始まりの音③
「トモ兄。なんか不機嫌だねえ」
メールの返信を呼んでいた朝矢の顔がゆがんでいる様子を見たナツキが怪訝そうに覗いている。
「別に機嫌悪くなってねえよ」
朝矢はムッとしながらもメールを打ち込んでいる。
「めぐ姉ちゃんへの愛のメール?」
言い終わるよりも早く、朝矢はナツキの頭を軽く叩いた。
「いたーい。突然なにするんだよお」
ナツキは頭を押さえながら朝矢を見上げる。けれど、その口調はまったく痛がっているふうではない。
「だれがそんなメール送るかよ。ボケ」
朝矢は携帯をみる。
「じゃあ。どんな返信?」
ナツキは強引に携帯を取った。
「おい。こらっ」
「えっと……。うーん。やっぱり愛のメールじゃん」
「どうしたら、そう見えるんだよ」
「めぐ姉ちゃんが見たら、ぜーんぶ愛のメールだもん」
ナツキは朝矢のほうへ作成したばかりのメールを向けた。
『だれがよぶかよ。ボケ。仕事しろ。仕事』と書かれていた。
どこをどうみたら、愛のメールになるんだとナツキを睨む。
ナツキはただニヤニヤしている。
確かにナツキの言う通りだろう。
自分のどんな言葉だろうとも、彼女は喜ぶ。満面の笑みを浮かべながら、うれしそうに歌い踊る姿が目に浮かぶ。
「ねえ、トモ兄」
「有川さん」
ナツキがなにかを言いかけたとき、別の方向から声がした。
振り返ると、一人の少年が急いでかけてくる。
「きたか」
「ああ」
ナツキは目を輝かせた。
「どうなっているんですか?」
杉原弦音は、朝矢のほうへ駆け寄るなり、怒鳴りつける。朝矢は思わず仰け反るが、となりにいるナツキは、悪戯が成功したような笑顔を浮かべている。
「俺、確かにみたんですよ。渋谷にいったら、巨大な花が現れて、それが動いていて、人を襲って……。その中に江川がいたんですよ。そしたら、みんなパニックになって警察がきて、有川さんたちもきて……」
弦音の怒涛のような支離滅裂なトークだが、内容はわかる。
「それで気づいたら、江川が文化祭の買い出しにきたといってさ。おれがそのこと話したら、すげえ、変な目でみられた。夢かなあと思ったら、なんか変なもの見えるようになっててさ」
へんなもの。
朝矢は周囲を見回す。確かに変なものがいたるところにいる。この世に存在しない想像上のものとされている“妖怪”とよばれる類の生き物たちが、人の影に隠れるようにして、いたるところに存在している。
普段し見ない。見ないようにしているが、意識さえすれば、朝矢の眼にもはっきりと見えていた。
ずいぶん、慣れたものだと我ながら思う。
初めて見えるようになったときは、いまの彼と同じ状態だった。どうして、こんなものが見えるのかと不安と疎外感に包まれたのは、ずいぶんと前のことだ。
「そしたら、こいつが……」
弦音はナツキを指さした。見ると、ナツキは楽し気にニコニコと笑っている。
「窓の外にプカプカ浮いていてさ。驚いて悲鳴あげたら、クラスの視線が俺に集中してさ。子供がいるっていってもだれも信じてくれないんだよ。へんな目で見られた。江川もすげえ、あきれていてさ。まじ、ヤバイよ。俺……。確実に嫌われた」
朝矢はナツキをギッと睨みつけるが、まったく動じていない。
「だから、いったじゃないか。僕の姿は君だけしかみえないってさ。詳しいことは、放課後教えるって僕がいったから、ここに来たんでしょ。ねっ、とも兄」
ナツキは朝矢の身体をポンとたたく。
「おいおい。俺にいわせるのかよ」
「そのためにつれてきたんだよ。僕は子供だから、うまく説明できなーい」
「だれが子供だ。ボケ」
朝矢はナツキの頭を拳でたたく。
ナツキは嬉しそうにきゃっきゃと笑う。
「ねえ。いいでしょ。とも兄。絶対に必要だよ。一人でも多く店員が必要だって、とうさんもいっていたじゃないか」
面倒くさいなあと、朝矢は頭を掻く。
「とも兄~」
「あああ。わかったよ。本当は巻き込みたくないんだけどな」
朝矢がぼそりとつぶやく。
その声は弦音には聞こえない。
朝矢は、弦音を見る。
「おい。お前、うちでバイトしないか?」
「はい?」
「いや、うちにこい」
「はっ?」
「かぐら骨董店祓い屋へ」
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第一章完結です。
次は3月22日更新予定です




