90話 夜の庭園
大浴場で寝てしまったこともあり、夜が明ける前にミズキは目を覚ます。
横を見れば二人はまだ寝ていた。クーがミズキをがっちり抱き締め、脱出しようとするも離そうとしない。
ミズキは悪戦苦闘するもなんとか抜け出し、少し部屋の外に出ることにする。
水の上を通る渡り廊下からは、池のほとりに桃色の花を咲かせた木を見ることができた。
水を湛えた情緒溢れる静かな夜の庭園に、光る花びらが舞い落ちる。遠くから水の流れる音が聞こえ、建物内であるはずなのに心地よい夜風が吹いていた。
風にあおられた花びらがミズキの近くに舞い降りる。腕を伸ばし、手の平の上に受け取ればほんのりあたたかい。
それからは建物沿いにある通路を歩き、夜の庭園を眺めていった。
角を曲がり、少し進んだ先は行き止まりになっていた。そして木で出来た手すりの向こうには、多くの光が煌く異世界の街を眺めることができた。
やはり奇妙な街だと思う。元の世界だと光は線や点といった見え方だったが、こちらでは街の輪郭が浮かび上がるようにして見えいた。
そのことがかえって現実味の無い景色となってしまっていた。
しかし、そこには確かに人々の営みがあり、今もこうしてその営みの中に居るのかと思うと、なんとも不思議な感覚だった。
ミズキは一度目を閉じると小さく笑う。部屋に戻ろうと、来た道を折り返していたとき。後ろで何かが舞い降りた気がして振り返る。
手すりの上には、朱色を基調とする服を着た女性が座っていた。
その服は色とりどりの糸で刺繍され、青光を反射する銀色の髪を肩に流している。
狐耳を生やした女性が夜風の中で尻尾を揺らし、目を開くとこちらに気がついた。
「おや、こんな時間に起きてるなんていけない子だね」
低く落ち着いた声だった。
「夜も遅い、というよりももうすぐ朝なのか。とにかく子供は寝るべきだよ。それじゃあね」
そう言うと手すりの向こうへと落ちていってしまった。
「え!?」
慌てて駆けつけ、下を見てもそこには何も無かった。今のはなんだったのだろう。そう疑問に思いながらも部屋に戻ることにする。
部屋へ戻っても二人はまだ寝たままだった。ミズキはやることがなく、布団の上でぼーっとする暇な時間だけが過ぎていく。
そういえばと、ここにも露天風呂があることを思い出した。そして、露天風呂入ることにしたミズキは脱衣所に繋がる扉を開く。
脱衣所のある向こうには、硝子を隔てて湯気を出す露天風呂と、夜の『森の都』の景色が見て取れた。
そうして脱衣所で服を脱いでいるとき、一九九一から預かった鈴を落とし音が鳴ってしまった。
「大丈夫だよね? こんな夜中にまで来るとは思えないし……」
拾いながら心配するも、やはり一九九一は寝ているのか反応はなかった。
服を脱ぎ一糸纏わぬ格好となったところで、突然の白い煙と共に一九九一が現れた。
「遅くなってしまいもうしわけありません!」
よほど慌てたのか髪が跳ねてしまっていた。
「えっと、ごめんなさい……鈴を落としちゃったんです……」
「あ、そうだったのですね。よかったぁ……」
一九九一はその場にへたり込んで息を吐いた。
「もしかして夜中までお仕事があるんですか?」
「はい、いついかなるときもお客さまをもてなすのがわたしたちの仕事になりますから」
「すごく大変なんじゃないですか……?」
「大変ですけどアルマさまがほめてくださいますから!」
本心からなのか、一九九一は屈託のない笑顔で誇らしそうに答えた。
「それでどうしましょう?」
「間違えて呼んじゃったのはあるんだけど、良かったら話相手になってほしいけど……いいのかな?」
「かまいませんよ!」
一九九一は腕を広げて了承してくれた。
「ありがとうね。あ、無理じゃなかったらでいいんですけど、普通に話してくれたほうが嬉しいな」
ミズキが遠慮がちに言うと一九九一はうなり始めてしまう。
「う~ん、いいのかな? そうですね、お客さまの要望ですしいいですよ!」
しかし、最後には笑顔と共に頷いてくれた。
「ありがとう」
「それで、服を着ていないということは今からお風呂に入るところだったんですか?」
「うん、一人だとやることもなくって。一緒に入らないです?」
「あ、それだとわたしたちとの一緒にお風呂おぷしょんでの追加料金がひつようになっちゃいますよ」
いきなりのいかがわしい響きにミズキはたじろぐ。
「い、いくらくらいなんです?」
「一万シリーグになりますね」
「かなり高くない!?」
ほぼ倍額であった。三人で三万六○○○シリーグであることを考慮しても三割増し近い。
「おぷしょんは儲かるってアルマさまはすごく喜んでましたよ!」
そう嬉しそうに話す一九九一の表情は、輝くような笑顔だった。




