89話 元の世界を懐かしむ
「ゆっくりお楽しみください」
並んだ狐っ子たちがお辞儀をすると、白い煙に包まれ一斉に消えていった。
「わぁ! どれも美味しそうですね!」
机に並んだ料理にミズキが目を輝かせる。大皿にはトルティーヤのようなものが乗せられ、汁物を入れられたお碗もある。
ほかには煮物や焼き魚、一口大にカットされた肉料理などが並んでいた。
「これは包んで食べるんですか?」
「そうだよ。これは薄焼きにしたアマラルで、こうやって好きな具を巻いて食べればいいよ」
ミズキはファティマの言うとおり、思い思いの具材を乗せていく。いささかその量は多かったが、乗せ終わるとくるくると巻いていった。
アマラルはかなり弾力性があるようで、大量の具を伸びながら包んでしまった。
そしてミズキがかぶりつくと、アマラルは餅のようにうにょんと伸びてしまう。
「伸びましたよ!?」
「アマ麦から作ったアマラルを薄く焼いたものは『摩天楼』の名物で、もちもちの食感でよく伸びるんですよ!」
驚くミズキに一九九一が答えていた。その様子を見ながらファティマは微笑み、クーは黙々とアマラルに具材を乗せていた。
「すごく美味しいです!」
ミズキは伸びるアマラルに悪戦苦闘しながらも、美味しそうにほお張っている。
ファティマとクーもアマラルに口をつけ、やはり伸ばしながら食べていた。
「あ、お飲み物はどうしましょうか?」
「どんなものがあるんですか?」
「そうですね、お酒や果実水、それにお茶があります。どれも種類がたくさんありますよ!」
お酒では薬草酒やハチミツ酒、麦主や火酒、めずらしいものでは米酒などがあると説明された。米酒とは日本酒のようなものだろう。
(そういえば父さんもお酒が好きだったな……)
今は亡き父親が仕事から帰ってきたあと、ミズキだけが見える不思議な光の話を、大好きな日本酒を飲みながら聞いていた。
そのことが父親の楽しみだったことを、ミズキはふと思い出した。
いつか一緒に飲もうと約束していたが、父が他界したことでその約束は叶わなかった。
それ以来、なんとなくお酒を飲むことは控えていた。しかし、付き合いで飲むことはあったが、日本酒だけは飲まないようにしていた。
(一緒に、飲みたかったな……)
今となっては叶うことのない願いだったが、もし、その瞬間が訪れていたのならば――きっと楽しかっただろう。
どのような味がするのだろうか。今まで忌避していたが、ふとそんなことを思う。
思いに耽るミズキの横ではクーが火酒を、ファティマはお茶を頼んでいた。
「ボクは米酒にしてみようかな」
「かしこまりました!」
一九九一は一度消えると、頼まれたものをお盆に載せて戻ってきた。
ミズキは米酒を受け取ると少し口に含んでみる。米酒の香りがすぅっと鼻を通り過ぎれば、胸が締め付けられるような味だった。
(変な味……でも)
ひどく懐かしい気がした。
(父さんはこの味が好きだったのかな……)
飲めば体が浮き立つような感覚がし、全身が温まるのがわかった。
「ミズキは珍しいものを飲むんだね」
ファティマは気になるのか、ミズキの飲む米酒を覗き込んでいた。
「ちょっと飲んでみますか?」
「じゃあちょっとだけもらおうかな?」
ファティマは手渡された米酒を少し飲むと、なんともいえない表情をした。
「変わった味だね……」
「私も」
クーも手を伸ばしてきたので、そちらにも手渡した。
「変なの」
率直な感想はそんな一言だった。
「美味しい?」
「ボクもあまり美味しくはないですね」
なぜそんなものを飲んでいるのかと、クーに首を傾げられてしまう。
「美味しくはないんですけど、とても懐かしい感じがするんです」
「ふぅん……」
クーは返事をしながらも、口直しと言わんばかりに自身の持つ火酒を飲んでいた。
ミズキも大分お酒が回ってきたのか、顔が赤くなり、目がとろんとし始めている。
随分としんみりしてしまったと思い、ミズキは汁物へと手を伸ばした。そして箸を片手に持ったところで手が止まる。
何気なく掴んだ箸だったが、この世界にもあるのかと関心し、まぁそんなものかと納得する。
慣れ親しんだものがある分には構わないし、単純に嬉しいから気にしないことにした。
そうして手に取ったお碗の中には、先ほどのアマラルと同じ色の角切りが入っていた。
「もしかしてこれもアマラルなんですか?」
「そう」
クーが短く答える。あれほど伸びるものがお碗の中に入っていれば、連想するものはひとつしかない。
なんだか少し食べていないあいだに、随分と懐かしくなってしまうものなんだなとミズキは思った。
それを箸で掴み、一口かじればやはり餅のように伸びる。味こそちがうものの、食感は完全に餅だった。そんな懐かしい食感に思わず頬が緩んでしまう。
(ここは懐かしいものがいっぱいだね……)
ふわふわとする余韻に浸りながらの食事も終わり、今は布団の敷かれた上で休んでいた。すでにミズキは寝てしまいクーに抱かれていた。
「もう寝ちゃった」
「みたいだね。私たちはどうしよっか」
クーが腕の中で眠るミズキを見てぼそっと呟くと、ファティマは言葉を返す。これからどうしようかと話し合い。
「寝よう」
「じゃあそうしよっか」
もう一度風呂に入るか、下にある遊技場で遊ぶことなどもできたが、一九九一も戻ってしまっていることもあり二人は寝ることにした。
明かりを消し、布団に潜り込めば二人の静かな寝息と、一人だけ寝苦しそうなミズキの寝息が聞こえるだけとなった。




