少年と獣~放浪作家のオカルトな日々~ 土御門桃史郎著
これは本作に登場する『かぐら骨董店』の店長が描いた小説として投稿します。
どうぞ読んでみてください。
冬馬が、彼と出会ったのは、京都を出てから
三度目の引越しで九州へと訪れたときのことだ。
そこは田舎町
田畑や家畜もあり、その間を通る鉄道には、ローカル電車が走る。
ローカル電車が通り過ぎる隣の一車線の道。冬馬は夏樹と一緒に歩いていた。手には買い物袋。
「父さん。今日はすき焼き焼きかなあ」
何度も袋の中の食材を覗きながら、浮かれ気分で足取りは軽い。軽くスキップしながら、夏輝は冬馬の前を歩いていく。
そして、鉄道の上を渡るために立てかけられた歩道橋の前で、夏輝の足が止まる。
「あれ?」
夏樹は、歩道橋の上を見つめていた。
「どうかしたのかい?」
「お父さん。あれって犬だよね?」
夏樹は、振り向きざまに歩道橋の階段上を指さした。
「犬?」
指先を見ると、確かに犬らしき獣が歩道橋の上から、こちらを見下ろしている。シェパードに似ているが、それよりも大きく、毛も長く、金色の毛色を持っている。こんな鮮やかな金色の輝きを放つシェパードがいるのだろうか。なによりも眼付が鋭い。犬というよりも狼といったほうがいいだろう。それがじっとこちらを見ている。
「犬じゃないね。神狼だよ」
「じんろう?狼人間?」
「そうじゃないよ。神の狼と書いて、じんろう」
「神様なの?」
「うーん。狛犬とにたようなものかな。守り神さ」
そんな説明をしているうちに狼がゆっくりと歩道橋の上を歩き出し、冬馬たちから姿を隠す。
いや隠したのではない。長いしっぽだけが、冬馬たちに己の存在を知らしめている。
「なに?」
「さあね。来いということかな。まあ、どちらにせよ。のぼらないと家につかないけどね」
そういうと歩道橋の階段を上り始めた。違和感を覚えたのは、一段のぼったとき。歩道橋の上からなにやら妙な気配を感じ始める。
「父さん?どうかした?」
冬馬の表情の変化に夏樹が不安な視線を向ける。すると、冬馬が夏樹の頭に手を乗せる。
「心配するな。たいしたことじゃないよ。どうやら、あの狼。俺に頼みたいことがあるようだ」
「頼みたいこと?」
「すぐにわかるさ」
冬馬の足取りが早くなる。夏輝は、冬馬に置いていかれまいと駆け足で登る。
階段を上り終わったとき、狼ではなく、一人の少年がたたずんでいることに気づいた。
中学生ぐらいだろうか。身長は冬馬と変わらないぐらいの細見の少年。歩道橋の手すりにつかまって、鉄道を眺めている。その傍らには、あの狼が少年を見上げながらすわっさて尻尾を振っている。
「あのお兄ちゃん。なんだか変だよ」
夏輝がつぶやくのとほぼ同時に、少年の体は手すりの上に乗り出す。
「おい。まて」
冬馬は咄嗟に少年のほうへ駆けよろうとした。その間も身を乗り出した少年の体が歩道橋の下の鉄道へと吸い込まれようとしている。電車の近づく音が聞こえてくる。
危ない。
冬馬が手を伸ばそうとしたとき、なにかではじかれ、少年の姿を一瞬見失った。しかし、少年は落ちてはいない。狼が必死に制服の裾に食らいついている。それでも、少年は落ちようとする。
「お兄ちゃん。死ぬつもり?」
「夢見悪いことしてほしくないねえ。で、どうも違う」
「違う?」
「自殺というよりもなにかに引きずり落とされようとしているようにみえる」
「え?」
夏樹には、まったくわからなかった。けれど、冬馬の眼にははっきり見えていた。少年に絡みつく無数の手。青白い手が少年を死の世界へと誘っている。
それから必死に狼が助けようとしている。
「悪霊?」
「そういうことかな」
『消えろ、消えてしまえ・』
声が聞こえる。
どす黒く呪いの声が無数の青白い手が聞こえてくるのだ。それは、少年を自分たちと同じにしようというよりもその存在を排除しようとしているかのように思えた。
「どうするの?父さん?」
「見て見ぬふりはできないでしょ」
『消えろ。消えろ。お前が消えればよかった。彼女ではなく、お前が……』
男の声が何重にも重なって聞こえてくる。
「父さん?」
「来るな。夏樹。そこでまっていろ」
いつになく、激しい口調で夏樹は、動きを止めて
冬馬を見つめた。
冬馬は、ポケットに常備として入れていた護符を取り出すと
人差し指と中指ではさみ、ブツブツとなにかを唱える
「われにおいて、邪を消せ!!」
護符を少年へと投げつける。護符が少年にたどり着くと同時にまばゆい光を放ち、少年にまとわりついている無数の手が光に包まれて消えていく。狼はいつの間にか少年から離れてそれを見守っていた。
光が消えるのと同時に冬馬は、少年の腕をつかみ、手すりの上から引きずり下ろした。
少年ははっとして冬馬のほうを見る。
「死ぬな。」
冬馬が腕をにぎったまま叫ぶ。
少年は呆然と見ている。
「死ぬな。」
「でも……おれは……」
少年から、か細い声が漏れる。
「おれは……」
少年は、どう伝えればいいのか戸惑っていた
「死んだら、悲しむものがいる」
「そんなもの……。もういない。もう消えちまった」
少年は、崩れるように座り込む。
「いるよ」
冬馬がなにかを言う前に夏樹が口を開いた。振り向くと、夏輝が狼を撫でている。
「お前……それが見えるのか?」
「うん。父さんもだよ」
少年が視線を移すと、冬馬が微笑みながら頷く。
「どういう経緯か。しらないけど、どうやらこの狼は君のこと大切に思っているようだ。さっきも必死にたすけようとしていた」
「え?」
狼は少年の体にすり寄る。
「山男……」
少年がつぶやいた。
「この狼の名前かい?」
「ああ」
少年が頭をなでると、狼は嬉しそうな顔をする。
「そうかい。それは君の守り神なのかな?」
「そうかもしれない。けど、そうでもない」
「どういうこと?」
夏樹が食いつこうとすると、冬馬が口をふさぐ。
「おれがこいつらに守られる立場じゃないってことさ」
「……」
「おれが消えればよかったんだ。あの時、おれだったら、なにも起こらなかった」
少年は遠くを見た。冬馬たちもつられて、そちらへと視線を向けると、山の尾根。天に貫くような大きな岩に隠れるように浮かんでいる三日月が見えた。
「おれも最近きたばかりでよこくはわからないけど、どうやら大変なことがあったみたいだね」
少年は俯く。
「けど、君のせいじゃないと思うよ」
「勝手なことを……」
「その神狼は君を責めていない。むしろ、懺悔しているように見える」
「懺悔?あんたは、山男の声が聞こえたのか?」
「なにもいっていないけど、感じた。だって、おれに助けを求めてきたからね」
少年は狼を再び見る。
「そうとう好きみたいだよ。君のことが大切だと思っている。だから、なにがあったか知らないけど、助けようとしていた」
冬馬は少年の頭を撫でてやる。少年ははっとする。その目には涙が浮かんでいる。
「生きないとね。君を大切にしている人たちのために……」
少年は、ただじっと冬馬を見つめた。
やがて、その眼差しに迷いが薄れていくのが感じられた。
少年は立ち上がる。
「ありがとう。おれ、がんばってみるよ」
少年は頭を下げると、冬馬たちに背を向けて歩き出そうとした。
「おれは冬馬……いや、桃史郎……。君は?」
少年が怪訝そうに振り返る。
「君の名前、教えてくれるかな?」
「おれは、ともや」
少年は戸惑いながら答えた。
「そうか。ともやくんか。またなにかあったら、頼るといい」
「なぜ?」
「なんとなく、力になりたいと思っただけだよ。なあ」
「うん。僕もお兄ちゃんの力になるよ」
夏樹がにっこりと笑う。
少年の表情は次第に穏やかになる。もう一度、一礼すると今度こそ踵を返して歩き出す。その傍らには狼が付きそう。
「ねえ、大丈夫なの?さっきの悪霊はきえたの?」
「まあね。でも、あの様子じゃあ、よく狙われるらしいよ」
「父さんが助けてやるの?」
「必要ならね。それよりも早く帰ろう」
「うん。僕お腹すいた」
冬馬たちもまた、少年たちとは反対側へと歩き始めた。いつの間にか太陽がきえさり、田舎に本格的な夜が始まる。
ありがとうございます。




