闇に潜む猫
番外編です。
本編とはあまり関係ありません。
都会のネオンの光が夜の闇を照らし続けている。
もうすでに夜の十二時をすぎようというのに、繁華街には若者や仕事帰りのサラリーマンが行きかい、酒を飲んでいるのか陽気に騒いでいる。雪がふり注ぐほどの寒さだというのに、彼らには、それさえも感じないほどに愉快なのだろう。明かりが寒さも夜が更けていることさえも忘れさせていく。
そんな中、週末の賑わいを嫌うかのように男は、人気のにないビルの間の路地へと入っていく。表通りの賑わいと打って変わって、そこには夜が存在している。かすかに街灯があたりを照らしているだけで、人通り、ただかすかに表通りのざわめきが聞こえるだけだ。
男はまだ年若い。二十歳前後の長身。
明るい外へウェーブのかかった茶髪。シンプルなフード付きジャケットとデニム。頭には黒いキャップを深くかぶっており、なにやら注意深くあたりを見回している。。
やがて、彼は走り出した。
そこは暗闇。月明りさえもない暗闇だった。
中年の男、ひとり地面に座りこんだ状態で全身を震わせている。その向こうには月明りを完全にさえぎってしまっている得体のしれない暗闇がそびえたっていた。その二つの眼はぎらつき、いかにもひ弱そうな男をとらえている。男はただ座り込み、目を大きく見開きながらも、そのぎょろついた大きな二つ目をおびえながら見ている。目をそらせない。もし目をそらしてしまったら、その目が刃を向けて襲い掛かってくることが本能的にわかってぃたからだ。
「にゃあ」
その目から放たれるのはかわいらしい猫の鳴き声。しかし、声の主は猫にしては大きすぎる。猫の眼と耳。虎柄の毛。そして大人の熊のように大きな図体は猫の姿でありながらも異質さが漂ってぃる。そして、背後のしっぽは八つ。
あれはなんという生き物なのか。見たことのない生き物がなぜ自分の前に突然現れたのは。男は大柄の八本尾の猫と遭遇した瞬間を思い出そうとした。思い出すほどのことはない。仕事が終わって、同僚とともに居酒屋でさけを飲んだ後に帰途についた。いつものように抜け道を通って駅のほうへと向かおうとした瞬間に一匹の猫と出会ったのだ。かわいくて猫の頭を撫でようとした瞬間に猫が瞬く間に大熊のごとく大きくなったのた。
その偉業な出で立ちに仰天し、全身に恐怖が宿った。
「にゅあああああ」
その猫の口が大きく開かれ、中年の男を飲み込まんばかりに襲い掛かってきた瞬間、中年男は目を閉じた。
食われる
死さえも覚悟した。
しかし、それがくることはなかった。
「にゃぁあ」
猫の甲高い悲鳴とともに、なにかがドサっと倒れこむ音が聞こえた。そして、静寂が襲う。
中年の男が恐る恐る眼を開けると、最初に目に入ったのはだれかの足とその向こうにある地面に倒れてびくとも動かない猫の姿だった
。猫の体には矢が突き刺さっている。そこから、ドロッとした血液が流れ落ちていく。
中年の男は足の主を確かめるべくして視線を上げる。
そこには、一人の男が立っていた。その手には弓が握られている。それだけで、この男の仕業だと理解した。
射たのだ。
あの化け猫を一度で射貫いた。
中年の視線がその顔へと注がれると同時に弓の持ち主がふりかえった。
若い。
「大丈夫ですか?」
若者の手にはすでに弓はない。
「あっ……はい」
若者は腰を下ろして手を差し出した。
「立てますか?」
見た目よりも若者は丁寧な口調で話しているが、その言葉の語尾に東京ではない地方育ちの印象がうかがえる。
「だ……大丈夫です」
中年は一度深呼吸をして立ち上がった。
「あれは……。君は……?」
中年の男は自分の目の前でなにが起こったのかはっきりと理解できずに戸惑っていた。
「君は……」
けれど、中年の男にはこの若者にある可能性が思いついた。
「それよりもおじさん。気を付けんといけんですよ。この世の中、夜道にこがんとこおったら、やつらに狙ってくださいといっているようなもんたい」
九州から来たばかりなのだろうか。
ずいぶんと訛っている。
「それは、どういう……」
「いままでの常識が通用しないこともあるということ。現に見たことのない化け物が襲ってきた。注意するにこしたことはない」
「……」
「まあいい。あと何体いる?山男」
若者は立ち上がるとぐったり倒れている化け猫のほうを見ながら、なにかに語り掛けている。しかし、中年の男にはなにも見えなかった。
「そうか、まだまだだな」
いつの間にか、若者の手には弓ではなく、刀が握られている。
日本刀の柄を持ち、化け猫の体を一直線についた。直後、化け猫の体が委縮していきやがて消え去った。
地面に突き刺さった刀を引き抜くと鞘に納める。同時に刀の姿は忽然と消え去った。
「おじさん……表通りを帰ったほうがいいよ。いつ“……”がでるかわからないからな」
それだけを言い残して男は振り返らずに暗闇のほうへと歩き出した。
なにがでるといったのか聞き取れなかったが、化け物がでるといったのだろう。
中年の男はしばらく呆然と見ていたが、はっと我に返ると一目散に来た道を通り、ネオンの光る表通りの人込みの中へと消え去った。




