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92話 摩天楼の主


「お、落ち着いてぇぇ!」

「あ、ごめんなさい!」


 一九九一が慌てて手を放し、しょんぼりと耳を垂れさせた。突然のことにミズキは訳もわからず目を回すばかりだ。



「ちょっと良くわからないんだけど、アルマさんと会うっていうのはどういうことなんですか?」

「先ほどアルマさまがミズキさんに会いたがっているという通達がきまして、もしお会いになられるならば、その、わたしがお連れするようにって言われたんです! わたしもアルマさまに会うことができるかもしれないんです!」


 ミズキはそういうことかと納得した。自分が会うと答えれば一九九一はアルマに会うことができるかもしれないのだと。


 必死になるのも仕方ないと思い、なれば答えはひとつだった。


「なら行きましょう!」

「ありがとうございますぅぅぅぅ!!」


 一九九一は喜びのあまりか、ミズキへと力の限りに抱きついた。


「善は急げですからね、早速向かいますよ! 道(つな)ぐ助けを、他を見失わぬ道しるべを」


 一九九一が手を合わせれば音が鳴り、言葉を紡ぐ声の調子は弾むようだった。


「〈転移〉、『天楼閣』!」


 一九九一が両腕を広げると共に辺りは煙に包まれた。


   *


 『摩天楼』の最上階へとミズキたちはやってきていた。そして、煙が晴れると辺りは木々に覆われており、ときおり吹く風が葉を揺らしていた。


 前に見える、しゅ色の鳥居は奥が見えなくなるほどに続き、設置された燈籠とうろうの明かりが辺りをやわらかく照らしている。


 鳥居と鳥居のあいだにも燈籠が置かれ、燈籠が下から鳥居を照らしていた。そうした明かりが、この世のものとは思えない陰影をかもし出していた。


「ここが『摩天楼』の最上階ですよ!」


 一九九一が元気のいい声を発したことで、その光景に見入ってしまっていたミズキははっとする。


 一九九一のほうを見れば服を着ていない。当然自分も着ていない。二人そろ|って生まれたままの姿だ。


「ふ、服! 服を着てないです、裸ですよ!」

「あ……」


 ミズキが慌てると、一九九一はしまったというように口に手を当て止まってしまう。しかし、すぐにその耳がひくひくと動きだした。


「あ、このままでいいみたいです……」

「そうなの!?」


 一九九一が言うからには大丈夫なのだろうが、ミズキは一抹の不安を払拭することができなかった。


 戸惑っていると手を引かれ、鳥居が並ぶ通路へと連れて行かれてしまう。


 体を吹き抜ける風に落ち着かず、全く隠れられていないが、一九九一に隠れるようにしてミズキは歩いていた。


「ここはアルマさまが許した者しか通ることができないんです。無断で通ろうとしてもさっき居たところに戻されてしまうんですよ」

「そ、そうなんだ……」


 全身がスースーしているので、一九九一の話は頭に入ってこなかった。


 そうしつつも、曲がりくねるように鳥居が続く通路を、恐る恐る進んでいけば開けた場所が見えてきた。


 そこは木々が光輝く花々を咲かせ、花びらをはかなく散らす世界だった。

 そんな中、水がたたえられた上には、いくつもの建物が浮かぶようにして存在していた。


 それらの建物は絢爛けんらんな装飾が施された木造の家屋で、黄色やだいだい色といった明かりを灯している。


 風が吹いていないのか鏡のように静まる水面には、明かりに照らされた建物が映り込んでいた。


「こっちですよ」


 一九九一に手を引かれたのは水面のある方向だった。しかし、水面に足が沈むことはなく、波紋を広げミズキたちの体を支えていた。


 波紋を作りながらける一九九一の表情はとても楽しそうで、その笑顔にこちらまで嬉しくなってきてしまう。


 鏡のような水面を渡りきり、白い石で出来た六角形の足場へと降り立った。先には少しの階段と渡り廊下が続いている。


 木のおもむきのある廊下は彫刻が施され、木材が組み合わせられて出来ている。そして、橙色の明かりが複雑な陰影を刻んでいた。


 そうした造りの廊下を渡り、建物のひとつに入ればそこは脱衣所になっていた。


 辺りを見ると広い室内には衣服を入れる棚が置かれ、それはかなり先まで続いている。


 一九九一に手を引かれるままに通り過ぎれば、扉の前で一人のきつねっ子がお辞儀をしたまま待機していた。


「この先でアルマ様がお待ちしております」


 その狐っ子はそれきり話さなくなってしまう。一九九一が扉を開けると湯煙が辺りを覆った。


 次第に視界が晴れてくると、大きな浴槽がいくつも並ぶ空間だということがわかる。


 開いた天井の合間を通るはりからは、折られた白紙がいくつもり下げられていた。


 そして、周囲にある行燈あんどんが辺りを照らす中、湯船には光る湯がはられている。そのひとつに浸かる人影があった。


 女性は金の髪を背中まで流し、髪は行燈に照らされ輝いていた。


 また、同じ金色をした耳がぴんと立ち、開いた金色の瞳は木の年輪を思わせる不思議な虹彩こうさいをしていた。


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