94話 目標を定め旅立つ瞬間
「それでこれからどうしよっか。『大雪原』で探索するには炎属性の装備が必要だけれど、ミズキは作ってもらえた?」
「はい、作ってもらえたのでいつでもいけますよ!」
「なら準備が終わり次第向かうということでいいのかな?」
ファティマがクーをチラッと見て返事をうながすと。
「問題ない」
クーはいつでもいいと一言だけ喋った。
「今回は準備もしてきましたし、せっかく魔法剣を作るならなるべくいい素材のほうがいいですよね。どこまで行けるかはわかりませんけど奥に行ってみませんか?」
「ならそうしてみよっか」
リティスの言っていた、品質の良い素材というものがどの程度かはわからない。
しかし、大は小を兼ねるということもあり、可能な限りいい素材を取りに行くことにした。
「なら今度は場所だけどどうしよっか」
「いろいろある」
クーがぼそりと呟いた。
「いろいろですか?」
「そう。例えば」
クーは『白玉雪』、『氷山甲』、『氷針晶』、『雪幽鬼』と、迷宮の主の名前を次々に羅列していった。
このほかにもまだあるようだったが、クーは一度説明にキリをつけ。
「ほかには『青炎金剛竜』とかも居る」
「おお、竜がいるんですか! それにしませんか!?」
「『青炎金剛竜』は無理。会えないし倒せない」
ミズキの案は即座に否定されてしまった。
「おすすめは『白玉雪』。私だけでも倒せる」
『白玉雪』は『大雪原』のどこかに居る迷宮の主だ。迷宮といってもかまくらの中に居るだけなので、すぐに戦うことのできるメリットがある。
しかし、出現位置がランダムというデメリットもあった。
「位置がわからないのでしたら大変じゃないですか?」
「そんなときのこれ」
クーが取り出したのは黄色の結晶板だった。
「これで情報集める」
クーが結晶板を操作すると文字が浮かび上がった。何回か操作したあと、クーがミズキに見せればそこにはこう書かれていた。
風の知らせ通信――『白玉雪』出現場所を報告し合おう――
見てみると、いつ、どこで出現したのかということと、討伐報告などが多く書き込まれていた。
クーによればこれらの情報を見ればほぼ予想ができるとのこと。
「あの、そんな簡単に予想できるものなんですか?」
いくら情報を集め位置を予想したとしても、外れることも多いはずなのだが。
「早く帰りたいから絶対に当てる」
無駄足を踏めば探索期間が増え、余計に寒い思いをする。そのことを嫌がった結果だった。
そうして極めて精度の高い予想ができるようになったらしい。
「それはすごいね……」
ファティマは呆れながらも驚いていた。何はともあれ、これでミズキたちの行き先が決まった。
「行き先も決まったし今から向かうのかな」
「行きましょう!」
「了解」
ファティマが二人に確認すれば小気味のいい返事が返ってくる。ファティマは一九九一へと振り向き。
「そういうことだから」
「ご出立ですね、直接ホールへと向かわれますか?」
一九九一が手を合わせ腕を広げれば白い煙に包まれる。煙が晴れれば部屋からミズキたちは居なくなっていた。
*
円柱状の巨大な空間が広がる、『摩天楼』のホールにミズキたちはやってきていた。
賑わいに溢れる喧騒の中を、狐っ子たちが忙しそうにちょこちょこと動いている。
カウンターでは、一九九一に案内されたクーが宿泊料を清算していた。そのときミズキは追加料金を払おうとしたが、それは固辞されてしまった。
「皆さま、『摩天楼』をご利用いただきありがとうございました。また、いらしてくださいね。わたしたちはいつでも歓迎いたしますから!」
一九九一が三人を前に別れの挨拶をすればいよいよ出立の時となる。別れを前にした一九九一の表情は、寂しさを我慢したような笑顔だった。
「ボクもとてもいい時間が過ごせましたし、ありがとうございました」
ミズキが一九九一の頭を撫でれば、嬉しそうに耳と尻尾を動かしていた。
「いえ! わたしのほうこそミズキさんのおかげでアルマさまに会うことができましたから!」
あの夜、一九九一と共に会ったアルマは一九九一が言ったとおり、皆に慕われていることがわかるとても優しい人だった。
そんな人が営んでいる『摩天楼』に、再び訪れたいとミズキは思う。
「感謝」
「お世話になったね、ありがとう」
クーは短く言葉を発すると一九九一の頭を撫でる。その横でファティマは微笑みを浮かべていた。
「また来ますね!」
いよいよミズキたちが出発しようとしたとき。
「ま、待ってくださいッ!」
三人を呼び止める一九九一の声がした。




