始まりの音②
テレビ局本社の控室の中、舞台衣装姿のまま、鏡の前で彼女が伏せっている。
「お疲れ様」
彼女の伏せた頭の横にカップに入ったコーヒーを置いたのは、最近彼女のマネージャーになったばかりの中年の女性だった。
「あーもー、疲れた――。どうして、あれ歌うと疲れるのかしら」
顔を伏せったまま、愚痴をこぼす彼女にマネージャーはため息をこぼす。
「けど、よかったわ。街灯モニターにみんなくぎ付けだったわ。おかげで騒ぎは見事に収まったそうよ」
「行慈さんに褒められても~」
「プロデューサー?それとも社長?」
彼女は、マネージャーのほうを見上げてムッとする。
「ひどい。行慈さん。わかっているでしょ」
ひて腐れ、再び顔を伏せる。
そのとき、携帯の着信音が響く。
彼女は慌てて携帯を手に取ると、画面を開く。
「きたー。きたわよ。行慈さん」
彼女は目を輝かせる。頬は高揚し、テンションが異様に高くなる。
「愛美ちゃん。そんな大声だすと外に響くわよ」
そんなマネージャーの声など聴こえない様子に立ち上がるなり、くるくると回りながら踊り始め、最終的に携帯にキスをする。そのテンションの高さにマネージャーはあきれかえる。
「出番までには落ち着くでしょ。プロですものね」
マネージャーはとりあえず見守ることにした。
彼女は携帯のメールを開く。
『おまえのおかげでどうにか解決した』
「お前だなんて~♡愛美と呼んでよ~ん。と・も・や・♡えへっ♡」
そんなことを嬉しそうにいっている。
おそらくその言葉通りに返信メールを送っているだろう。
それを見たメールの返信相手がゆがんでいることが想像できる。
マネージャーは知っている。彼女に届いたメールの送信相手が彼女の思い人だ。しかも長い年月片思いしており、何度となくアピールしているがあしらわれてしまう。それでもあきらめが悪い。
その様子にあきれながらも、いつか成就してほしいと思っている。
「松澤愛桜さん。出番ですよ」
部屋がノックされスタッフが顔を出す。
そのころには、彼女のテンションは元に戻り、“松枝愛美”という名の田舎娘から“松澤愛桜”という名のプロの歌手へと変わる。
「いまからいきます」
彼女は部屋の入り口へと歩き始める。
「マネージャーさん。いいパフォーマンスをするわ。みんなに歌を届けないとね」
「期待しているわ」
彼女はスタッフに案内されながら、控室を出ていった。そのあとをマネージャーが歩いていく。




