている状態だ。
そろそろ限界か。
『柱の中の目』を見据える。
おれの向けた腕の先には、そいつが居る。向こうも、魔法の詠唱は完成させていた。
ヤツの持つ膨大な魔力をかき集めて放つ魔法、『巨礫投射』。
対してこちらは、作戦とも言えないような最後の一つのこの行動も、もう終わりだ。
その陽炎のような微かな希望は、相手に嗤われてしまうほど。
「……バカにするのも構わないし、笑われるのも仕方ないと思う」
それでも、断言できる事が一つ。
『何も持っていない』なんて事はなかった。
先に見たフラッシュバックで、幻のように僅かに見えた場面。
おれの頭がお節介にも見せてくれた、記憶の残滓。
それは、今は横の離れた場所で倒れているディーの笑顔。
ちょっと変わっているけど頼りになる、PTメンバー。
そして、ディーの話の他にも動画のコマ送りのように脳裏に映った場面。
街のフランさんやファンキーさん、小さい子や大人が無差別に倒れている施療院の光景。
それを自分が何も出来ずに、眺めている事しかできない光景。
最後に、一緒に元の世界から飛ばされてきた皆。
優也や平野君、語歌堂さん。
見えたのは一瞬。
とてもとても長い、一瞬だった。
あのタイミングで見えたのは、おれにその事を忘れさせまいとする、自身からの戒めか。
「でも………………」
もう、失いたくない!
最初が何も無かったなら、その後でおれが得た物は失いたくない!
絶対に、一つだって見捨てたくないんだ!
――――おれは、こんな所でまた無にしたくないんだ!!
だから、腕を前に上げる。シャベルを持った右腕を突き出す。
向かう先を示すために。
この魔素の満ちて薄暗い中でも、行き着く所を見失わないように。
完成した『魔法』。
おれの戦うための『矢』を向ける。
…………頼んだぞ、相棒。
「でも、アンタには負けられないんだよ!!」
相手が、『巨礫』を放つのが見えた。『柱の中の目』。不確定名だ。
ワイズマンの『解析』では、結局調べられなかったのだ。
だが、悪いな。
アンタのちゃんとした名前は、最後まで判らないままだったけど。
――おまえなんかに、奪われてたまるか!!
――――返してもらうぞ、全て!!
「アアアァァァァアアアアアア――――――!!」
絶叫。
叫んで発動する魔法、その名前は。
「――――打ち払え――――――ッ!!」
解き放った刹那、『矢』が手元から離れる。
手に持った柄が砕け、縦方向に空気の波を描いた。
限界まで力を加えられた金属は、楔から開放されたように空間を飛翔。
パァンッ、という衝撃波を残し、輝く光の尾を引いて加速する。
一筋の光の線が、魔素の暗闇を切り裂く。
コンマよりも短い時間の後。
『目』の前に形成されていた岩石が鉄の刃先に貫かれる瞬間を捉える。
シャベルが疾走った軌道を示す、白く輝く軌跡だけが残される。
その光景から僅かに遅く、ズガッ、と音がこちらに伝わってくる。
さらに時間が経たずに岩石の奥から、大爆発が起きる。
洞窟が強烈に上下に揺さぶられる。
本体を失って『巨礫』は破砕し、ホールの中央の天井が上に向かって崩壊する。
『目』は、断末魔も残さずに消滅した。
魔法を放ったおれも無事ではない。
最初の衝撃の余波を全身に浴び、後ろに吹き飛ばされる。
「ぐっ!?」
ぼきーん、という音が頭に響く。
すぐ近くに柱があったために頭からぶつかって、背中から叩き付けられる。
一瞬だけ、反動でねじれた右腕が、前半分の失われたシャベルの柄を握っているのを見た。
握っているのはもう、単なるちぎれたポールにしか見えない。
次いでやって来た中央からの爆風に煽られ、『目』が最期に噴き出したらしい紫の魔素を浴びる。
衝撃と魔素で脳みそを揺さぶられ、一気にHPが持っていかれてしまった。
そこまで確認したのを最後に、視界が暗くなる。
広かった部屋が上の石壁を崩落させ、滝のように水がホールに流れ込んできた。
じきに、全て天井が崩れるだろう。
ホールの崩壊の道連れに巻き込まれながら、口だけを微かに動かす。
地面に倒れた姿はあまりにマヌケだろうけど。
これだけは、宣言しておかないとな。
ついでに親指を立てたっていい。
お約束ってヤツだ。
――――『柱の中の目』、撃破だ――――――。
…………ちょっと違う気がする?
気のせい、気のせいです!!
エピローグへと続きます。
ではまた次回!




