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跳び箱と赤ずきん

ここへ来たのは、偶然のこと。


 いわゆる親の都合というやつで転校してきたにすぎなかった。


 それなのにもう嫌気が差したのは、この学校の異様な雰囲気のせいだった。


 僕には生来より、人にはない力があった。家が代々陰陽師の家庭で、父も表向きでは別の仕事をしながら、霊媒師の仕事もしている。


 血筋的に霊能力が備わっていても何の不思議ではない。


 そういうこともあり、転校初日から異様な雰囲気があることは、僕よりも霊力の強い父のほうがよほど感じていただろう。しかし、父は何も言わない。


 ただ気にするなとだけいったのみだった。


 気にするなというのは無理だ。


 きっと、人ならざる者も見えるに違いない。


 そう思っていた僕なのだが、あの異様でどす黒い雰囲気とは異なり、人ならざる物。いわゆる霊や妖怪といった類の存在は皆無だった。


 その代り、子供たちのほうがよほど死人のように思えてならない。


 暗い。


 とにかく暗いのだ。


 子供の表情がとにかく暗くて、まるで能面のような顔をしている。


 いつからこうなのか。


 最初からこんな人たちばかりが入ってきているのかはわからない。


 能面のような人たちの中にいると、さすがの僕も滅入ってくる。


 だから、先生に聞いてみた。


 どうして、皆は暗い顔をしているのか。


 すると、先生は困惑の色を見せた。


 以前は元気な子たちばかりだったのだという。


 しかし、ある日六年生の中でもムードメーカー的存在だった子供が、突然元気をなくしてしまった。 


 理由を聞いても答えてはくれない。


 親もわけがわからずに困り果てていた。


 そうこうしているうちにまるで感染病のように子供たちから笑顔が消えていったという。


 大人たちはどうしたものかと困惑した。


 なにかの病気かと思い、検査してみてもまったく異常はなかった。


 それが一週間以上も続いているという。


 ということは、僕が転校する少し前からということになる。


 ただの病気。


 もしかしたら、霊的なものかもしれない。


 そう思い、僕は父に相談することにした。


 すると、さっそく学校へ行ってみようという話になった。


「本当に変な感じだな」


 あたりはもう暗い。校門も完全に閉ざされている。


 校門の前にたった父がグラウンドの向こうにある校舎を見ながらつぶやいた。


「どうやって入るの?」

「そんなもの決まっている」


 僕が怪訝な顔をしていると、突然父は僕を抱え上げた。


「うわうわ」


 僕は驚く。


「乗り越えるだけさ」


「ええええ」


 父はそのまま僕を学校の仕切っている塀の上に乗せた。


 そして、持ってきた荷物を投げ入れて、軽くジャンプすると、あっさり塀を乗り越える。


「ほらよ」


 あいかわらずの運動神経だ。


 僕もそんなふうになれるのだろうか。


 でも運動能力に関しては、母親似で僕の運動神経はさほど良くはない。


「ほら、父さんが支えてやるから手を伸ばせ」


 そう言われて片手を父のほうへと伸ばすと、身体が塀から落ちそうになった。それを父が僕の身体を抱きしめるように支える。


 少し怖かったけれど、降りることができた。


「久しぶりだなあ。塀を超えるのも」

「父さん。もしかして、よくサボってた?」

「そういうことかなあ」


 父はのんびりとした口調で言いながら、校舎へと歩き出した。


 校舎へと近づくほどに募るのは不安。


 どす黒い空気が漂ってるような気がして、背筋が凍る。


 父は平然として顔をしていた。


 校舎に入るための玄関前。


 父が足を止めて、じっと玄関ガラスのほうをみつめる。


「どうしたの?」


 父は自分の唇に人差し指を立てて、静かにするように促した。


 どうしたのだろうかと首をかげていると、父が耳をすましてみるように促した。


 いわれたように聞き耳を立てると、なにかが聞こえる。


 泣き声だ。


 すすり泣きが校舎のほうから聞こえてきたのだ。


「とにかく入ってみるか」

「どうやって?」


 父は玄関の扉に手を触れた。


 すると開いた。


 おかしい。


 普通は施錠されているはずなのに、難なく開いた。


 もしかしたら、閉め忘れだろうか。


「たぶん、あの子が開けてくれたんだよ」

「あの子?」

「聞こえるだろう。あの子が呼んでいる」


 泣き声の子?


 僕はそう思った。


 玄関が開くと、いっそう泣き声が響いてくる。


「こっちかなあ」


 泣き声のするほうへと足を進めていく。

 やがてたどり着いたのは、体育館だった。

 そのとき、温厚な父の表情が曇る。


「まさか、隠れていたのか」

「隠れていた?」

「悪霊だ」

「え?」


 僕が尋ねるよりもはやく父は体育館の扉を開いた。


 すると、突然体育館の中からすさまじい風が吹き出してきた。同時にどす黒い霧が立ち込めてくる。


「なに?」

「"悪霊"だよ。いや違うかな。"アヤカシ"だ」

「アヤカシ?オニではなく?」

「どちらも混じっているな。みろ」


 そう言われて、霧の中を見ると、無数の顔があつた。


 子供の顔だ。


 しかも皆が苦痛で顔を歪めている。


「なに?これ」


 僕は思わず腰を抜かして、尻餅をついた。


「だから、アヤカシ。こいつらは、悪霊によってそうなった集合体だよ。オニになる前の状態だね」

「オニになる前がアヤカシ?」

「一歩手前。オニになるか、もとに戻るかの瀬戸際だ」


 父はそんなふうに説明しながら、懐に入れていた札を取り出し、なにやらブツブツとつぶやき始めた。


 唱え終わると、こちらへ向かってきている顔の集合体に札を投げつける。


 札は顔の一つに張り付いた。


 すると、顔たちが断末魔の叫びをあげる。その声は強烈で思わず耳をふさいだ。


 やがて、顔たちは札に吸い込まれるように消えていった。


 霧もいずこかへと消え去る。


「父さん。泣き声の正体ってこれだったの?」

「違う。あれはあくまでも"得体のしれない何か"だ。黒幕は別にいる」

「どうして?」

「まだ聞こえるだろう」


 そう言われて耳を澄ましてみると、まだ声がする。


 泣き声だ。


 寂しそうな声が響いている。


「どうやら奥のほうだ」


 父はそのまま体育館の中へと入っていく。僕は慌てて追いかけた。


 中に入ると、異様な雰囲気が立ち込める。

 普段ならば、授業でしか出すことのない跳び箱やマットがそのまま置かれていたのだ。けれど、使われた跡はない。なぜか埃かぶっている。


 それにいたるところに蜘蛛の巣が張っているというのは、いったいここはどこなのか。

 現役で使われている体育館とは思えなかった。


 僕がきょろきょろしていると、父はまっすぐに跳び箱のほうへと向かう。


「父さん?」


 父は跳び箱の一番上の段を持ち上げた。


「いた」


 父がつぶやく。


 僕は跳び箱の中を覗き込む。


 すると、少女がうずくまっている姿が見えた。


 僕とさほど変わらないぐらい。


 十歳ぐらいの女の子がうずくまってないていた。


 ボロボロのセーラー服に赤い頭巾。


 黒いおかっぱ頭。


 その容姿はまるで……。


 突然父が僕をそこから離れさせた。


「君だと引きずられるから。離れていなさい」


僕はそう言われて、。跳び箱から距離を置いた。


それを確認した父は、女の子に手を差し伸べている。すると突然跳び箱の中からどす黒いなにかが飛び出してきて、父の腕に巻き付いてきた。


「父さん」


 僕はとうさんのほうへと近づこうとしたが、父さんで巻き付けられていない左の手のひらを見せて、僕を制止させた。


「大丈夫だ。たいしたことはない」


 父はなにかをつぶやきはじめる。


 すると、父の手に巻き付いていた黒い蛇のようなものがはじけるように消え去っていく。


 一体、なにをしたというのだろうか。


 僕にはまったくわからなかった。


 女の子の鳴き声が続いている。


 どうして泣いているのだろうか。


 なにが悲しいというのだろうか。

 

 助けて


 声が聞こえる。


 泣き声じゃない。


 ちゃんとした声だ。


 助けて


 また聞こえた。

  

 僕の足が自然と動き出した。


 直後、僕の名前を呼ぶ父の声と僕の手をつかむ大きな腕で我に返った。


「父さん?」

「引きずられるな。お前には対抗できるほどの力は備わっていない」

「でも……。助けてって……

「わかっている。おれにも聞こえているからな」


 僕が不安になっていると、父が微笑みながら僕の頭を撫でた。


「なら、おれの手を離すなよ」


 僕はうなずいた。

 そして跳び箱を見た瞬間。


「父さん」


 僕の声で父が跳び箱のほうを見る。


 いつの間にか少女が経っていた。


 赤いずきんをした少女が跳び箱から出てきて佇んでいる。そう思った瞬間、少女が猛スピードでこちらへと近づいて、僕の身体を押さえつけてきた。


 僕の手が父から離れた。同時に身体が飛ばされていく。


 地面に激突し、背中に痛み。同時に息ができなくなった。


 絞められている。


 僕の首に女の子の腕が絡みついている。


 その顔は泣いてた女の子ではない。まるで遊び道具を見つけた子供のような笑みを浮かべている。


「行こう。一緒に行こう」


 女の子から声が漏れる。


 苦しい


 助けて


 苦しい

 

「汝を滅する。古今東西滅裂」

 

 父の声が響く。


 ぎゃあああああ


 少女の悲鳴が上がる。


「極楽浄土」


 また父の声。


 苦痛に歪めていた女の子の顔が穏やかになっていく。


「怖くない。もう怖くないからね」


 薄れゆき意識の中で父の声が聞こえる。

 

 父は撫でている。


 光に包まれていく女の子の頭を撫でている。


 女の子の表情が柔らかくなっていく。

   

 もう大丈夫なのかなあ

 そんなことを考えながら、僕の意識は遠くなっていった。


 ********************


 目を覚ましたのは、翌日のことだった。


 いつの間にか僕は部屋のベッドに寝かされていた。


 僕は眠たい眼をこすりながら、リビングのほうへと向かう。


 リビングではテレビがつけられていた。


『本日未明。〇〇小学校の体育館の跳び箱内にて、子供の白骨化遺体が発見されました』


 僕の通っている小学校だ。


 僕はそのニュースに飛びついた

『白骨化した遺体は死後五十年は経過したもので、戦時中に亡くなった子供だと推測されます』

「違うな」


 父がつぶやいた。


「おそらく、爆撃といったものじゃない。詳しくはわからないが、なんらかの理由で跳び箱の中に閉じ込められたのだろう」

「でも、戦争でって……頭巾かぶっていたし……」

「戦後だ。おそらく」


 父はなにを想っていたのだろうか。


 僕にはわからなかった。


 そして、僕は学校へいくと、雰囲気がガラリと変わっていた。


 みんなが笑顔だったんだ。


 どういうことなのだろうか。


 僕は考えた。


 そして、ふいに思い出す。


 顔だ。


 父のいっていた"アヤカシ"の顔がここにいる子供たちの顔そのものだった。


 おそらく子供たちは意識をあの女の子の霊に抜き取られていたのだろう。 いわゆる魂だ。


 完全に抜き取られたわけではないから、子供は死なずに廃人のようになってしまっていた。


 ではなぜ、そんな現象が起こったのかというと、戦時中に死んだのかはよくわからないが、跳び箱の中で死んでいた女の子が寂しさのあまり、自分とさほど年の変わらない子たちを引き寄せていたのかもしれない。


ーーーーーーーーーーーーー


 いまとなってはわからない。


 そういえば、そのとき父は妙なことをいっていた。


「もうすぐ、とんでもないことが起こるかもしけれないな。その時、お前が活躍するころになるな。負けるなよ」


 どういう意味だったのだろうか。


「とうさん。とうさん。新入りみつけたよ」

「またどこからともなく拾ってきたのか。ナツキ」


 ナツキがむじゃきに笑っている。


 僕はふいに聞きたくなった。


「ナツキはわかるか?赤ずきんを着た女の子の話」

「赤ずきん? もしかして、とうさんが子供のころに体験した赤ずきん?」

「知っているのか?」

「うん。知っている。戦後赤ずきんをかぶせられて跳び箱の中に閉じ込められた子でしょ」

「閉じ込められた?」

「うん。聞いたことあるよ。妖怪たちがいっていたの。赤ずきんの子がいじめで殺されたって……」


 そういうことか。


 なんとなく合点がいく気がした。


 長いこと閉じ込められていた。


 助けてほしかった。


 寂しかった。


 だから、友達が欲しかった。


 だから、子供たちの魂を引き入れようしたのだ。


「それよりもとうさん。新人に逢うよね」


「どうしようかな。いつ来るんだい」


「明日」


「うーん、残念。明日は掘り出し物を探しにいかないと……」



「店長。いい加減にしてくださらない」


 いつのまにか店員が店にいた。


「はははは。今日はいるよ。とくに用事はないから」


「本当ですか?」


「本当だよ。本当。巣鴨でたくさんスルメ買ったからね」


「まさか。干し物買いにいくつもりですか?」


「違うよ。本当に明日は掘り出し物を取りに行くんだよ。ついでに懐かしい母校も見てこようと思ってね」


「母校?」


「僕が四年生から三年間過ごした母校。廃校になって、来月壊されるんだよ。そこにいろいろと掘り出し物があったらしいんだよね。そういうことで明日からしばらくいないから、よろしく」


 そういいながら、僕は骨董店のカーテンを開けた。




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