93話 優しい人?
「いらっしゃい、良く来てくれたわね」
落ち着いた声の女性は湯を滴らせながら立ち上がった。こちらへゆっくりと歩いてくれば、みずみずしくも艶かしいほどに白い裸体が目に映る。
豊かに膨らむ胸部が歩くごとに揺れる様は、目に毒なほどに蠱惑的だ。また、体の後ろに見えるいくつもの尻尾も大きく揺れている。
「何をしているの? 折角来たのだから入りなさいな」
「わ、わたしなんかがアルマさまと同じ湯船に浸かっていいのでしょうか……!」
緊張に固まる一九九一が手を握り締め、うつむきながらも声を絞り出していた。
「構わないわ。ほら、おいで。そちらのあなたもこちらにいらっしゃい」
アルマの姿に目を奪われていたミズキが、ようやく動きだしていた。
「あの、いいんですか?」
「早くいらっしゃいな」
ミズキと一九九一は言われるままに進み湯船へと浸かる。
「アルマさまと一緒にお風呂なんて感激です……」
喜ぶ一九九一は目をきつく閉じて感じ入っていた。
「一九九一も毎日頑張っているわね。お疲れ様」
アルマはそう言うと一九九一の頭を撫でていた。一九九一は感極まったのか体を限界まで強張らせ、耳と尻尾も完全に固まっていた。
「ふわぁ……」
しかし、すぐに幸せの絶頂を迎えたかのような表情になり、ふにゃりと脱力してしまう。
「あの、なんでボクは呼ばれたんでしょう?」
ミズキは首を傾げ、アルマに問いかけると手招きされた。そうして近づいていくと急に抱き締められてしまう。
「うひゃあ!? は、離してください!」
柔らかい何かが当たれば平静ではいられない。
「理由は簡単よ。あなたを一度間近で見てみたかったものだから。何せあの狂楽の魔女が作り出した人形だもの。とても興味があったわ……」
こちらを見下ろす目はそこはかとなく怖く、不思議な虹彩は全て見られているようで落ち着かない。
「あの、狂楽の魔女ってリティス様のことですか?」
「ええ、そうよ。魔女たちの間では狂人だって有名なのよ?」
そこまで言われていることにミズキは想像がつかなかった。確かに溶けていたり、人を振り回すところがあったがよくわからない。
「そんな魔女が作った人形だものね。ずっと、ずっと見ていたわ。けれどあなたは別の世界から来たから一度帰ってしまったわね。でも、戻ってきてくれた。また可愛いあなたが見られるかと思うと嬉しくて、それはもう嬉しくて……」
慈しむように目が細められ、片時も目を逸らさずじっとこちらを覗き続けている。
頭を撫でられれば怖いほどの情愛を感じた。こちらを見ているようで見ていない。しかし、全てが筒抜けであるかのような錯覚におちいってしまう。
「最初から全部、見ていたわ。戻ってきてからは元気が無かったけれど、ここに来てその愛らしいまでの明るさも、無事に元通りになってくれた……。それにここはあなたの世界を懐かしむものがたくさんあるみたいね?」
その言葉にどきりとした。懐かしいと言ったのは確かだが、いったいどこからどこまで見ているのか検討もつかない。
まるで心の内すら見通されているかのような、そんな気さえしてきてしまう。
「心までは見えないから安心していいわ。でもその可愛い表情からは何を考えているのかくらいはわかるのよ?」
そう悪戯っぽく笑った。
「ここが気に入ったのならいつでも来ていいのよ。歓迎するわ」
優しい声で語りかけられれば、あれほど寝たのに段々と眠気がやってきてしまう。
次第にまぶたが下がり、ミズキはとろんとした表情になる。
「ふふ、帰りは私が送ってあげるわね。安心して、ずっと、ずっと見守っているから」
その言葉を最後に、ミズキの意識はまどろみの中へと消えてしまった。
*
ミズキが目を覚ましたのは、二人と共に泊まった部屋の中だった。
「ふぇ……?」
「起きた」
「おはようミズキ」
二人はすでに起きていたのかミズキの顔を覗き込んでいた。
一瞬、ここがどこなのかわからずミズキはぼーっとしていたが、その様子にファティマは笑い、クーは僅かに口角を吊り上げていた。
「ここは?」
「ここは『花風流水』ですよ!」
未だによくわかっていないミズキに、一九九一が元気良く教えてくれた。
「全員起きられたようですし朝食をお持ちいたしましょうか?」
「そうだね、お願いしようかな」
「かしこまりました!」
ファティマの言葉に一九九一は一度消え、狐っ子たちを連れて戻ってきた。
そうして狐っ子たちがちょこちょこと動けば、あっという間に食事の準備が終わってしまう。
三人は食事を済ませたあと、クーとファティマが机を挟んで話し合っている。
例によってミズキはクーに抱かれていた。




